第306話 予言
これからゼウ獣王子と十英獣、そしてエルフの軍勢で魔王軍と戦うための軍議をしようとした矢先のことである。
ドゴラの怒号がエルフの女王の間に響き渡った。
「アレン、どういうこと? ドゴラは行かないの?」
ドゴラがアレンを睨む中、クレナはアレンの言葉の意味が分からなかったようだ。
「テミさんの占いであったけど、エルマール教国は、俺らがいたダンジョンの南東にあるんだ」
「そうだが、それがどうした?」
(分かっていてのことか)
ドゴラの今の表情と発言から、アレンが危惧していたことも分かっていたことを理解した。
「ドゴラは、このまま一緒にエルマール教国に行くと死ぬってことか?」
キールもすぐに気付いたようだ。
アレンはキールの言葉に頷いて答える。
アレンは占星術師テミにドゴラがエクストラスキルを使えるようになるか占ってもらった。
すると南東に行けばよいと、そして、一緒に不吉なことを続けて言われた。
『もしも、その力を求めようとすると、命を失いかねない。それほどの試練がドゴラにはある』
命を失うかもしれないほどの試練とは何なのかとアレンはずっと考えてきた。
S級ダンジョンの南東なので、アレンの中でラターシュ王国の学園都市で来月から始まる転職クエストのダンジョンで何かが起こると予想していた。
(転職クエストに魔神がやって来る説だと思っていたが違ったか。いや、邪魔をするがスケールが大きすぎたな)
ドゴラが南東に行き、エクストラスキルの発動を目指すと危険だと分かった。
そこで、アレンは本当にドゴラだけ危険なのかとアレンも含めて仲間たち全員を占ってもらった。
すると、アレンたち全員が南東に行くと危ないらしい。
それもかなり危険であるという占いの結果だった。
ドゴラが一番危ないが全員危険らしい。
南東で危ない理由なら、転職ダンジョンの開始を阻止すべく魔王軍が動く。
魔神がピンポイントで邪魔をしに来るくらいには思っていた。
しかしアレンの予想は外れる。
魔王軍は神器を使い、そして、転職ダンジョンの邪魔をする最も有効な方法を取ってきた。
「アレンたちも危険なんだろ。じゃあ、一緒じゃねえか」
何故俺をのけ者にするんだとドゴラは訴える。
占星術師テミは何も言わずにドゴラの言葉を聞いている。
自ら占った者の行く末を見守るようだ。
「いや、お前、ほぼ死ぬって言っているだろ」
問答をどれだけ重ねても意味ないが、アレンは説得を試みる。
(こんな安全マージンが取れないことをしてまでエクストラスキルの開放を目指さなくていいぞ)
アレンはずっと安全マージンを取ってきた。
安全マージンとは安全性を確保するために行なうゆとりのこと。
死んだり、過度な危険を避けつつ強くなるという意味だ。
学園のダンジョンでも、ローゼンヘイムの戦争でも仲間を想って行動してきた。
それは当然S級ダンジョンでも同じだ。
仲間たちの転職のタイミングもそうだが、最下層ボスに挑戦するときも同じだ。
4パーティーを集めたのは、仲間たちの死を防ぐためだ。
キールは1回しか蘇生できない。
精霊王の祝福を精霊神に頼んでも2回だ。
最下層ボスを攻略してからアイアンゴーレム討伐周回に勤しんでいたのも、仲間を想ってのことだ。
最下層ボスのゴルディノとアレンたちのパーティーだけで戦う方法は既にいくつか思いついている。
それを実行しないのは、安全が担保されていないからだ。
大胆に行動するアレンはずっと仲間を危険から遠ざけて行動してきた。
担保のない無謀なことはこれまでしたことはない。
アレン自身もある程度の目算があった上で、最小限の危険を対処するという方法を取ってきたつもりだ。
「そんなの関係ねえよ」
ドゴラは考えを変えようとしない。
「……いや」
「俺はお前の駒じゃねえ。勝手に俺の未来を決めてんじゃねえぞ! 何が大事かは俺が決める! 俺は仲間と共にエルマール教国を救う。そう決めたんだ!!」
さらに説得を試みるアレンに対して、ドゴラは全てを吐き出すように叫んだ。
「「「!?」」」
その言葉にアレンたちは息を飲む。
アレンだけではない、ゼウ獣王子を含めてここにいる全員だ。
似たようなことをアレンはゼウ獣王子からつい先ほど言われた。
(これは成長か。成長していないのは俺だけか)
今のドゴラの言葉は、つい先ほどのゼウ獣王子の啖呵を使って、自らの思いを発しただけだとも言える。
しかし、アレンは叫ぶようなドゴラの言葉を子供の猿真似だとは思わない。
世界中から慕われている勇者ヘルミオスとも、バウキス帝国のガララ提督ともドゴラは一緒にいた。
S級ダンジョンでもローゼンヘイムでも、名の知れた英雄たちに触れる機会の多かったドゴラは、自らの考え、生き方の模範を英雄たちの中からずっと探していた。
そんな中、一番影響を受けたのは剣聖ドベルグだろう。
ドゴラは寡黙なドベルグに拠点でもよく話しかけていたことを思い出す。
