第6章 邪神教の教祖と火の神フレイヤの神器編

第303話 救難信号

 S級ダンジョンを攻略したアレンたちは、バウキス帝国の皇帝ププン3世との謁見に呼ばれた。

 アレンが皇帝と話をする中、バウキス帝国の士官が謁見の間に走り込んで来る。


 そして、エルマール教国が燃えていると告げた。


「燃えているだと? 燃えているとはどういうことだ!!」


「え? ちょ、ちょっと!!」


 ゼウ獣王子が鬼の形相で士官の元に肩を揺らし迫ったと思ったら、両手で肩を掴み持ち上げる。

 身長差の大きい獣人とドワーフなので、これだけで士官は宙ぶらりんになってしまう。


「説明せよ!シアは無事なのであろうな!!」


(あれ? この感じは、シア獣王女は獣王国に戻っていないのか?)


 たしか、邪神教の教祖は半年ほど前に捕まえたと聞いている。

 そういえば、宗教裁判は結局最後にどうなったのか聞いていないことを思い出す。


「ゼ、ゼウ獣王子。お気をしっかり持つのだ」


 すると、宰相が落ち着くように言う。

 今はまだ、皇帝の謁見の途中だ。


 態度が豹変したゼウ獣王子に対して、小太りなおっさんのププン3世が目を丸くしている。


「ぬ? す、すまない」


 そう言って、士官をゆっくり床に降ろす。


「それで、エルマール教国の教都テオメニアが燃えているとはどういうことだ?」


 皇帝が落ち着きを取り戻した士官に状況を確認する。


「は! 皇帝陛下。只今、エルマール教国の都市ニールより救難信号を受けました。教都テオメニアの街が大きな火に包まれているとのことです」


 さらに詳細について士官は続ける。

 救難信号を受けたのはたった今の話だが、テオメニアが燃えていたのは2日ほど前の話だと言う。


 テオメニアから命からがら逃げてきた神官が、救難信号を送った。

 何故バウキスにと思ったが、どうやら全世界に救難信号を送っているようだ。


 救難信号と共に、非常事態について神官から説明があった。


 2日前の正午、邪神教の教祖グシャラ=セルビロールの処刑が決まった。

 長年に渡る教祖としての悪行が宗教裁判で明らかになり、教祖グシャラは火刑になることが決まった。

 いわゆる火あぶりの刑だ。


 今回報告した神官は神殿の中におり、処刑の状況は見ていないがすぐに何が起きたか分かった。

 処刑場所となった教都テオメニアの中央広場から天を衝くほどの巨大な火柱が上がり、そして火柱は巨大になっていく。

 神殿も呑み込まれてしまったのだが、何とか命からがら街の外まで逃げだすことができた。


「なるほど。それは大変だが、それが何故全世界への救難信号になるんだ?」


 ガララ提督はやってきた士官に問う。


 皇帝に跪いていたS級ダンジョンを攻略した4パーティーの皆はすでに立ち上がり、皇帝に背を向け士官を見つめている。


(たしかに、今の話だけなら、すべきことは近隣の国に助けを求めることだけどな)


 軍を率いるガララ提督が、ここまで状況を聞いて疑問の声を上げる。

 確かに1つの街が炎に飲まれた。

 それもエルマール教国の教都が燃えた。

 これはとんでもないことだが、エルマール教国がある中央大陸の南東に位置する連合国は、中小無数の国々から成り立っている。


 エルマール教国の教都テオメニアが何らかの形で燃えたのであれば、直ぐに隣国に助けを求めるのが筋ではないかとガララ提督は疑問を持つ。


 これが全世界の助けが必要なことであるなら、その理由は何なのかという話だ。


「はい、ニールの街から神官が助けを求めたことに理由があるようです。何でも、テオメニアの神官や街の人々が化け物になっているとか」


「「「な!?」」」


 報告に来た士官は、ニールの街から救難信号を送った神官の話を続ける。


 テオメニアの中央広場で上がった炎の柱から命からがら街の外まで逃げたのは神官だけではなかった。

 テオメニアに住む大勢の民も逃げてきた。


 何が起こったのか、天を衝く火の柱を絶望しながら見つめていると、さらなる絶望が襲ってきた。


 街の外に少し遅れて逃げ出してきた神官や街の人の格好をした者たちの様子がおかしかった。

 火傷の跡が無数にあるので、怪我を負っているのかと回復魔法の使える何人かが駆け寄ると、助けを差し伸べた神官に襲いかかってきたという。


「街の人々をアンデッドかゾンビか分からんが、魔獣に変えたということだな?」


「はい、急に襲われたため、詳しく見る暇もなかったという話ですが」


 何が何だか分からない。

 しかし、人間ではない何かであったと言う。


「ふむ」


 この世界には、人間を魔獣や自らの眷属に変える魔獣がいる。

 アンデッド系や吸血系の魔獣に多く、アレンは戦った経験は少ないが、学園の授業では習った。

 ガララ提督は今の話を聞いて、何らかの術を使い、テオメニアにいる大勢の人々が魔獣か何かに変えられたと考えたようだ。


「命からがら隣町であるニールの街から魔道具を使い、助けを求めたとのことです。その神官の話では、既にニールの街は大勢の変貌した人々に囲まれており、長くは持たないと」


