第330話 チームキール⑤ 宴会会議(2)

 カルバルナ王国やカルロネア共和国など、今ここに起きている状況について、キールは確認したいという。


「確認したい状況とは?」


 ミュハン隊長は事の真意を問う。


「はい。実は私たちはSランク冒険者アレンのパーティーの一員でして」


 そう言って、キールは自分らがこの要塞に来た経緯を説明する。


 自分たちはアレン率いるパーティーの一員で、3人でここに来たこと。

 エルマール教国が出した救難信号を元にこの大陸にやって来たこと。

 エルマール教国の件がある程度対応できたので、この邪教徒たちの原因を調べていたら、同じような状況が大陸のいくつかの場所で起きていることが予想できたこと。

 そして、ここには光の柱を目指してやってきたことの話をする。

 問題の解決のためにも、カルバルナ王国やカルロネア共和国では何が起きたのか教えてほしいと丁寧に伝える。


「そうだったのか。ここだけの話ではなかったということか」


 ミュハン隊長は兵を預かる身として、エルマール教国の問題はほぼ解決したというキールの言葉に惹かれる。


 そして、これほどの2人を率いる者がどれほどの者かとも思う。

 冒険者ギルドが全世界に発信したということもあって、何かそういえば、Sランク冒険者が誕生したみたいな報告を冒険者ギルドが発表したことを小耳に挟んだような気がする。


「それで、この光の柱はいつごろからあるのですか?」


「そうだな。あれが空に伸びたのは10日ほど前のことだ」


 ここで起きたことについて状況を説明することにする。


 10日前に光の柱が南にあるカルロネア共和国からカルバルナ王国の王都を縦断するように伸びた。

 王国は大騒ぎになり、カルロネア共和国の首都ミトポイにも連絡をしたらしい。

 あの光の柱は何なのかとかそういったことを尋ねたが、返信はなかった。


 1日経っても2日経っても返事がない。

 カルバルナ王国の王家としてもこれ以上待たずにカルロネア共和国に外交官を使者に送ることにした。


 この要塞から2日ほどかけて移動する距離に10万人を超える人が住むクルメイ要塞都市がある。

 ここはただの要塞で兵たちを数千人待機させている駐屯地でしかないが、実際の活動と防備の拠点は北にあるクルメイ要塞都市であるという。

 そのクルメイ要塞都市には、交易やら外交の役人を待機させている。

 その要塞都市から王家の指令を受けて、外交官がこの要塞を通過したのが5日前の話だった。

 首都ミトポイまでは馬車を使っても5日以上あるため、要塞都市からもカルロネア共和国の首都ミトポイに連絡を送りつつ待つことにした。


 キールは話を聞きながらもう少し砕いて要点だけを説明してほしいと思う。

 鬼のように食べるクレナを見ながら、詳しく説明してくれと言った自分の言葉を反省する。

 中々、重要な情報だけ聞くのは難しいと思う。


「それでどうなったのですか?」


「2日前になるのだが、外交官が、化け物で街は溢れていると慌てふためいて戻って来たのだ」


 何でも、魔獣たちが溢れていて、首都ミトポイにも行けなかったらしい。

 外交官と共にこの要塞を越えて、今クルメイ要塞都市に待機させていた将軍に軍の編成を依頼しているとか。


「将軍? ミュハン隊長がここの責任者ではないのですか?」


「我はただの連隊長だ」


 ここから2日ほどのところにあるクルメイ要塞都市に最高指揮官の将軍を常駐させているらしい。


「だから、先ほど本軍が揃っていなかったと言っていたのですね」


 本軍も揃っていなければ、全軍の指揮官である将軍もいないという。


「そうなる。まさか、このようなことになるとは……」


 そして最高指揮官もいないなか、隊長たちだけで、本日の邪教徒との一戦を迎えたという。


 ここには万を超える兵が入りそうだ。

 しかし、それだけの兵を常駐させる意味はないのか。


「ちなみにカルロネア共和国と仲が悪いと聞いたのですが、戦争はなかったということですか?」


「昔はあったが最近では小競り合い程度だ。戦争をしているならここにはもっと多くの兵がいたぞ」


 この時、何かをミュハン隊長が思い出した。


「ん? どうしたのですか?」


「いや、まさか……」


「申し訳ありません。何がきっかけか情報なのか分かりませんが、もし気になっていることがあれば教えてほしい」