それは英雄になるためだろう。
英雄とは何なのか、小さな村から出てきた男は模索し続けた。
そんなドゴラは、ゼウ獣王子の考えと言葉に強く影響を受け、自らの生き方を決めたようだ。
たとえ、どんなに危険なところに行くことになろうとも、仲間たちを見捨てて自分一人だけが安全なところで生き延びる様なことはしない。
エクストラスキルを手に入れ、そしてエルマール教国を救ってみせると叫んだ。
「……ドゴラ。俺は仲間の命は大事に思っている。もし、どうしても危険な時はお前を……、そうだな、故郷の村にでも飛ばす。そこで俺たちの冒険は終わるかもしれないが、それでもいいか?」
仲間の想いを踏みにじっても、もしもの時はドゴラを安全なところに飛ばすとアレンは言う。
その代償として、ドゴラとの関係が終わっても仕方ないと思えるほどの覚悟をアレンも持つ。
初めてアレンはドゴラにこんなに向き合ったのかもしれない。
「ああ、それでいい。行こうぜ」
ドゴラも胸を張って返事をする。
「申し訳ありません。お騒がせしました。あまり時間がないので、ここから出発してもいいですか?」
アレンはドゴラから視線を女王に変え、口にする。
「え、ええ。もちろん構いません。もう少し時間があれば、魔導船の準備ができますが?」
今にも出発しそうなアレンたちに対して、魔導船を用意すると言う。
「いえ。それには及びません。戦争が近いのに貴重な魔導船を借りるわけにはいきません」
戦争での魔導船の用途はたくさんある。
アレンたちに用意しているのが高速の魔導船なら尚更だ。
「え? そんなことは」
「見ていてください。私たちは乗り物を手に入れたのです。メルルお願いな」
メルルはアレンの言葉に石板を魔導盤にはめ直す。
皆が見守る中、魔導盤を天に掲げ、メルルは叫んだ。
「タムタム降臨! モードイーグル!!」
そして、メルルはアレンが考案したカッコいいポーズを決める。
この羽ばたく鷲を模したポーズは、「荒ぶる鷲のポーズ」といい、タムタム「モードイーグル」を降臨させるとき専用のポーズだ。
カッコいいポーズ研究家のメルルはこのポーズを大層気に入っている。
「「「な!?」」」
まだ昼少し前だ。
魔神レーゼルとの戦いのときに天井が大きく破壊され、日の光が差し込んでいたが、一気に暗くなる。
巨大な何かが神殿の上に現れた。
外からもエルフたちの叫び声がする。
慌ててエルフの将軍たちが問題ないと言い、兵たちを鎮める。
これはメルルの移動用石板(飛行)をはめたゴーレムだ。
移動用石板は基本的に石板5枚分の大きさが必要だ。
移動用には、陸海空など用途によっていくつかタイプがあるが、移動用石板(飛行)はゴーレムを、空を飛べるように変形させる。
ダンジョンマスターディグラグニからの報酬で両面で合わせて20枚の石板をはめることができるようになった。
そのため、全長100メートルに達する超大型のゴーレムのまま変形して空を飛べる。
上空には、ジャンボジェットよりさらに1回り大きく、流線形の1枚羽を備えた飛行機のような形状の巨大な乗り物が浮いている。
タムタム「モードイーグル」の水晶にメルルが吸い込まれていく。そして、メルルが吸い込まれて直ぐに巨大な乗り物の下の部分が入れと言わんばかりに大きく開口していく。
「よし、搭乗口が開いた。皆乗り込むぞ! 女王陛下、では行ってまいります。何か必要なものがあれば、後程オキヨサンを通してお願いするかもしれません」
アレンの仲間たちはタムタム「モードイーグル」に乗り込んでいく。
「……は、はい」
アレンは鳥Aの召喚獣の加護「飛翔」で空を飛び、仲間たちにはタムタムに乗り込むため鳥Bの召喚獣を召喚する。
そして、必要なものは後でお願いするかもしれませんと伝えておく。
エルフの女王は目が点になり返事をするのが精いっぱいだ。
アレンもタムタム「モードイーグル」に乗り込み、操縦室に向かう。
「よし、エルマール教国への方向は分かるか」
「もちろん。地図用石板もはめているよ」
中に入って、さらに奥に進むとコックピットのような部屋がある。
メルルがタムタムを操縦するための部屋だ。
メルルが座る操縦席に取り付けられている真っ黒な魔導具のようなものに手を当てながら、進むべき道を方位になるように操縦をしているようだ。
すると、タムタムは大きく旋回し、南に向きを変える。
魔導具には世界の大陸が映し出され、GPSのようにタムタムの位置と向きが分かるよう表示されている。
「よし、時間がないからな。一気に行くぞ」
「うん! 行くよ!!」
メルルの返事と共にタムタムは一気に加速していく。
高速の魔導船を遥かに超える速度が出ている。
神殿を置き去りにするように、アレンたちはエルマール教国に急行するのであった。
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