 巨大な炎を上げ、教都テオメニアを燃やした。

 そして、街を囲む大勢の魔獣に人々を変え、被害が拡大し続けている。


 神官は事態を深刻にとらえ、テオメニアやニールで起きていることが連合国全体に広がるのではと助けを求めたようだ。


 神官から聞いた話は以上ですと士官は言う。


「……これってもしかして」


 勇者ヘルミオスが何かに気付いた。


「はい、恐らく火の神フレイヤ様の神器が使われたのかもしれません」


 アレンがヘルミオスの疑問に答えた。

 神がかり的な力があると聞いている神器を使えば、街の1つや2つ灰にするなんてわけがないと考える。


 アレンは自分のパーティーだけでなく、ヘルミオスやゼウ獣王子、ガララ提督やそのパーティーにも、火の神フレイヤの神器が奪われたことを伝えている。



「神器を使って街を焼き払ったということかよ」


 キールも大勢失ったであろう人々の命に憤りを感じる。


「これは助けに行かないといけないね」


 ヘルミオスは助けに行くと言う。


「おお、さすが勇者ヘルミオスだ!」

「魔王軍から人々を救った力を、また発揮されるぞ」

「これでエルマール教国は救われるぞ」


 今は皇帝との謁見の途中だ。

 多くの貴族がこの大広間に並び立ち様子を聞いていた。


 バウキス帝国は基本的にディグラグニ、一部地域では火の神フレイヤを信仰している。

 しかし、それだけが信仰の対象ではない。

 豊穣の神や戦の神を信仰するドワーフも大勢いる。


 そして、創造神エルメアは全ての大陸で広く信仰されている。


 エルメア教の総本山とも言えるエルマール教国が襲われたことに対し、ヘルミオスが立ち上がったことに多くの貴族たちが歓喜する。


「おお、勇者ヘルミオスよ。行ってくれるか。朕も、そなたの活躍に期待しているぞ」


「はい。もちろんです」


「ガララ提督よ。そなたも行ってくれるか?」


(お、ガララ提督も来てくれるのか? バウキス帝国の皇帝って強欲って聞いていたけど、ガララ提督の話で聞いていた感じと違うな)


 アレンはガララ提督から、ププン3世は強欲で我儘な皇帝だと聞いていた。

 実際、甘やかされて育ったようなところはあるが、助けを求めるエルマール教国にガララ提督を派遣してくれるようだ。


「はい」


 ガララ提督は立ったまま深く頭を下げる。


「いや、このような状況で、ガララ提督にバウキス帝国から離れられると」


 横に立っている宰相から待ったがかかる。

 エルマール教国の神官は世界が滅びるかもしれないという恐怖から、全世界に救難信号を送った。


 このような状況で、バウキス帝国軍の最高幹部であり、帝国最強の存在でもあるガララ提督がいなくなるのは良くないと言う。

 貴族の中には同じことを思った者もいたようで、不安そうに経緯を窺っている。


(ふむ、確かに。だけど、これが魔王軍の次の一手とすると、みすみす助けが求められる状況にするのか?)


 今回の一件は、去年の年が明けた時に起きた1000万体に及ぶ魔王軍の侵攻の次の一手だとアレンは考えている。


 その時、実は神界にも侵攻し、火の神フレイヤから神器を奪った。

 火の神フレイヤを信仰する者たちが減り、魔王軍は火の神フレイヤの力が弱体化するまでずっと待っていた。


 1000万体の魔王軍の侵攻は、目くらましであった。

 あわよくば、大陸の1つや2つ手に入れたらいいくらいの作戦であったのだろう。


 今回起きた出来事は、その時から計画されていた魔王軍による何らかの作戦と思われる。

 邪魔の入る方法で、作戦を実行させるものかとアレンが考えていたところだった。


「失礼します。ギアムート帝国より緊急伝達がありました!!」


 大広間に大声を上げて、1人の将校が入ってくる。


「こ、今度は何事だ!!」


 宰相も思わず声を上げてしまう。

 将校とはアレンの故郷のラターシュ王国で言うところの将軍に当たる。


「魔王軍が侵攻を開始しました!! バウキス帝国へ海洋から攻めてくる恐れがあります!!」


「「「なんだと!!」」」


 謁見の間はさらに騒がしくなっていくのであった。

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