第308話 ニール①

 メルスは生存者を見つけるのが厳しいと思われる教都テオメニアに急行させた。

 生存者の確保と、テオメニアの状況確認がメルスの任務だ。

 アレンが鳥Aの召喚獣で作った「巣」にもメルスは飛ぶことができるし、メルスの作った「巣」にもアレンは飛ぶことができる。


 アレンたちが救難信号を受けた翌朝にニール上空に到着すると、そこでは巨人系統の魔獣と、人の姿をした何かが、ニールの街を囲んでいた。


 救難信号を送ってきたエルメア教会の神官の話では、人の姿をした何かは魔獣に変えられた者たちだと思われる。

 巨人系統の魔獣と一緒にニールを襲っているので、魔獣側で敵なのだろう。


 トロルやオーガに何度も殴られたニールの街の外門は大きく変形し、トロルが全力で叩きつけたこん棒の一撃を受け、ゆっくりと内側に倒れていく。


 絶望が口を開く。

 ワラワラと数百に及ぶ魔獣たちが街の中に入って行く。


 一晩中戦ってきたであろう街の兵士たちは、疲労困憊であっても最期まで戦うようだ。

 神官が神に最後の祈りを捧げる。

 もう既に魔力が尽きたのか、杖を持っているが魔法は使えないようだ。


 体長5メートルを超えるトロルが、一晩中食事を我慢して戦ったのか、涎を垂らして迫って来る。


 Bランクの魔獣相手に兵士たちは隊列を組み必死に剣を構えるが、全身に震えがくる。


「怯むな!! 街を守るのだ!!」

「「「おおおおお!!!」」」


 もう力は残されていない。

 しかし少しでも時間を稼ぎ、街から戦えない弱い者たちをせめて逃がさないといけない。

 覚悟を決め怯える部下に檄を入れ、兵の隊長自ら先陣を切ろうとしたその時だった。


 教皇でも着られない金色の法衣を羽織り、宝玉が先端にはめられた杖を持った男が街の外壁を超えやってくる。

 見たことのない生き物に跨った男が魔獣たちに杖を向けると、先端の宝玉は一気に輝きを増した。


「ターンアンデッド!!」


 良く響く青年の声だった。


 破壊された外門から中に迫る魔獣たちに、上空から閃光のような光が降り注ぐ。

 断末魔を上げる間もなく、人の姿をした何かが、光る灰になって、数十体が一気に消えていく。


 トロルやオーガも全身が燃えのたうち回り、前進するどころではなくなった。

 キールが聖者になった時から使えるようになった浄化スキル、いわゆる神聖属性の浄化魔法を使用した。

 アンデッドやゾンビ系の魔獣に抜群の効果を発揮する。


「まだ何体か生きているよ!」


神聖属性の浄化魔法を受け、全身に煙を上げながらも迫るトロルに向かい、クレナが大剣を構える。


「すまない。クレナ、ドゴラ、生きている奴らを蹴散らしてくれ」


 キールは、倒し切れなかった魔獣たちの殲滅をクレナとドゴラにお願いする。


「うん!」


「おう!!」


 門の中にいた魔獣たちを3人で殲滅していく。


「お、おおおおおおぉぉぉ。こ、これは、聖人様の浄化の光じゃ。エルメア様は我々を見捨ててはいなかった……」


 年老いた神官が顔に皺を作りながら、感謝の言葉を神に捧げる。


 この世界での最高位の回復職は、女性は聖女(才能星3つ)で、男性は大聖者(才能星3つ)というのが共通の認識だ。

 キールが才能星4つの聖王であることは分からなかった。


「おい、じじい! もうちょい下がっていてくれ。3人でやってんだ」


 鳥Bの召喚獣に乗るキールの元に、震えながら寄ってくる神官たちに、下がれと言う。

 鳥Bの召喚獣に跨り、金髪を風に靡かせている青年は、口がかなり悪かったようだ。


 キールはさらに浄化魔法を魔獣たちに浴びせる。

 クレナやドゴラがいても構わず浄化魔法を放つのは、神聖属性が人間には効果がないからだ。

 キールはクレナやドゴラの回復より、突破された門からなだれ込んで来る大量の魔獣を優先する。


 キールが苦々しい顔をする。

 浄化魔法は神聖属性でクレナやドゴラが浴びても効果がないが、人間の姿をした何かがどんどん灰になっていくからだ。


 アレンもニールの街の外側、その上空から、キールが目にしている状況を確認する。

 キールの言葉に霊Bの召喚獣を4体ほど召喚し、応援に送った。


『邪教徒を1体倒しました。経験値2400を取得しました』


(人間らしい何かは魔獣か。経験値が入るんだが。邪教徒って邪神教がらみで決まりのようだな。経験値的にCランクの魔獣相当か?)


