第329話 チームキール④ 宴会会議(1)

 カルバルナ王国とカルロネア共和国の国境線上と思われる戦いは日が暮れても続いた。

 圧倒的な数で迫り来る邪教徒は川を渡り要塞を攻め続ける。


 カルバルナ王国もカルロネア共和国もそこまで大きくない中小国家らしい。

 1つの中堅国家が同じくらいの大きさで分裂したので、2つの国はそこまで大きくはない。

 しかし、小国でも数百万人かそれ以上の人口を抱えていた。

 多くの人間が邪教徒になったようだ。


 クレナは向かって来る邪教徒に対してかがり火の光や気配を元に屠り続けた。


 そして、ようやく邪教徒たちの攻勢が落ち着いていく。

 メルスの虫Aの召喚獣、親ハッチ、子ハッチによる防衛陣が完成しつつあった。


 メルスは自分の受け持つと言った要塞周辺では邪教徒も魔獣も一掃していったが、川を渡って来るAランクの魔獣は虫Aの召喚獣たちの使役針によって、ガンガン使役していった。



「こ、こちらです。クレナ様、キール様」


 メルスはまだ要塞を守る陣形の構築のため闇夜の中作業を続けているが、クレナとキールは完全に殲滅をし終わった要塞の中へ、兵たちに案内される。


 グーキュルキュル


「お腹空いたね」


 昼過ぎに国境線に到着したので、朝から何も食べていない。

 クレナは鳥Bの召喚獣の上から飛び降りて戦っていたため荷物を持っていない。

 キールに荷物を持たせていたから、昨日の角ウサギの肉の残りを分けてほしいとキールに小声で言う。


 クレナは腹が減ると一気に効率が落ちるため、アレンはクレナの空腹に合わせて飯の時間にしていた節がある。

 なお、ドゴラが「腹が減った」と言ったら「我慢しろ」と言われていた。


 お陰で学園の頃からよっぽどのことがない限り、クレナがこんなに腹が減ることはなかった。


「そうだな。食事はもう少し後だな。たぶん、食事くらい出してくれると思うから、御馳走に与ったらいいんじゃないのか?」


 キールもヘトヘトになるくらい2人は戦った。

 流石に飯くらい出るだろうとクレナに返事をする。


「おお!」


 クレナがお腹を押さえながら前を歩く兵に期待をする。

 クレナが小声とはいえ言葉を発したため、案内した兵がビクッとする。


 戦鬼か戦神のように奮闘したクレナの勇姿を外壁の上の兵たちは大勢見ている。

 自分たちが、一切手が出なかった10メートル近いAランクの魔獣たちを、頭から垂直に2等分する。

 まるでパンか果物を切り裂くように簡単に屠り続けた。


 そして、案内されたのが要塞の一室だ。


 開けるとミュハン隊長を含めた10名ほどの幹部級の兵たちが集まっていた。


「こ、これはよく来てくれた。どうぞこちらへ」


 結構広いなと思いながらキールが広間の大きさを見ていると、もう少し寄って来てと声を掛けられた。


 中を案内するミュハン隊長も幹部たちもかなりビビってしまっている。

 要塞を救ってくれた事実は間違いないと思う。

 しかし、クレナにしてもキールにしても人智を超えた力を持っていた。


 分かったと、クレナが大剣を背負ったままずんずん近づいて来る。

 斜めに背負っていたため、黒光りのアダマンタイトの剣先が見える。

 松明の火に真っ黒になった血が大剣にこびりついている。

 そのクレナとキールの携帯してる武器を預かると言うどころか、圧を感じて幹部兵の数人が一歩下がってしまった。


 そして、「お前が行けよ」と幹部兵たちがミュハン隊長に視線を送る。

 俺かよとミュハン隊長が唾を飲み覚悟を決めて話しかける。

 その所作から同じくらいの階級の兵なのかなとキールは思う。


「救っていただき感謝する。私はランコパル=ミュハンという。高貴なお方とお見受けするが?」


 応援でも、援助でもなく救済という言葉をミュハン隊長は選ぶ。


 S級ダンジョンを攻略し、装備のほとんどがアイアンゴーレム周回で銀箱から出た高価な装備だ。

 小国の王族などではとても買えない、金貨だと万を超える武器や防具を装備している。

 金色の模様のある純白の外套を着ており、深紅の宝石の埋め込められた杖を持ったキールがその辺の平民どころか貴族でもそうはいないとミュハン隊長は判断した。


「高貴というほどではありません。私の名前はキール=フォン=カルネル。そして、こちらがクレナです」


 向こうが家名も含めて名乗ったので自分もカルネル家も含めて名乗った。

 「カルネル家?」とミュハン隊長にキールたちの対応を押し付けた幹部兵たちが言う。

 誰か知っているのかといった話のようだ。

 流石に中央大陸の小国で、遠い国であるラターシュ王国の地方貴族の家名を知るものはここにはいないようだ。

 しかし、貴族であったことに皆はほっとしたようだ。

 ミュハン隊長も含めて明らかに顔がほころんでいく。

 立場も常識もあり、化け物の類ではなかったとかそういったことだろう。


 そんな相手方の思いもあるが、キールはチームリーダーとして、この場に呼ばれたことにまずは礼を言う。

 確かに要塞を救ったがひとつ間違えばこの場に呼ばれないという可能性もあったからだ。

 圧倒的な力であったとしても不審がって門を閉ざしたらどうしようもない。

