第302話 金色の間②
バウキス帝国の皇帝ププン3世に声を掛けられ、跪いていたアレンはゆっくり面を上げる。
その様子に、玉座に座る皇帝の横に立つ宰相が身構えてしまった。
アレンは特に睨むわけでもなく、何の表情もない。
「ま、まだ子供ではないのか?」
「いや、もう成人しているという話だぞ。本当にSランク冒険者なのか?」
「本部長の通達はお前らも見ただろ。声が大きいぞ。何に反応するか分からんぞ」
「静粛に。皇帝陛下の御前であるぞ」
アレンに皇帝が話しかけただけなのに、場がざわつき始めたので、宰相が場を鎮める。
しかし、その宰相の発言もどこか、目の前に跪くアレンに遠慮しているように感じる。
(マッカラン本部長はやり過ぎじゃね。これくらいの方がいいのか?)
アレンはこの状況に心の中でため息をつく。
アレンがSランク冒険者になった当日、魔道具を使い全ての冒険者ギルド統括部及び支部に通達が行われた。
アレンがSランク冒険者になったので、アレンがやってきた場合はしっかり対応するようにみたいなことを伝えたらしい。
アレンはSランク冒険者になった時点で全ての統括部長と支部長を指導する権限がある。
これは、支部長など各支部のトップは冒険者上がりの脳筋系が多いらしく、無用ないざこざが発生しないための措置であると言う。
アレンの見た目はまだまだ成長期真っ盛りな15歳の青年だ。
しかし、アレンのSランク冒険者の通達は冒険者ギルドだけに留まらない。
冒険者ギルド以上に伝えないといけないのは国家に対してだった。
冒険者ギルドが通達できる全ての王国や帝国にアレンがSランク冒険者になったことが通達された。
魔王軍との開戦の知らせなど、よっぽどのことがないと行われない魔導具を使った全世界一斉通達ということもあり、世界の反応は大きい。
何でも、冒険者ギルドが過去に行なった全世界一斉通達は、中央大陸にSランクの魔獣が現れた時だけであったらしい。
今回の全世界一斉通達はそれ以上に世界を震撼させた。
どうやら、通達内容からアレンに対してかなりの部分を冒険者ギルドは調べ上げていたようだ。
S級ダンジョンの功績だけでなく、去年のローゼンヘイムの戦争で、100万を超える魔獣を倒したことも知っていたようだ。
まず通達の始まりは、『アレンがS級ダンジョンの攻略、そして冒険者ギルドにおいて多大な貢献をしたことを理由にSランク冒険者になること』が明記された。
詳細については別途整理し、通達されると書かれているので、各国は詳細を確認するかくらいの思いで受け止めた。
しかし、その下にさらに通達の内容は続いていく。
『Sランク冒険者はその肩書より、圧倒的な実力のある者のみが認められる』
『アレンの実力は中堅国家の総戦力を凌駕する』
『アレンが率いるパーティーは大国の総戦力に匹敵する』
『もしSランク冒険者アレンと何らかの形で争いに発展した場合、冒険者ギルドは一切関与しない。自己責任で対応していただきたい』
このように通達の最後は締めくくられた。
たとえ、もめ事が大きくなって国が滅ぼされても、世界的に冒険者を抱える冒険者ギルドは協力も助けもしないという意味だ。
そして、冒険者ギルドに所属するアレンに協力するという文字もないのは、冒険者ギルドからの協力はアレンにとって不要であるということを意味した。
(お陰で謁見が何日も延びたんだけど)
通達の翌日にはアレンの出身国である、ラターシュ王国に魔導具や王都に駐在する外務官を通じて、パンクするほどの連絡が来たとグランヴェル子爵から聞いている。
アレンは何者なのか、なぜこのような実力者を隠していたのか、今後ラターシュ王国はどのように対応するのか、同じような質問が各国からやって来た。
アレンはローゼンヘイムの参謀で、ラターシュ王国は関知しないと国王は回答したと言う。
実際にアレン自身は貴族でも何でもなく、ラターシュ王国では一介の冒険者という立場だ。
しかし、その回答は各国の猜疑心を強く刺激した。
