第300話 Sランク冒険者
「む? Sランク冒険者になりたくないと? それは何故かの?」
そんな周囲の否が応でも高まるお祝いモードをよそに、当の本人のアレンがSランク冒険者の指名を断ると言う申し出に、マッカラン本部長は特段驚いた様子もなくその理由を尋ねる。
「単純に興味がありません。無用な肩書で注目を集めるようなものですよね」
(魔王軍と絶賛戦争中のこのご時勢に勇者であるヘルミオスでもなれないSランク冒険者になるとか狂気の沙汰では?)
メリットを感じられないので断ることにする。
「ふむ。じゃが、Sランク冒険者の肩書は必要だと言えば納得してくれるかの?」
「え? どういうことでしょう?」
「20年前にSランク冒険者に任命した者も同じく、興味がないと言ったのじゃ。まあ、説明すれば納得して受け入れてくれたがの。というより、勧めると皆同じ反応をするらしいのう」
皆が、アレンがSランク冒険者を断る事を驚愕してる中、マッカラン本部長は眉1つ動かさなかった。
これは、断ることも前提で話を持ち掛けていることを意味する。
「Sランク冒険者にはそれだけの価値があると」
「そうじゃ。もう気付いておるかもしれないが、今日はアレン君にSランク冒険者を勧めに来たのじゃ。まずは、Sランク冒険者とは何なのかという話じゃが」
はっきりと本部長が来た理由は、アレンのSランク冒険者への勧めのためだと言う。
マッカラン本部長はSランク冒険者とは何なのかという話をする。
何でも、Sランク冒険者は世界中で何十年に1人の逸材の実力や功績を称えるためにある制度とのことだ。
(実力がS級ダンジョン攻略で、功績は冒険者ギルドへの情報提供かな。それにしても数十年に1人とは、制度として機能しているのか?)
今回Sランク冒険者に勧められる理由をアレンは考える。
「それだとずいぶん少なそうですね。世界に今何人いるんですか?」
「多分2人じゃな。アレン君を入れて3人じゃ」
人数の中にアレンが入れられる。
「多分?」
「Sランク冒険者は奔放な者が多いからの。バスクはもう10年くらい見ていないの」
「バスクさん?」
「20年前、Sランク冒険者にした者じゃな」
(冒険者ギルドも把握できないSランク冒険者か。いや、それだけ自由に活動させてくれるとも言えるのか? それにしてもバスクとかいうSランク冒険者なぞ、こんな魔王軍に滅ぼされそうな時代に、聞いたことないな)
アレンは冒険者ギルドとSランク冒険者の関係について考える。
そして、初めて聞くバスクという名前にも違和感を覚える。
今は魔王軍に攻められており、力のあるものはいくらいても足りない時代だ。
20年前ならヘルミオスもまだ活躍しておらず、活躍し出す10年以上前の時代だ。
学園で魔王軍との戦争で活躍した将軍や、英雄の話を魔王史で何人も習ったが、Sランク冒険者バスクなど一度も聞いたことがない。
「じゃあ、ヘルミオスは該当しないというわけね」
怪盗ロゼッタが会話の途中に入る。
今回、実力のある4パーティーが参加した。
4人のパーティーリーダーで、実力と功績両方を満たしているのはアレンのみだとロゼッタも納得をした。
魔王軍と戦争で活躍することは、冒険者としての功績には入らないようだ。
マッカラン本部長がロゼッタの言葉に頷いたため、一緒に話を聞いていた皆も納得したようだ。
「そしての。肩書とアレン君は言ったが、権限もある」
名誉だけじゃないとマッカラン本部長は言う。
「権限? 冒険者に権限ですか?」
冒険者と権限とは相容れないものだとアレンは思っており、ピンとこない。
Aランク冒険者になったが、特別な権限を与えられたようなことはなかった。
強いて言うなら、冒険者ギルドからは、他国に入るとき、入国がしやすいメリットがあるという話は聞いた。
腕のいい冒険者が自国で活動してくれたら助かると言う理由で、ローゼンヘイムなど一部の国を除いて、入国の緩和措置を取られている。
「そうじゃ。Sランク冒険者は、副本部長と同等の権限が与えられる」
「「「は!?」」」
あまりの驚きで部屋にいる皆が驚きの声を上げ、騒然とする。
「副本部長だと!」いう言葉で部屋が埋め尽くされる。
Sランク冒険者とはただの肩書ではなかった。
(副本部長と同等って、各国に1人いる統括部長より立場が上ってことか。それって結構な権限だよね)
世界的な組織の冒険者ギルドはマッカラン本部長を頂点に、ピラミッド状の組織を構築していることをアレンも知っている。
・本部長 冒険者ギルドのトップ。マッカラン本部長がこの地位に当たる。
・副本部長 本部長を補佐し、数名いる。
・統括部長 各国の冒険者ギルド統括部のトップ。大国にも1人しかいない。
・統括副部長 統括部長を補佐し、数名いる。
・支部長 領都、大都市、ダンジョン都市に設けられた冒険者ギルドのトップ。カルロバ先生、ポポッカ支部長はこの地位に当たる。
(こう考えるとカルロバ先生って、脳筋だけど結構偉いんだね)
元担任に失礼なことを考える。
アレンがSランク冒険者になれば、各国の統括部長、支部長などを指導する権限が与えられることになるとマッカラン本部長は説明をする。
「Sランク冒険者の地位はローゼンヘイムの参謀より有用な地位であると断言しておこう。ローゼンヘイムはあまり他国と国交がないからの」
