第305話 義理

 アレンたちはS級ダンジョン攻略のため1年ほどいた拠点に戻って来た。


 速やかに持っていく荷物を収納に入れ、仲間たちも身支度をしていく。

 恐らく、ここには当分の間、帰れないだろう。


 元々ゼウ獣王子と十英獣は、皇帝ププン3世との謁見後、宮殿に何日か滞在してからアルバハル獣王国に帰る予定であった。

 S級ダンジョンの拠点に戻る必要はないと言う。


 ヘルミオスの使用人はここに残って、後片付けを最後までしてくれると言う。

 ここはいい拠点なので、今回の一件が終わったら戻って来たいと思う。


 だから、もうすぐ1年になろうとしているこの拠点の契約更新をしておいてほしいと使用人達にお願いをした。

 王化スキルは解放されていない。

 まだ、最下層ボスのゴルディノ討伐周回も、ダンジョンマスターディグラグニへの挑戦も終わっていない。


 このS級ダンジョンでやり残したことは多いが、今すべきことを優先する。


 ほどなくして、アレンたちもヘルミオスたちも準備が整ったので、ギアムート帝国の帝都にあるヘルミオスの別邸に移動する。

 ここでヘルミオスとそのパーティーともお別れだ。


「では、後ほどエルフの霊薬と、そうですね。召喚獣も10体ほど寄越せると思いますが、こちらは期待しないでください」


 アレンの召喚獣の枠は80体だ。

 危機的な状況だが、ギアムート帝国北部の要塞には10体送るのが手一杯だと言う。


「いや、あの召喚獣を10体ならすごく助かるよ。そっちも気を付けてね」


 去年の魔王軍との戦争でもアレンはギアムート帝国北部に召喚獣を応援にやった。

 前回はBランクの召喚獣であったが、今回はAランクの召喚獣だ。


 天の恵みは十分にあると思うが、1000個ほど追加で提供する。

 頑丈なゴーレムの中にいるバウキス帝国軍と違い、生身の兵たちが戦うギアムート帝国北部は死人を出さないために多めに渡しておく。


 要塞が陥落したときに兵たちが助かるように、金銀の豆も100個ずつ渡す。

 これがあれば、魔王軍を構成するBランクとAランクの魔獣を寄せ付けない安全地帯を作ることができる。

 鳥Aの召喚獣をヘルミオスに帯同させて、ギアムート北部の要塞に「巣」も作る予定だ。


(これだけやれば問題ないと思いたいが、何が起こるか分からないからな)


 どの大陸にどの程度の魔王軍が侵攻するか、現状は一報を受けているだけの状況なのではっきりしたことは分からない。

 今のところ、去年の魔獣1000万体というおかしな数にはならないようだが、油断はできない。


 アレンとゼウ獣王子はヘルミオスと別れの挨拶を交わし、さらに転移する。

 次に転移するのはローゼンヘイムだ。


「女王陛下。急な来訪失礼します」


 アレンたちとゼウ獣王子が移動したのはローゼンヘイムの首都フォルテニアだ。

 

 去年の始まりにあった魔王軍の侵攻と、その後の魔神レーゼルとの決戦で、首都フォルテニアは大きく破壊された。


 新たな魔王軍の侵攻に備え、要塞を中心に復興を急いだが、故郷の街を失った難民もかなり多く発生した。

 難民の数は数百万人に上り、帰る場所を作るべく、首都フォルテニアや大都市を中心に復興させてきた。


 フォルテニアは今年の始まりから、難民の受け入れを開始し、それに合わせてエルフの女王も戻って来た。


 フォルテニアへの入民を開始するということは、故郷を奪われたエルフたちに希望を与えるということだ。


 なお、復興の支援は中央大陸のギアムート帝国を中心に行われ、エルフの霊薬や、大量に手に入った魔獣の素材で賄っている。

 なんでもローゼンヘイムの全ての街と要塞を作り直しても、お釣りが出るほどの余裕があるとのことだ。


(足りないのは時間だけだな。復興に水を差しやがって)


