第301話 金色の間①

「そろそろ時間らしいよ。こっちに来て」


「あー、はい。すぐに向かいます。こちらの取引は終わりそうです」


 ヘルミオスはインコの姿をした鳥Gの召喚獣にそろそろ来るように伝える。


 ヘルミオスがいるのは、バウキス帝国の帝都にある王城だ。

 これからバウキス帝国の皇帝ププン3世との謁見が行われる。


 アレンたちは冒険者ギルドの取引をする部屋にいたのだが、鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使い移動する。


 たった今、前日にS級ダンジョンのアイアン狩りをして手に入れたアイテムや魔石の取引をしていた。


 マッカラン本部長からSランク冒険者になるように勧められて10日ほど経過した。

 本部長がやって来てほどなくしてバウキス帝国の使者が迎えに来た。


 アレンがこれからの日程を確認すると、使者からは帝都にやって来ても、すぐには謁見できず数日かかると言われた。


(数日って言っていたのに結局10日になった件について。行ったり来たり作戦を敢行してよかったな)


 その作戦とは狩りの時間がもったいないと、魔導船に乗る、帝都に入る、王城の待合室に入るといった要所要所にアレンたちは移動する。

 そして、アレンたちが移動した記録を残し、鳥Aの召喚獣の特技や覚醒スキルを駆使して、S級ダンジョンに戻るを繰り返した。


 アレンは一刻も早く、王化のスキルの封印を解きたいと考えている。

 そのため、移動の記録を残す以外は、アイアンゴーレム狩りと冒険者ギルドでの取引に時間を当てている。


 ヘルミオスは「アレン君らしいね」と言いながらも、アレンの行動に付き合ってくれた。


「おう、来たか」


「ガララ提督は提督感がすごいですね。全くゴロツキに見えないです」


 一緒に冒険したゴーレム使いのドワーフたちに囲まれるガララ提督に話しかける。


「あ? うるせえよ」


 アレンの皮肉にもガララ提督は合わせてくれる。

 ガララ提督はいつもの海賊帽子を被った、ならず者のような格好から、提督の格好に戻っている。

 胸にはこれまでの歴戦の戦果だろうか、勲章が飾られている。

 さすがに皇帝に謁見するので、それなりのドレスコードがあるようだ。


「ゼウ獣王子は、まだ獣王陛下の返事は来ないのですか?」


 十英獣と一緒にいるゼウ獣王子にも話しかける。

 ゼウ獣王子も普段よりしっかりとした王族の格好をしている。

 毛皮を基調とした格好はガララ提督よりはワイルドな感じなので、獣王家の格好はこういうものなのだろうと思う。


「いや、一旦戻るように言われたぞ。アレン殿のお陰だ」


「それは良かったですね。ゼウ獣王子のお力ですよ。十英獣については何か言われましたか?」


 何年ぶりかの帰国だ。

 久々に妻に会えると喜んでいる。

 ライオン顔で厳しい表情が多かった気がするが、かなり顔がほころんでいる。


「ははは。それについては、獣王陛下にゆっくり話が聞きたいと言われたぞ。手が出ないことを祈るばかりよ」


「それは大変ですね」


 結構短気な獣王であると聞いている。

 半分冗談、半分本気で獣王は言っているのだろうとアレンは思う。


「お主はどうするのだ? せっかくだから、一緒に獣王国に来ないか? 獣王陛下に紹介したいぞ」


「え? いいのですか?」


 人が獣王国に入ることは勇者ヘルミオスでも難しいと聞いている。

 招待を受けて良いのかとアレンは聞く。


「もちろんだ。アレン殿もこのダンジョンの獣人たちを見たはずだ。そもそも1000年前の出来事。我らは歩み始める時なのだ」


 憎しみを抱き続ける愚かさも、今回のダンジョン攻略で気付かされたとゼウ獣王子は言う。

 今回の攻略のためにアレンとヘルミオスのパーティーが必要であったことは明白だ。


「そうですね。獣王国もいいですね。まだ行ったことないですし、とりあえず、メルルの転職が済んだら、今度行ってみたいと思います」


(何か強化につながる情報が手に入るかもしれないからな。獣王家の獣化の秘密が解けたら、エクストラモードに近づけるかもしれないし)


