第307話 優先順位②
メルルが降臨させたミスリルゴーレムのタムタム「モードイーグル」に乗って、エルマール教国へと向かう。
エルマール教国はローゼンヘイムから南の大陸にあり、その南の大陸を構成する連合国の1国だ。
無数にある連合国の国家の中で、エルマール教国は大陸の中央北部に位置する。
「魔獣にぶつかったら困るし、ちょっと高めにしてと。高さはこんなものかな。よし! 地図を見たところ、明日の朝には到着しそうだよ!」
操縦席からメルルが、少し離れた位置で様子を見ていたアレンたちの元にやって来る。
操縦席の前面は外が見えるようになっており、また世界地図のマップが空中に表示されている。
メルルが操縦席にいなくても、同じ高度と方向を保ちつつ飛んでくれる。
マップ上に位置情報も乗っているので、タムタムがどの程度の速度でどこに向かっているのかよく分かる。
「メルル、ありがと。魔力が無くなるからこれ装備しておいて」
「ありがと」
魔導書を見ていると、操縦席を離れてもメルルの魔力がすごい勢いで減っていくのが分かる。
魔導盤経由でメルルの魔力を吸収して、タムタムは飛んでいるようだ。
(超大型のゴーレムで飛んでいるから燃費も悪いのか。結構な速度でメルルの魔力が減っていってるな)
ソフィーもずいぶん精霊に慣れてきたので、アレンのスキルレベル上げ用に返してもらった魔力回復リングなのだが、メルルに渡す。
アレンは数えるほどしか、メルルのゴーレムに乗ったことはない。
S級ダンジョンで5日のうち2日休むという日程を繰り返しており、メルル自身はタムタムの操縦を休みの日にやっていた。
特に今年に入ってアイアンゴーレム狩りが始まり、使い勝手の検証が必要な石板が増えた。
新しい石板が手に入ると休みの日に積極的に検証に励んでくれていた。
慣れた手つきで操縦してくれて、こんな事態に対応できて助かったと思う。
アイアンゴーレム狩りをしていたため、ほぼ全てと言っていいほどのミスリルゴーレムの石板を手に入れている。
ヒヒイロカネゴーレムも戦いや移動に困らない程度には石板が揃っている。
現在メルルが魔導盤にはめている石板はこのような形だ。
エルマール教国の危機ということもあり、移動に特化した形だ。
・本体用石板(全身分)5
・大型用石板2
・超大型用石板3
・移動用石板(空)5
・地図用石板(世界)2
・強化用石板(素早さ)3枚で3
地図用石板は全世界だけでなく、大陸単位も存在し5大陸と魔王のいる「忘れ去られた大陸」分の6箇所全て揃えている。
(これで、地図上の街や要塞も表示してくれたら便利なんだが。マークはつけられるみたいだけど)
地図は山や川、湖の位置は載っているが、人工物の街や要塞、橋などは表示されていない。
メルルが魔導盤を握って意識すれば、印はいくらでもつけられるみたいなので、これから表示を増やしていく形になる。
「バルカン砲は装備しなくていいかな?」
メルルがアレンに問う。
「いや、今は移動を優先させよう」
・遠距離攻撃用石板(バルカン砲小)1
・遠距離攻撃用石板(バルカン砲中)2
・遠距離攻撃用石板(バルカン砲大)5
移動用石板では、遠距離攻撃の手段がない。
メルルから移動しながらも攻撃できなくていいのかと聞かれたので、素早さを優先した状態で移動しようと言う。
移動速度はゴーレムの素早さに依存するからだ。
翼の部分にバルカン砲を装備させ、移動しながらも遠距離攻撃することも可能だ。
バルカン砲の使用にも、メルルの魔力が必要になる。
(ダンジョンを出ても、メルルの力が発揮されるな)
アイアンゴーレム狩りでもメルルの役割は大きかった。
タムタム「モードイーグル」は両翼の端から端まで100メートル近い大きさのため、この操縦室も8人全員がいても十分に広い。
そしてパーティーのメンバーそれぞれが休める個室も設けられている。
「メルルすごい!」
クレナもキラキラしながら、メルルを見つめる。
「へへ~」
皆がメルルに集まってくる。
「……明日の朝だな。少し休んでおく」
そんな中、ドゴラはあんなに大声で啖呵を切って気まずいのか、先に個室で休むと言う。
「アレンいいの?」
そのまま行かせてしまっていいのかセシルは言う。
「ん~。とりあえず、メルル1人で操縦させておくわけにいかないし、俺らも交代で休もう」
「そうね。ダンジョン内じゃなくても夜番は必要よね」
メルル自身は何かあった時のために操縦室にいる。
仲間たちも休むにしても交代しようと言うとセシルが同意してくれる。
ドゴラはS級ダンジョンを攻略している時もずっと思うことがあった。
仲間であっても、それぞれの人生で何を大事とするかは違う。
今日、ドゴラは1つ、大きな選択をしたと思う。
ドゴラは英雄になる未来を諦めなかった。
だが、同時に仲間を心配させた。
自分の決断が正しかったのかは分からない。
気持ちを落ち着かせ、考えを整理するために部屋を出たのだろうと思う。
1人で考えさせた方がいいとアレンは皆に言う。
そして、昼前に移動を始め、夜になり、東の水平線から日が上がっていく。
そして、日の下に水面が盛り上がっているようなシルエットが見えてくる。
「大陸だ!」
クレナが遠くにある大陸を発見する。
「まずはどこに行くの?」
「ニールだ」
アレンはエルマール教国に向かう途中に、鳥Aの召喚獣の特技「巣ごもり」を使ってフォルテニアに戻って必要なものを受け取った。
鳥Aの召喚獣の特技「巣ごもり」や覚醒スキル「帰巣本能」はかなり柔軟性が高い。