 街を中心に復興させたため、まだ壊れたままの天井から光が漏れる女王の間で悪態をつく。


「いえ、話は既に聞いております」


 エルフの女王も、横にいるシグール元帥や将軍たちもアレンたちが急に移動してきたが驚くことはない。


「オキヨサン、ありがとう」


『いえいえ、アレン様の指示とあれば。ケケケ』


 白装束を着て、頭に2本のろうそくを鉢巻で括り付けた10代後半の見た目の女性が特徴的な笑みを浮かべながら返事をする。


 この青白く幸薄そうな女性が霊Aの召喚獣だ。

 Bランクの洋風の人形のような見た目から、一気に和風に変わった。


 何でも、第一天使メルスがデザインしたわけではないらしい。

 Aランクの召喚獣の大まかな設定をしていたが、霊Aの召喚獣については第二天使だったルプトのデザインだと言う。

 なおルプトは現在、メルスに代わり第一天使に昇格している。


 アレンが霊Aの召喚獣を見て、「メルス、なんかすごいのデザインしたな」と言おうとする前に「私ではない」と食い気味に言われた。


 笑い方が特徴的だが、この世界には和風の霊の魔獣はいないので、こういうものだとエルフたちには、受け入れられている。


 【種 類】 霊

 【ランク】 A

 【名 前】 オキヨサン

 【体 力】 7500

 【魔 力】 8000

 【攻撃力】 6800

 【耐久力】 10000

 【素早さ】 8700

 【知 力】 10000

 【幸 運】 3000

 【加 護】 耐久力200、知力200、物理耐性強

 【特 技】 五寸釘、背後霊

 【覚 醒】 地縛呪


 特技や覚醒スキルも雰囲気があるものばかりだ。

 S級ダンジョンでは、活躍の場が少なかったが、加護の物理耐性強は耐久力の低いアレンにとってかなり有用なので必ず1体は生成している。


「これから、軍議を行い戦争に備えるつもりだ」


 シグール元帥がアレンに話しかける。


 ギアムート帝国からの魔王軍侵攻の知らせは魔導具を使い既に聞いている。


「はい。それでは、ゼウ獣王子と十英獣も加勢しますので、何卒よろしくお願いします」


「それは本当に助かる!」


「私からも礼を言います。あのようなことをしたのに、ローゼンヘイムのために……」


 シグール元帥だけでなく、女王が声を詰まらせながら礼を言う。


 今回、十英獣をバウキス帝国に連れてくる策略とも言える方法を取ったのはアレンの発案だ。

 しかし、その方法の真実味を持たせるため女王には親書を書いてもらった。


 国家として大変失礼なことをしたでは済まされない不義理を働いた。

 それにも拘らず、アルバハル獣王国の王族、そして最高戦力である十英獣が参加する。


 去年の魔王軍の侵攻の折、多くの犠牲が出た。

 これは最前線で戦った才能のある兵が多く死んだことを意味する。

 魔王軍との戦いに才能が必要な状況で、人族であっても簡単には兵の数は回復しない。

 エルフなら、生む子供も少なく、そして成人するのに人族の倍の30年かかる。

 どれだけの命と時間を失ったのかという話だ。


 去年のローゼンヘイムへの魔王軍の侵攻以前に兵数を戻そうと思ったら50年は優にかかるだろう。

 その50年も今後魔王軍からの侵攻が無ければの年数だ。


 今回の戦争では、アレンの召喚獣や天の恵み、金銀の豆などの助けがあるが、完全に要塞が復興していない状況で不安がある。

 その状況の中での獣王国からの最高戦力という形での助力だ。


 楽術師レペのバフはエルフの軍勢を一気に強化するだろう。

 占星術師テミのバフはエルフの軍勢の多くの命を救うだろう。

 そして、ゼウ獣王子の「獣王化」は十英獣と自らを爆発的に強化する。


 言葉に詰まったエルフの女王は頭を下げて、ゼウ獣王子に深く礼を言う。


「元々の約束である。全力で戦うことをお約束する」


 ゼウ獣王子は必要以上に感謝しなくてよいと言葉と態度で示す。


(直情的で、義理堅いか。ゼウ獣王子が獣人のイメージを固めそうだな)


 今後、ゼウ獣王子が獣王になるかどうかは決まっていない。

 しかし、今回ローゼンヘイムに恩を売るような態度を示さなかったことは、決してアルバハル獣王国のマイナスにはならないだろう。

 物資の提供ばかりで今まで魔王軍との前線に現れなかった獣人の良くないイメージを一掃しようとしている。


 アルバハル獣王国の獣王子がローゼンヘイムとの間に取り交わした義理を重んじ、自ら前線に赴いたことは史実に残るだろう。


「では、今後のことについて話をしたいので、ぜひこちらへ」


「うむ」


 シグール元帥がゼウ獣王子や十英獣を、軍議をするための部屋へ案内する。

 立ち話も可能だが、今は時間をかけて戦略を練る時である。


 女王の間において短時間で戦争の指示をするのは、戦争が始まり結論を急ぐときに行なわれる。


 どれだけの兵数がいて、どんな戦いをするか共有しなければならない。


 これまでと同じであれば、ギアムート帝国で動きが有ってから10日前後で、ローゼンヘイム最北の要塞で魔王軍との戦いが始まるらしい。


 ぞろぞろとエルフの将軍や十英獣もついていく中、アレンは口にする。


「ドゴラ、お前も軍議に参加するといいぞ」


「うん? どういうことだ」


「ここに残ってローゼンヘイムで戦えばいい。俺たちでエルマール教国に向かうから」


「な!? どういうことだ!!」


 エルフの女王の間でドゴラの声が大きく響くのであった。

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