当然のようにアレンの今の立場を知っていた。
(まあ、それは気付いていた。肩書で抑止力になるのは国交のある国と大国だけだろうね)
ローゼンヘイムは数えるほどしか他国と国交がない。
国交があったり、あるいはギアムート帝国やバウキス帝国などには有効な地位であるが、国交のない国にとっては「参謀」など、どうでもいいと言われたらそれだけの地位になる。
「今後も、自由に世界で活動したいなら、Sランク冒険者の地位は有効であると?」
「そういうことじゃ。今後も冒険したいなら、持っていた方が良いの」
そこまで聞いてアレンは考える。
(むう、悪い話ではないのか。というより、俺みたいに冒険したい人のために作られた制度のようだな。冒険者ギルドだし、それもそうか)
ここまでのマッカラン本部長の話を聞いて納得する。
「ポポッカもカルロバも早く報告してくれたら、儂も老骨に鞭打って慌てて来ることもなかったのじゃがの」
さっきまでポポッカ支部長とカルロバ先生に、アレンについて色々聞いていたのだろう。
「そう言われても、無理を……いや……、何でもない……です」
「やれやれ」
カルロバが無理を言うなよと本心を口にしようとするが、マッカラン本部長に睨まれて、無理やり敬語にする。
「その『Sランク冒険者』は、何か面倒な決まりごとがあったりするんですか? 例えば月に1回会議に出てほしいとか?」
(アイアンゴーレムがあるからそんなの行けないぞ)
ノルマ的なことをマッカラン本部長に尋ねてみる。
「何もない。力のあるものに相応の権利と肩書を与えるだけの制度じゃからの。20年前任命した者もそれから音沙汰がない。アレン君は、失踪はしないでほしいがの」
特段、行動に制約は設けない。
なお、5大陸同盟での発言権は与えられるようだ。
魔獣討伐においての、指導や戦略などで各国に働き掛けることができる立場になると言う。
失踪などせず、冒険者ギルドに何か助力を求められたら協力をしてほしいとは言われる。
ここまで聞いて、アレンが「Sランク冒険者」の価値を値踏みしだしたので、ヘルミオスが苦笑する。
(なるほど、常識の範囲を超えた者に相応の権利を与えるためか)
ようやくSランク冒険者を設ける意味が理解できた。
恐らく、勇者ヘルミオス、ガララ提督など大国の貴族や、軍属に入るならSランク冒険者なんて話は勧めてこないのだろう。
力が欲しいが自由に生きたい。
貴族も王族も国家も関係ない。
そんなものが圧倒的な力を得てしまったときのための肩書がSランク冒険者なのだろうと理解した。
力ない者がこんなことを考えても恐らく、世界という大きな力に屈服させられる。
力が人の数倍から数十倍になる世界でも、その程度の力の差なら、国家や王族の権力か数の力でなんとかなる。
しかし、もしも、人の数百倍から数千倍の力を得てしまったら。
きっと力を持つ者は世界の常識や規律とぶつかってしまうだろう。
そんな非常識な存在に最低限の世界との関係性を持たせるのがSランク冒険者の肩書だ。
なぜ、S級ダンジョンを攻略して、こんなにすぐマッカラン本部長がやってきたのかという事についても理解した。
これからバウキス帝国の皇帝にも会う予定だ。
王侯貴族に会う機会も今後増えるだろう。
無用な権力者との軋轢にも、Sランク冒険者の肩書は絶大な力があるということなのだろう。
副本部長相当の権利なら大国であっても、Sランク冒険者をぞんざいに扱えば、相応の代償を払うことになる。
中堅国家や小国なら「冒険者ギルドを国から引き上げるぞ」の一言で、無用なトラブルは避けられるとも言える。
(S級ダンジョンを攻略した4パーティーの末席の1パーティーとして、これから世界と接するよりも都合がいいのか。半端に思われ無用なトラブルになると)
アレンが損得を値踏みしだす。
何となく答えが出たような気がする。
「ちょ、ちょっと! いい加減決めなさいよ!!」
アレンが考えているとセシルが声を出す。
「ん? どうしたセシル」
「私、パーティーリーダーのアレンがSランク冒険者の方が気分いいわ!」
「そ、そうですわね」
「うんうん。Sランク冒険者かっこいいよ!!」
セシルの言葉にソフィーとクレナが賛同する。
あっけないくらい明朗な答えがでてしまい、今までのマッカラン本部長との会話は何だったのかとアレンは思う。
「……そうですね。悪い話ではないようです。お心遣い感謝します」
アレンはSランク冒険者を引き受けることにする。
「うむ。では、持ってまいれ」
既にSランク冒険者の冒険者証は用意されていたようだ。
冒険者ギルドの担当者が持ってきた金色に輝く冒険者証には、シンプルに「S」と表示されている。
「「「おおお!」」」
アレンの仲間たちが覗き込むように光り輝くSランク冒険者証を食い入るように見つめる。
「よ~し。これはアレンのSランク冒険者就任のお祝いをしないとな」
「いえ、結構です」
ガララ提督の祝いをアレンは断る。
どうせ、いつもの、飲めよ騒げよになるだけだからだ。
「まあまあ、そう言うなよ。がはは!」
そう言って、ガララ提督が逃がすまいとアレンの肩を掴む。
アレンはこういう時には「Sランク冒険者」の肩書は通用しないのかなとため息をつくのであった。
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