第327話 チームキール② 国境線(1)

 チームキールの2人と1体は、アレンたちと別れて3日目になったが南に向けて移動を続けている。


「なんか街が増えてきたね」


 鳥Bの召喚獣に跨ったクレナが下を覗き込むようにしていると、景色の変化について気付いた。

 南に真っ直ぐ進んできたが、村はほとんどなかった。


 3日もかけて、キールたちが目指す光の柱もまだまだ南に続いている。

 ソフィーの話では、連合国の西側の光の柱が天に伸びる周辺で邪教徒が暴れているらしい。

 キールもクレナと一緒に鳥Bの召喚獣に跨り、草原の中にポツリポツリと現れ始めた村や橋などの人工物を確認する。

 頭上から見ても、燃え上がったり、破壊された家屋は見かけないことから邪教徒が暴れているのは、まだまだ南の先のことなのだろう。


「ああ、そうだな。って、これは王城か。王城があるってことはカルバルナ王国の王都か」


 大小の街や村がポツポツとあった先の大きな城下町とその中央にある王城と思われる建物の上空を通過する。


 どうやら、昨日聞いた2つの国の1つのカルバルナ王国のようだ。


 第一天使メルスは10万年ほど生きているが、全知全能で全てを見通し、全てのことを記憶しているわけではない。

 神界での創造神エルメアから受けた指示をこなしたり、エルメア教会への働きかけなどに労力の大半を注いでいた。


 そんなメルスが認識しているのは、連合国の南にはカルバルナ王国とカルロネア共和国の2つの国がある。

 北がカルバルナ王国、南はカルロネア共和国で、両国は隣接している。

 元々は1つの国だったが、カルバルナ王国に反発した王国南部の民衆が、共和制を唱えカルロネア共和国を10年だか、20年前に独立し建国した。

 あまり詳しく独立した年を覚えていないようだ。


 独立の際、両国に大いに血が流れたこともあって、両国はびっくりするぐらい仲が悪いらしい。


 カルバルナ王国最大人口の王都が見えたのに、光の柱はその先へ伸び続けている。

 魔王軍の目的は分からないが、多くの邪教徒を誕生させることが目的であると思われる。

 カルバルナ王国の先にある、カルロネア共和国に向かっているのかとキールは思う。

 王都の様子は落ち着いており、平和そのものだ。



 そのまま光の柱の伸びる先を目指して進み続けた。


 ドオオオオン!!