ラターシュ王国の国王に対して、5大陸同盟に非協力的な噂があるのも事態を悪化させた。
これは協力して魔王軍と戦っていこうという、5大陸同盟の精神から外れる対応であると世界は強く非難した。
ラターシュ王国の国王は世界から集中砲火を浴び大炎上中だ。
この数日、全ての行事をキャンセルし、対応に追われているらしい。
特にこの通達で慌てたのがバウキス帝国だ。
これからアレンと会うことを、親書を通じて約束してしまったからだ。
グランヴェル子爵とアレンの関係をすぐに掴み、あらゆる外交特権を駆使して、ラターシュ王国の王城近くにある外交官の館で質問攻めにしたと言う。
初めて会った幼少期の頃からの話を何度も質問されたとのことだ。
なお、バウキス帝国は大国同士で国交のあるローゼンヘイムにも状況を確認する。
するとさらに驚愕の回答がローゼンヘイムから返って来た。
『ローゼンヘイムは、今回の冒険者ギルドによる我が国の参謀「アレン」のSランク冒険者の任命について、遅かったというのが率直な感想だ。
そして、大国の総戦力に匹敵するなど、アレンの実力を過小評価しているにもほどがある。
こちらについては冒険者ギルドに通知の訂正を要請しているところだ。
ローゼンヘイムはアレンと共にある』
ローゼンヘイムからはこれ以上の回答は貰えなかった。
これだけで十分であろう、そう言うことだ。
これからとんでもない男と謁見をしないといけない。
しかし、これで何十日も待たせたというのは、それだけで他国から軽んじられる可能性もある。
「『始まりの召喚士』と呼ばれておるらしいの?」
皇帝がアレンに尋ねる。
「はい。そうです」
アレンはマッカラン本部長に自らを名乗る2つ名のようなものが欲しいと言われた。
何でもSランク冒険者は「2つ名」を基本的に持つらしい。
ではと、以前学園でヘルミオスと戦った時に名乗った「始まりの召喚士」はいかがでしょうと言うと、肩書に前向きな感じが出ていると言っていた。
この肩書についても世界に通達がされている。
貴族や大臣たちが緊張する中、アレンと皇帝の会話は続いていく。
緊張するのはアレンに実力があるのもそうだが、これまで表舞台で活動をしておらず、素行に不安があることが大きい。
ヘルミオスはその温厚な態度と、魔王軍との戦いから信頼が厚い。
ゼウ獣王子はヘルミオスほどではないが、大国の王族だ。
謁見の間に呼んでも、とんでもないことはしでかさないだろうという安心がある。
しかし、アレンは違う。
このまま会話しても大丈夫なのか。
いきなり襲ってこないだろうか。
(いやビビっているのはバスクとかいうSランク冒険者がかなり粗暴な性格だったからじゃねえのか? マジで「修羅王」のせいだな)
20年前にSランク冒険者になったと言われ、物騒な「修羅王」という2つ名を持つバスクについて悪態をつく。
バスクは魔獣から多くの人を救い冒険者として活動してきたが、5大陸同盟や軍を率いる貴族から支配されることを嫌ったという。
5大陸同盟の軍とも大きく揉めてどこかに消えてしまったらしい。
アレンと謁見するにあたって、過去のSランク冒険者についても恐らく調べたのかなと思う。
実力が常人の数十倍にもなる世界だ。
安全確認が取れていない人物ほど怖いものはない。
しかし、帝都に統括部を構える、冒険者ギルドバウキス帝国統括部の部長も副部長を引き連れ謁見に参加している。
20年ぶりに新たに誕生したSランク冒険者がどんな人物なのか窺っている。
弱腰であると冒険者ギルドとの関係も悪くなる。
大国の威厳を見せるため、今日は集められるだけの貴族たちをこの広間に来るように指示した。
冒険者ギルドがバウキス帝国に払う手数料収入の比率などは交渉によって決まる。
ディグラグニを信仰し、S級ダンジョンが帝国内にあるバウキス帝国は冒険者ギルドへの依存がかなり大きい。
これは冒険者ギルドの影響が強いとも言える。
バウキス帝国は大国の意地を見せるために、多くの貴族を謁見に参加させている。