 暴力をふるいに来たわけではないので、引き下がるしかない。


 キールは3チームに分かれる際にアレンが言ったことを思い出す。


 召喚獣だからできること。

 俺らだからできること。

 現地の人々だからできること。


 その言葉の真意はなんとなくソフィーの対応から分かったような気がする。

 今回起きたことは召喚獣を大勢派遣しただけでは解決しない。


 そこからこの状況で自分がすべきことをキールは考える。

 多分それができる仲間をアレンはチームリーダーに選んだのだろう。


「いや、本当に助かる。カルバルナ王国としても、必ず礼を尽くすと約束しよう」


 流石に自分の半分かそこらしか生きていないキールに対して数千の兵の長であるミュハン隊長は敬語で話をしなかったが、最大限の感謝と敬意を言葉に込める。

 ミュハン隊長も30歳かそこらで隊長を任せられた伯爵家の嫡男だ。


「いや、礼の話はいいので」


 話が違う方向に行こうとするので、キールが軌道を修正しようとする。


 グーキュルキュル!!


 この広い広間のどこにいても聞こえるほど盛大に音がした。

 音を鳴らした主に視線が集まる。


「「「!?」」」


 音を鳴らした主、クレナはこの場の状況に絶望していた。

 数万体の邪教徒に囲まれた兵たちより、この世の終わりのような顔をする。

 礼とか挨拶とかどうでもいいので、キールが握りしめている袋に入った肉がせめて欲しいと思う。


「すみません。緊急時ゆえに昨日から何も食べていないのです」


 急いでここにやって来た。

 本当は昼飯を抜いただけだが、クレナの尊厳とか、今後の話の進め方とか色々考えてキールは嘘をつく。


「そうであったか。申し訳ない。そなたらのために、食事のご準備をしよう!!」


「おお!!」


 クレナは自分の腹の虫に感謝する。

 幹部級の兵たちが慌ただしくどこかに行ってしまう。


「実は、今回戦った者たちへのねぎらいもあるのだが、ここに呼んでも問題ないか?」


 クレナがキラキラした目で出て行った兵たちを見ていると、ミュハン隊長より食事をここでしてもいいか聞かれる。

 そして、待っていましたというようにゾロゾロと配膳や皿を持った者たちが入って来る。

 明らかにこれから宴会をするような準備を進めている。

 礼の話をすっ飛ばしてしまったが、どうやら元々これから宴会をする予定だったようだ。


「ああ、一緒に食事でも構わないです」


「もちろん! 皆で食べよう!!」


 なるほど、防衛戦の戦勝祝いも兼ねていたのかとキールは考える。

 どうやらキールとクレナはそれに招かれたようだ。


 宴会の準備とともに、こちらでお待ちくださいと上座に案内される。

 そしてゾロゾロと今回の戦いで武功を上げたと思われる者たちが入って来る。


「ほ、本当だ。剣聖さまだ。すっげえ大剣を持ってるぞ。お、俺話しかけてもいいかな?」

「おい、馬鹿止めろ!」

「試合とかしてもらえないだろうか。せめて組手とか」

「本当に止めろ! ここから追い出すぞ!!」


 かなり脳筋の兵たちが多いようだ。

 広間に入ってきて早々に勝負がしたいと上官たちに言う。

 一本でも取れれば、明日から兵の中で英雄なのは間違いがない。

 奇跡的な要塞の防衛戦の勝利もあってか、気分がかなり高揚しているようだ。

 クレナのスキル「覇王剣」を何度も見ている幹部級の兵たちが必死に止める。


 そして、大剣を振るい続けたクレナを剣聖と勘違いしたようだ。

 剣王なんてそうそう生まれないし、剣帝は勇者並みに存在が奇跡だ。


 キールも何人か動きのいい者を覚えている。

 人の動きを覚えるのが、キールの戦い方なので、印象に残っていた者は何人もいる。


 ミュハン隊長が横に座ったところで、手短に勝利の挨拶をする。

 クレナが待てと言われて肉の前に座らされた犬のような状態になっているからだ。

 そして、クレナとキールを紹介し、宴会は始まった。


 あれこれあったが、これならこれでちょうどいいとクレナの腹の虫に感謝する。

 最初明らかにビビっていたミュハン隊長らの怯えた表情は今はない。


 両手に握りしめた肉を必死に食らうクレナの様子がそうさせているのだろう。


「それにしても、本当に感謝する。本軍も来ていない状況で、もう無理ではないかと」


 大猿の魔獣に握りつぶされそうになっていたミュハン隊長がその時の衝撃を思い出してしまったようだ。

 一瞬声が詰まってしまう。


「本軍? やはり全軍ではなかったと?」


 ここの要塞なら1万人は収容できる。

 少々無理すれば、2万人で防衛できるのに、上空から見ると数千人程度しかいなかったように見えた。


「そうだ。明後日には全軍が揃うというところで、本当に奇跡だった」


 カルバルナ王国の話が出てくる。


「実は私たちは偶然ここにいるわけではありません」


「ぬ? どういうことだ?」


「はい。私たちは上空にある光の柱を追ってきたのです。皆さんにも確認したい状況があるのですが」


 そう言ってキールは今後の対応のため、ここで今起きていることについて聞きだそうとするのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る