 すると、衝撃音と共に炎が上がる。

 それも1つや2つではないようだ。


「戦っているよ!!」


「邪教徒か!? ん? 要塞かこれは。ってことは、この辺りが国境線上か?」


 キールは何が起きているのか、状況の全容を確認しようと辺りを注視する。

 まず目に入るのは、南に向かっていたキールたちから見ると垂直の東西に流れる大きな川だ。

 長い年月をかけて川が地面を削り、川の周りに傾斜を生んでいる。

 地面を随分削っているので、川の水面は何メートルも地面から低く、土手も簡単には渡れそうにない。


 川には既に破壊されたが、大きな橋があり沈みかかっている。

 大きな橋を挟んで一定距離の等間隔にお互いから身を守るように要塞が鎮座している。


 キールたちは大きな川を挟むような要塞から、この川がカルバルナ王国とカルロネア共和国の国境線と認識する。


 国境線を山脈や河川で引くなんてことはよくある話で、国境線上に他国の侵攻から守るため要塞を作ることも国防における定石だ。


 ラターシュ王国でも北部にはギアムート帝国から守るために設けられた要塞都市があった。


 キールは歯ぎしりをする。

 自分の立てた予想が正しいなら、今戦っているのは連合国の最南端に位置するカルロネア共和国ではない。

 先ほど王都を見てきた、自分らが上空を飛んできた北側のカルバロナ王国だ。


 カルロネア共和国側の要塞から火の手が上がっているようだ。

 戦っている様子は感じられない。

 どうやらカルロネア共和国側の要塞は邪教徒たちの手に落ちたように思われる。


 これはカルロネア共和国が既に邪教徒の手に落ちたことを意味する。


 邪教徒はエルマール教国と見た目が違い、下半身が大きな山羊のような風体をしている。

 そんな邪教徒が川を渡り、川が削ってできた土手の足場の悪い斜面を軽快に登り、要塞の外壁に向かってきている。

 1万を優に超え要塞を蠢くように囲んでいる。

 これはカルバルナ王国の防衛戦は始まったばかりなのかもしれない。


 必死に大型の魔獣に狙いを定め、魔法を放ち、矢を射るが多勢に無勢のようだ。

 要塞は蠢く異形の邪教徒と魔獣によって、囲まれた層がどんどん厚くなってきている。

 このまま攻められて今日一日持つのかも分からない。


 そして、邪教徒だけではなく大型の獣系統の魔獣が散見される。

 要塞の外壁に比べて魔獣たちが随分大きく感じる。

 魔獣は大きいのだが、それ以上に要塞はそこまで高くないようだ。

 元々分裂したカルロネア共和国との戦いや防備のために造られたものなのか、人間相手には十分高いのだが、高さは10メートルもない。

 魔王軍との戦いのためなら、最低でもこの倍の高さの外壁が必要だ。


「加勢しに行こう」


「ああ、そうだな。このままじゃ、そんなにこの要塞は持たないぞ」


 誰が見ても明らかに分かる劣勢具合だ。

 クレナの言葉に今後の対応に向けて、キールは作戦を考える。


『じゃあ、クレナ、キール、中央は任せた』


「ん?」


 クレナとキールが今にも落ちそうな要塞を助けに行こうとすると、目の前にいるメルスが指先を遠くに示す。


『どうやら、要塞は3つある。残り2つと、防衛線を作るのに私と召喚獣たちで行う。そこの要塞は任せたぞ』


「まじか。1つじゃなかったのか。分かった」


 昨日敬語で話すなと言ってきたので、キールはため口で話すことにする。


 要塞は川を挟んで3つずつあった。

 キールが見ていたのは、カルバルナ王国側の3つ東西に並んだうちの中央の一番大きな要塞だ。

 かなり小さく見えるが、東西に一回り小さな要塞が1つずつある。


 メルスは視覚を共有した虫Aの召喚獣に横に広がるように指示をし、こちらに向かってきた。

 圧倒的に広がる視界により状況を把握している。


 メルスは2つの要塞にワラワラと川の土手を上がってくる邪教徒と魔獣を殲滅する。

 だから中央の一番大きな要塞の防衛をクレナとキール2人の担当だけでやれと言う。


 キールは問題ないと返事をし、やることは決まった。

 メルスを交えての戦いも、短い言葉やしぐさでの戦いもアレンとずっとしてきたので慣れている。

 アレンの指示はとにかく短い。

 あとから聞いて何だったのかわかるなんてことが頻繁にあった。

 ダンジョンなどの食事中は、アレンがなぜそんな指示をしたのか、どう動くべきだったのか勉強する時間になっていた。


 クレナとキールは鳥Bの召喚獣に跨り、真っ直ぐ、そして最前線の一番魔獣の塊の多い箇所に一気に突っ込んでいく。


 外壁は低く、Aランクの魔獣なら大型のため手を伸ばしてしまったら、上にいる兵たちに届いてしまう。

 そこまで高くない防壁の上には粉砕されたのか、ひねり潰されたのか、肉塊になってしまった兵たちの死体が多くある。


「がは!!」


「ミュハン隊長」


「寄るな! ぬぐああああ!!」


 隊長と呼ばれる兵の1人が、無造作に手を伸ばした大型の猿の魔獣に掴まれてしまった。

 立派な飾りのある兜は衝撃で地面に落ちてしまった。


 振りほどこうとするが、メキメキと音を立て簡単に鎧が粉砕されていく。

 そして、必死に兵たちが隊長を取り戻そうと剣を振るうが、傷一つ付けられない。

 どうやら外壁の上の兵は魔王軍と戦うために構成されているわけではないようだ。


 魔王軍との戦いは才能有りで戦うと5大陸同盟で決まっているが、ここはそれとは関係のないただの国境線上の要塞だ。

 要塞の外壁の低さからも、魔王軍との戦いのために作られた要塞ではないことは明白だ。

 そして、そんな要塞を守る兵の才能ありはそこまで多くないようだ。


「ミュハン隊長を放せえええ!!」


 兵たちが必死の形相で槍を振るう。


 兵たちが隊長を救おうと渾身の一撃を振るい続けるが、手の剛毛すら切ることができないでいる。

 大猿の魔獣の毛皮からは、まるで鋼鉄に槍を突き立てたかのような甲高い音が鳴り響く。


 大猿の魔獣はどうやらAランクのようで、圧倒的なステータス差があるのだろう。

 才能があり、ステータス差のある世界は、あまりにも絶望的な実力の差を生んだ。


 才能のないもののステータスは頑張っても数百にしかならない。

 Aランクの魔獣は数千に達する。

 鋼鉄の槍程度を握りしめても、ステータスの差は埋まりそうにない。


 大猿の魔獣がニヤニヤしながら、人形のようにミュハン隊長を掴んだ手にゆっくりと力を入れていく。


「ぐあああああ!!」


 鎧は拉げ、骨は砕け、絶叫と共にミュハン隊長は吐血する。

 攻撃を受けても外壁の上から手を引っ込めないのは、兵たちに絶望を教えるためなのだろう。

 隊長クラスをゆっくり握りつぶすことによって、大いに兵たちの士気を下げることになる。

 もしくは楽しくてたまらないから、だけなのかもしれない。

 大猿の魔獣のニタニタが止まらない。


 もう叫ぶことすらできなくなったミュハン隊長の元に、ピンクの髪をはためかせた女性が上空から降りてきた。


「やあああああ!!」


『アグ!? グッピャアアアア!!』


 そして、外壁の上に降り立つ前に、ミュハン隊長を握りしめる大猿の二の腕に、アダマンタイトの大剣を振り下ろした。


 兵たちがいくら切り付けても、薄皮どころか毛も切ることのできなかった大猿の魔獣の人間の背丈ほどある腕を、まるでバターのように切り裂いていく。


 一瞬何か分からなかったが、外壁に大きな衝撃音と共に落ちた自らの腕を見てようやく痛みが伝わってきたようだ。

 切り落とされた腕の切り口をもう片方の手で握りしめ、大猿の魔獣は絶叫したのであった。

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