「実は数年前、カルロネア共和国が兵の削減を訴え、要塞から兵を減らすように2国間の協定を結ぼうと言ってきたのだ」


 10年ほど前、カルバルナ王国から、共和制にしようと国家の南半分が独立をしたという。

 お互いの国境線に要塞を作り防備を固めたが、数年前にカルロネア共和国が、休戦とまでは言わないが、お互いの要塞における兵の数の削減を求めてきたという。


 当時1万を超える兵を置いていたが、何の経済活動もしていないこの要塞に兵を置いているだけで王家としても出費がかさむ。


 そこで、お互いにこの要塞に配置できる才能のある者の数を制限し、将軍級の指揮官も後方に配置しようという協定であった。


 クルメイ要塞都市に兵を下げることは金銭的に助かると判断した王家が協定に同意をしたという。


 キールから聞いたエルマール教国の惨状や、この要塞もキールたちが来なければ1日も持ちそうになかったこと。

 そして、要塞が落ちた後、後手に回ったクルメイ要塞都市の兵だけでこれだけの魔獣たちに対応できたかどうか分からない。

 もしかして、今日キールたちが来なければ、カルバルナ王国は10日と待たずに滅んでいたことも考えられる。

 ミュハン隊長は事態の深刻さを改めて理解した。


「ぬおおおお! 何だこの力は!!」


「むん!!」


「クレナさん流石っすよ!!」

「おお! 片手で持ち上げているぞ!!」


 クレナが二回りも大きな兵の背中を手のひらで持ち上げている。

 大男はなすすべもなく手足をバタバタさせている。


「お、おいクレナ……」


 キールは絶句する。


「何だよ。部隊長全然敵わないじゃないか」


「む、無理を言うな! ぬおおおおおお!!」


 神妙な話をしていると、広間の中央で兵たちが我慢できなかったのか組手を依頼したようだ。

 お酒も入っており、食べ物はどかされ、宴会の中心で催しが始まっていた。

 腹が膨れ組手に応じたクレナが片手で大男を持ち上げ、大騒ぎしている。


 俺も挑戦したいという声がひっきりなしに聞こえ、クレナが「いいよ!」と応じているようだ。


「ちなみに、カルロネア共和国が独立をした経緯とかも聞いていいですか?」


 キールはそっと視線をミュハン隊長に戻した。


 カルロネア共和国は表向きは協定としているが、内実はカルバルナ王国要塞の駐在の兵を減らすなど巧妙なことをしている。

 ここまで聞くとどうやら裏に魔王軍がいると確信する。


「ああ、事の発端はカルバルナ王都は王国の北にあり近隣の領などに優遇している……」


 そう言って、カルロネア共和国独立の経緯の話をする。

 南部の大きな街、今ではカルロネア共和国の首都ミトパイが騒ぎ始めたという。


 たしかに王都周辺には多少の優遇はあったらしい。

 しかし、グシャラ聖教を信仰しているという神官が平等を説いて独立しようと言い出した。


 その運動はカルバルナ王国の南半分を独立させるまでに至るほどの大きなものになった。

 当時、多くの血が王国内に流れ、独立が完了する10年前に王のいないカルロネア共和国が誕生したという。


「やはり、邪神教が絡んでいたと」


「そのようです」


 ミュハン隊長も話をしながら、これは全て仕組まれたことであったと気づく。

 今回、キールたちが助けに来たが、多くの兵たちが亡くなった。


「私たちは邪教徒にならない薬を持っています。そして、邪教徒から街や要塞を退ける破魔の実を持っています。お配りするので、明日にでも協力をしてほしいです」


 配ったり、等間隔で金、銀の豆を植えるのに兵を出してほしい。

 体力や魔力が回復する天の恵みも提供できるという。


「ま、真か! それはぜひ協力したい」


 キールはアレンの言葉を思い出す。

 召喚獣にも仲間たちにもできないことがある。

 それは現地の人の協力であり、協力を得るには信用がいる。


 ここまでのキールの会話とクレナの天真爛漫さが協力を勝ち得たのかなと思う。


「それで、実は地図が欲しい。まだ救済を求める者たちがカルロネア共和国にいます。今なら救える命もあるかもしれない」


「ああ……地図か」


 その時、ミュハン隊長は何か難しい顔をする。


「難しいですか?」


 敵国の情報の塊である主要都市の書かれた地図だ。

 街や橋などの状況だけでも貴重だが、実はここには、カルロネア共和国の主要産業や人的情報など色々書かれていたりする。