 魔導書にはキールの浄化魔法で葬った人間らしき何かの経験値が大量に入ってくる。

 ボロボロの神官の服や、街の人々の格好をした肌が青白くなった何かは、どうやら「邪教徒」という魔獣になったようだ。

 何がどんな方法でこうなったか分からないが、既に魔獣認定されているようだ。


 門の外も、オーガやトロル、邪教徒など、数千から数万の魔獣がびっしりとへばりついている。

 それらの魔獣には、ニールの街の兵たちが外壁の上から弓矢や長槍などを使って必死に応戦している。


「門の中は3人で問題なさそうだ。街の外を殲滅するぞ。セシルはこのまま俺と、ソフィー、フォルマール、メルルは俺の反対側から殲滅していってくれ」


 アレンは少し遠く離れたところでセシル、ソフィー、フォルマール、タムタム(モードイーグル)に乗ったメルルといる。


 さらに2手に分かれて、外壁にこびりつく魔獣たちを殲滅するようにアレンは指示を出す。


「ええ、でもこの人たちを救わないの?」


「天の恵みも、香味野菜も効果がなかった。金の豆を使ったら魔獣みたいに動きが悪くなるからな」


「そう」


 アレンはセシルの言葉に対し、変貌して邪教徒となった者たちを助けるのは厳しいと言う。

 状態が変わっただけなら香味野菜でどうにかなるかと思ったが、これはどうにもならない。

 天の恵みでも同様だ。


 既にキールの浄化魔法でも敵認定されているのか、浄化されて灰となってしまう。


 金の豆に反応を示したので、門前に投げ、これ以上門の内側に魔獣が入って来れないようにした。


 もしかしたら、邪教徒と呼ばれる魔獣を何らかの方法で元に戻すことはできるのかもしれない。


 しかし、変貌したこの邪教徒たちを救う方法を探している間にどんどん犠牲が増えていくかもしれない。

 そもそも助けるすべはないのかもしれない。


 セシルは暗い顔をするが無理は言わない。

 街の厳しい状況から、セシルも他の皆も分かったようだ。


 アレンは仲間たちが決断しづらいことを率先して決断してきた。


 去年のローゼンヘイムの戦争でも、アレンはネストの街にあふれる怪我人を救うことより、女王がいるというティアモの街へ行くことを優先させている。


「攻められているのはニールだけじゃないからな」


「そうね」


 教都テオメニアの周辺にはいくつも街があった。

 ニールの街は教都テオメニアに最も近く、そして全世界に救難信号を発する魔導具を配備できる程度には大きな街だった。

 魔獣たちがニールの街だけを攻めてきたとは考えにくい。


 ここを救っても、他の街も攻められているかもしれない。


(ニールは大規模な街なので助かったが、小さな村や街は無理かもしれないか)


 ニールに押し寄せてきた魔獣を急ぎ殲滅して助けに行ったところで間に合わないかもしれない。


 アレンの言葉にセシルも同意した。

 セシルが手を外壁に群がる魔獣たちに向ける。


「シャイニングバニッシュ!!」


 手のひらに光が収束されていく。

 そして、一瞬手のひらの光は消え、魔獣たちの群がる中心に現れたかと思うと閃光のように広がっていく。

 トロルやオーガ、そして邪教徒も、蒸発するように消えていく。


「ありがとう。どうやら、光属性や神聖属性が完全に弱点のようだな」


 セシルの決断にアレンは礼を言う。

 回復職のキールと違い、攻撃職である魔導王のセシルが使う光魔法には、トロルやオーガも耐えられなかったようだ。


「あら、何体か残ったわよ」


「トロルキングやオーガキングのようだな。ふむ、こいつらは頂こう」


 街の外にはAランクの魔獣もいたようだ。


 街の外には100体前後のAランクの魔獣がいるようだ。

 どうやらBランクの魔獣や邪教徒を使い、街を攻めさせていたようだ。


「今は戦力が欲しい。ハッチたち出てこい」


 ブウウウウン


 高速で動く翅の音とともに巨大な蜂の姿をした召喚獣たちが現れる。


 【種 類】 虫

 【ランク】 A

 【名 前】 ハッチ

 【体 力】 9000

 【魔 力】 4000

 【攻撃力】 8900

 【耐久力】 10000

 【素早さ】 10000

 【知 力】 6700

 【幸 運】 5500

 【加 護】 耐久力200、素早さ200、毒無効

 【特 技】 使役針、産卵

 【覚 醒】 王台


『『『ギチギチ』』』


「よし、Aランクのデカい奴は使えるんで使役しろ。それ以外は殲滅だな」


 アレンの指示を受け、虫Aの召喚獣たちが魔獣の群れに向かっていくのであった。

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