5大陸同盟の一角をなす我が国は誰にも怯えないことを各国に見せつける意味もある。
「朕にもその召喚獣というものを見せてほしいぞ」
皇帝はアレンにも興味津々だ。
せっかくなので召喚獣を見せてほしいと言う。
「では、このように」
少し考えてアレンは、目の前に鳩の姿をした鳥Fの召喚獣を召喚する。
大広間の天井をゆっくり旋回させる。
「素晴らしい!! もっと近う寄るのだ! おお!!」
近くに来いと言うので鳥Fの召喚獣を肩の上に停まらせると小太りのおっさんの皇帝はとても嬉しそうにする。
玉座の上で足をバタバタさせている。
「その鳥は、私の故郷では平和の象徴でございます。ぜひ、このような素晴らしいダンジョンを所有するバウキス帝国とは平和な関係を築きたいものです」
(鳩が平和の象徴なのは、前世の世界の話だけど)
「おお、そうかそうか!」
「このような謁見を設けていただきありがとうございます。それで、皇帝陛下におかれましては、1つお礼を言っておかねばなりません」
「うん? 朕にお礼とな? なんだ?」
皇帝は首をかしげる。
お礼とは何なのか分からないようだ。
それは、横の宰相も貴族たちも分からないという表情をする。
「メルルをラターシュ王国の学園に入れていただきありがとうございます。お陰で大事な仲間と出会うことが出来ました」
バウキス帝国は優秀な才能を持つ人材を他国の学園に入れている。
それはローゼンヘイムなど他国も同じことだ。
バウキス帝国としては、ギアムート帝国の学園にメルルを入れるとギアムート帝国の貴族たちとよからぬ関係が生まれないか心配して小国のラターシュ王国に入れたとアレンは考えている。
実際、ギアムート帝国に他国の優秀な人材が留学に行くことは少ないらしい。
「おお、そうかそうか!」
深く頭を下げるアレンに、肩に鳥Fの召喚獣を乗せた皇帝が上機嫌だ。
「!?」
皇帝の返事から少し遅れて宰相はアレンの言葉の本当の意味に気付く。
これは、今後もアレンがメルルを仲間として同行させるぞという意味が込められている。
『仲間になったとお認めになりましたよね』ということだ。
今後のアレンの活動にメルルを同行させるぞという言葉に賛同を皇帝に求めてきたのだ。
下を向き悪い顔をするアレンの後ろで、セシルが「また始まったわね」とため息をつく。
「さすが、始まりの召喚士は礼を言う相手を分かっているようだな!」
「もちろんでございます。ここにいる他の誰でもございません」
「ちょ、ちょっと、皇帝陛下……」
(おい、邪魔をするな)
メルルがどうのこうのより、このままの流れはまずいと宰相は判断した。
このような初めての謁見の席でまさか皇帝を上機嫌にさせて、願いを言ってくるとは思っても見なかった。
このまま、アレンに会話させていたら何を言われるか分からない。
宰相が慌てて会話に割って入る。
「失礼します!!」
その時だった。
宰相が今後のバウキス帝国のために、頭を巡らせている時に士官の格好をしたドワーフが汗水たらして大広間に入って来た。
士官とはラターシュ王国など他の国で言うところの下級騎士だ。
「な!? 何だこんな時に!! こ、ここがどこか分かっているのか!!」
あまりの突然のことに、宰相が怒りで震えながら入って来た士官を叱責する。
「も、申し訳ありません。急ぎお伝えしないといけないことがございまして……」
「む? なんだ? 申してみよ」
皇帝は大事な謁見の間に入って来た士官を咎めることなく、伝えないといけないことは何なのか尋ねてくる。
「は、はい。エルマール教国から救難信号を受けました。エルマール教国の教都テオメニアが燃えていると……」
一瞬何のことだか理解できなかった貴族たちだが、大広間は一気にざわざわしだす。
今、新たな戦いが始まろうとしているのであった。
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