 10年かけて集めた敵国の貴重な情報がある。

 それを渡してほしいとキールが言っていることになる。


「ここまでしてくれた。きっと渡せると約束する。しかし、将軍が2、3日で要塞に到着するはずだ。それまでは待ってもらえないか?」


 これだけのことをしてくれたので、将軍も渡すと判断してくれるが、その権限は自分にはないという。


「すみません。明日の朝には出発したいと考えています。例えば見せてもらうだけでもできないですか?」


「それは……」


 軍規に触れるのだろう見せるだけでも厳しいようだ。

 しかし、キールとしてもこんな惨状を見て2、3日も待っていられない。


「じゃあ、街だけ別の羊皮紙に書き写すとかだけでも良いのですが」


「そ、そうだな。う、うむ」


 メモ代わりに羊皮紙を持ってきたので、必要な情報だけ書いてもらうかとか、折衷案をいくつか検討する。

 ミュハン隊長はそれならいけるか。

 やはりまずいかとあれこれ検討をする。


 その時だった。

 広間が大いに沸いた。


『騒がしいな。キール、クレナ、ここにいたか。それで情報は聞き出せたのか? というかクレナは何をしているんだ?』


「「「え?」」」」


 メルスがようやく要塞周辺の守りを終わらせ、キールたちのいるところにやってきた。

 大騒ぎをする宴会の中央で騒いでいるクレナにため息をつく。

 そして、奥で隊長格らしい人物と話をしているキールの元にゆっくり歩いていく。


 ここにいる兵たちの思考が四散する。

 明日も戦いがあるかもしれないからあまり飲むなよと言われたが、結構飲んでしまったお酒の酔いが一気に覚めていく。


 何百回もそれ以上も肖像画などで見てきた、白い羽を背中に生やし輪っかを頭に浮かべた青年が、目の前を歩いてくる。


「な、なぜ第一天使メルス様がなぜにここ。え? あれ?」


 兵の一人が随分広間に進んだところで、言葉を絞り出す。

 自分でも口調がおかしいことに気付く。

 頭の中の常識と目の前の現実が一致しない。


 しかし、その兵の言葉がスイッチとなったようだ。

 一気に皆が土下座する勢いで頭を下げた。


 創造神エルメアの使いにして、神の言葉を人々に伝える王よりもはるかに崇高な存在だ。

 一気に静まり返った中、兵たちは間近で見ながらメルスの足音だけを聞いている。


『それで、地図は手に入ったのか? 明日にはカルロネア共和国に行くのだろう』


「今、話を調整しているところだ。ちょっと地図は厳しいと言ったから」


 今度はキールとメルスの会話を聞く。

 今回要塞が陥落しなかった奇跡の理由を兵たちは、酔いが覚めた頭で理解する。

 全ては神の思し召しであった。


『何だと?』


「いやだから、地図は貴重で渡せないって言ったから」


「え? キール。地図はくれないの?」


「ふぁ!?」


 ミュハン隊長は明らかに自分の話をしていることに気付く。


 さっきまでやっていた組手の相手が土下座する勢いで平伏してしまったので、クレナも会話に参加する。


「そうだ。何でも渡す権限のある将軍が来るまで2、3日待ってほしいって」


『どいつだ?』


「ん?」


 キールが疑問で返してしまう。


『どいつが、地図を渡せないと言っている。私が話をつけよう』


 メルスが交渉してくれるらしい。

 キールがミュハン隊長を見ると、平伏したミュハン隊長が自分の名を出すなと首を小刻みに振っている。

 流石に哀れに思ってしまう。


「明日には出発するので、できるだけ多くの街の情報の乗った地図が用意できると思うぞ」


 その言葉にミュハン隊長が全力で頭を縦に動かし肯定する。


『そうか。そうならそれでいいのだが』


 何となくメルスが人前に出たくない理由が分かったような気がする。

 そして、アレンが真っ先にメルスを次点で自分をチームリーダーにしようとしたことも。


「さて、クレナ。いっぱい食べたな。もう休むぞ」


 翌朝には出発をしないといけない。

 明日も忙しくなるためクレナにもそろそろ休もうという。


「うん!」


『やれやれ』


 こうしてキールたちの、要塞での防衛戦や情報収集をした、激動の一日が終わったのであった。

 一気に酔いの覚めた兵たちはその後、とても協力的になりキールたちの指示を聞いたという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る