移動中の魔導船に「巣」を設置すれば、魔導船が移動しても船内に戻ることができることは、バウキス帝国の皇帝の謁見の際、検証済みだ。
メルルのタムタムの中も、「巣」を作れば、たとえタムタムが移動しても行き来ができるようだ。
そして、移動しながら用意してもらったものの1つで、エルマール教国全土の主要な都市などが書かれた地図を開きながら、ニールの位置を確認する。
世界用でも連合国が分かる大陸用石板の地図でも、範囲が広すぎる上、街の場所も載っていないので分かりづらい。
「え?」
「え? どういうことだ」
(む? やはりこの2人か。まあ、キールは絶対反応すると思ったけど)
アレンの言葉にクレナとキールが反応する。
「クレナ、キール。たぶん、もうテオメニアは救えない。3日も過ぎているからな」
アレンの言葉は、もうテオメニアは助からない。生き残った人はほとんどいないと言うことを意味した。
バウキス帝国に救難信号を出したのはニールにあった魔導具からだ。
その救難信号も教都テオメニアに火の手が上がってから2日目という話だ。
既に救難信号が送られて3日が過ぎている。
神官や街の民の格好をした魔獣が街の中から出てきたと救難信号を聞きつけた士官は言っていた。
テオメニアは魔獣の手に落ちたと思われる。
クレナは納得したが、キールは憤りを感じているようだ。
金の聖王と仲間たちから呼ばれているが、キールは正義感がかなり強い。
おそらく、仲間の中で一番強いだろう。
バウキス帝国のS級ダンジョン攻略中に設けた休みの日の話だ。
クレナとドゴラは剣聖ドベルグと稽古をしていた。
メルルはタムタムの検証だ。
アレンはセシル、ソフィー、フォルマールに手伝ってもらって魔力の種、金銀の豆などを生成していた。
では、キールは何をしていたかというと、S級ダンジョンの教会に通っていた。
炊き出しをしたり、傷を負って困っている人に回復魔法を振舞っている。
なぜそんなことをするのかというと、キールは、カルネル家がアレンたちの働きにより取り潰しにあった時、エルメア教会によって助けられた。
その後、エルメア教会で回復を必要としている人に回復魔法の施しをすることによって、僧侶の才能のあるキールは賃金を貰い、妹のニーナや幼い使用人を養っていた。
キールはその時、エルメア教会の中で「見習い神官」という立場で在籍する教会員という立場になった。
犯罪をしてでも家族を守ろうとしたキールにとって、エルメア教会から受けた恩情は今でも忘れられない。
感謝の気持ちも込めて、街に寄ると困っている人がいないか教会を訪ねるのは、キールの日課となっていた。
休みで自由時間があるときは、学園にいたときでも教会に行っていたくらいだ。
そんなキールがアレンの決定に憤りを感じる。
「……じゃあ、俺だけでも行くぞ」
テオメニアに1人でも生存者がいるなら助けるべきだと目を熱くして訴える。
「そうね。パーティーを分けるのはどうかしら?」
皆で行く必要はない。
今回の事態の発生源であるテオメニアには俺だけで行くと言う。
これにはセシルも同意するようだ。
パーティーを複数に分けて助けに行こうとセシルも言う。
「いや、まだここに来たばかりでどういう状況か分からない。テオメニアには召喚獣というかメルスを送るつもりでいるから、それで納得してくれ」
そう言って、昨晩夜番の間に整理した作戦について仲間たちに共有する。
救難信号を送ってくれた神官の話は全く要領を得なかった。
何が起きているのかもはっきり分かっておらず、敵の強さも分からない状況でパーティーを分けることはしないとアレンは判断する。
パーティーを割ったところで魔神などが出てくると対応できないかもしれない。
メルスなら、個としても強力なステータスを持ち、特技「天使の輪」を使い、アレン同様の召喚スキルを発動できる。
テオメニアに行って、生存者の救出、状況の確認など1体でこなすことができるし、やられても再召喚が可能だ。
第一天使であったメルスは召喚獣になったので、やられても魔導書に帰るだけなので何のリスクもない。
(まあ、これが正解か分からないが、今は揉める暇もないしな)
「それで、テオメニアは情報収集優先で、ニールは救出優先で動くってことかしら」
セシルがアレンの作戦から優先順位を理解する。
「……なるほど」
キールもメルスをテオメニアに送ることには納得したようだ。
「メルス、そういうことだ。場所は分かるか?」
他の異論が出ないので、メルスに指示を出す。
『問題ない。過去によく行ったことがある』
教都テオメニアは、創造神エルメアを信仰する教会のある総本山だ。
第一天使メルスも何度か顔を出したことがあると言っていた。
それからほどなくして、救難信号を送ったニールに到着した。
「魔獣に襲われている!!」
「なんかやばそうだぞ」
門や街の外壁に人間の姿をした何かがへばりついて群がっている。
必死に門を開けないように大勢の男たちが門の内から抑えている。
昨日からこの状況が続いているのか門はもうボロボロで、今にも壊れそうだ。
人間サイズの何かと一緒に、人間の身の丈の数倍の魔獣がいる。
Bランクの魔獣であるオークやオーガも結構な数がいるようだ。
へばりつく何かの頭上から力を込め、トロルやオーガが門にこん棒を叩きつけている。
そして、ニールの街に入る門は限界を迎えた。
トロルの一撃で粉砕され、扉が開いてしまった。
なだれ込むように人の姿をした何かと、巨人系統の魔獣が入って行こうとするのであった。
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