 まもなく転職ダンジョンの運営が開始される。

 そうしたら、ヒヒイロカネゴーレムを操作するためにもメルルには真っ先に転職させたいと考えている。


 その後で、一度顔を出しますよと言う。


「では皆様、皇帝陛下との謁見を行います」


 50人近くの人がいるかなり広めの部屋に、謁見開始の準備ができたと王城の役人が伝えに来る。


 数名の役人に案内され、ガララ提督、ゼウ獣王子、ヘルミオス、アレンのパーティーは1つ上の階にある謁見をするための大広間に向かう。


(金で出来た扉か)


 大広間に通じる扉は金で出来ており、赤や青の宝石が散りばめられている。

 これ一枚、いくつの魔石に交換できるだろうと、扉の前で待たされながら金勘定を行う。


「これよりバウキス帝国皇帝ププン3世陛下との謁見を行うものとする!」


 扉横に取り付けられた魔導具からも大きな声が聞こえる。

 音量がおかしいのか、耳元でけたたましく聞こえ、難聴になるぞと思う。


 金の扉が開かれる。

 するといきなり光が漏れた。


 そこは床一面、金で出来た大広間であった。


 正面には既にバウキス帝国の皇帝が座っている。

 40過ぎの小太りのおっさんが興味津々で、50人近いパーティーを遠くから眺めている。

 そして、バウキス帝国中から集めたのか、大広間の両端には貴族たちが集められている。


「大勢のドワーフたちが稼いだ金をこんなのに使ってんだな」


「キール聞こえるぞ」


「ああ」


 キールが率直な感想を言うのでアレンが諫める。

 S級ダンジョンでも多くのドワーフたちが金策をしていた。

 多くの冒険者や有能なゴーレム使いが文字通り、命懸けで稼いだお金は税として徴収され、この煌びやかな広間に使われている。


 キールを諫めたアレンだったが、実のところは全く同感だと思っていた。


 4パーティーがそれぞれ1列になって4列で広間を皇帝の元に歩いて行く。


 ここで跪くように言われた、宝石がはめ込まれた位置で止まり、片膝を付く。

 立ち止まるところがはっきりしていて、ガララ提督、ゼウ獣王子、ヘルミオス同様に先頭を歩くアレンとしては助かるなと思った。


「ではこれより、S級ダンジョンを攻略した英雄たちへ、皇帝陛下から労いの言葉がある!!」


 魔導具がなくても、このボリュームかというほど横に立つ貴族の声が良く響く。

 恐らく宰相だと思われるバウキス帝国で2番目に偉い人なのだろう。


 宰相が開始の挨拶を始めたので皇帝が口を開く。


「朕はこのバウキス帝国皇帝のププン3世である。ガララ提督よ」


(1人称を朕って言うのか。そう言われたら朕っぽいな。この男が5大陸同盟の盟主の一角をなす皇帝か。我儘なとっちゃん坊やって聞いたが見た目の通りだな)


 近くで見るとさらに威厳の感じられない顔つきをした小太りのおっさんだ。

 ここにいる皆を子供のように興味津々に見つめている。


「はい」


 ガララ提督が恭しく返事をする。


「犠牲が出たと聞いたが、よくぞ無事にS級ダンジョンを攻略した。褒めて遣わす」


「……ありがとうございます」


 ガララ提督は、大事な仲間を失ったことに軽い口調で触れられた事で、一瞬強い怒りを覚えたようだが、それをぐっと堪えて礼を述べた。

 大臣たちはガララ提督が皇帝のことを良く思っていないことを分かっているのか、若干焦りながらも謁見を進めていく。


(やはりバウキス帝国としてはガララ提督が最も活躍したと印象付けたいのかな)


 そのための謁見の間なのだろう。

 それからも、興味津々に皇帝がガララ提督に質問をしている。

 ガララ提督は怒りを抑えながらも、端的に皇帝の質問に答えていく。


「皇帝陛下。わざわざ他の大陸から来た英雄たちがおります。その者たちにも労いの言葉をかけてください」


「む? うむ。そうだな」


「勇者ヘルミオスよ。息災であるか?」


「はい」


「よくぞ、ガララ提督と協力し、S級ダンジョンを攻略したな。褒めて遣わす!」


 皇帝が胸を張ってヘルミオスを褒めたたえる。


「皇帝陛下にお褒め頂き光栄でございます」


「うむ!」


 先代、先々代の皇帝が大陸にあった国々をまとめ上げ1つの巨大な帝国を築いたと聞いている。

 現バウキス帝国の皇帝は、魔王軍に大陸を侵攻されたことが一度もないこともあり、随分緊張感なく育ったのだなとアレンは思う。


 だからといってアレンは、バウキス帝国の皇帝に嫌悪感があるかと聞かれたらそうでもない。

 甘やかされて育った凡君のような皇帝もいれば、賢帝と呼ばれる皇帝もいるだろう。

 アレンはヘルミオスと皇帝の雑談のような会話が続く中、この世界の王家について考える。


(やはり、俺には王家とか貴族は向いていないな。それで言うとSランク冒険者になって、冒険者ギルドと関係が深くなったことは正解か)


「そして、ゼウ獣王子。まさか、十英獣を攻略のために呼ぶとは、朕もたまげたぞ!!」


「はい。皇帝陛下」


 皇帝がゼウ獣王子に話しかけたため、若干の緊張がこの大広間を包む。

 今回ゼウ獣王子は、獣王国最強と名高い十英獣全員と共にいる。


 来たくないと言っていた楽術師レペもいる。


 このように公式な場でアルバハル獣王国を除いて、十英獣が全員揃うことは一度もなかった。


 獣人たちの事を無法者と言うのは言いすぎだが、粗雑なイメージは持たれている。

 これは、バウキス帝国がというより、獣人自らも含めて世界の共通認識だ。


 ヘルミオスとそのパーティーはギアムート帝国が集めた最強パーティーと呼んでも過言ではないが、何度となく面識がある。

 信頼と実績とも言える関係が構築されているので、お互い緊張する事無く会話ができるのだが、十英獣は違う。


 獣王国が誇る最高戦力が皇帝のほんの目の前にいる。

 正直に言って品のある格好のものばかりではない。

 命を狩れる距離にいる十英獣に対して、周りの貴族や大臣にもかなりの緊張を与えているようだ。


 ざわざわとした中、皇帝とゼウ獣王子の会話は進んでいく。


「このまま、少しはこの宮殿にいてくれるのかの? 朕は獣王国の話も聞きたいぞ。武術大会など凄いのだろ?」


 少年のような目で皇帝はゼウ獣王子を見つめ、ゼウ獣王子にも獣王国にも興味津々だ。

 どうやら、皇帝の緊張感がないのは獣人たちを相手にしても変わらないようだ。


「このような素晴らしい宮殿に滞在させていただけると。これから獣王国に戻るつもりですが、それまでの間でよろしければ」


 一切緊張感のない質問を皇帝が繰り返し、ゼウ獣王子が堂々と答えていく。


 雑談をある程度進めると、ゼウ獣王子と皇帝の会話が終わる。

 皇帝の視線がアレンに向かう。

 どうやら4パーティー目のアレンに声を掛けるようだ。


「アレンよ。面を上げよ」


「はい」


「「「!?」」」


 そう言ってアレンが面を上げると、貴族や大臣たちの緊張が最高潮に達したのであった。

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