第299話 本部長

 アレンとそのパーティーだけでなく、今回S級ダンジョンに参加した全員がこの部屋に呼ばれたようだ。


(このおっさんが冒険者ギルドのトップか。ギアムート帝国からわざわざやって来たのか)


 頭には髪のない、ひげを蓄えた老人だ。

 かなりの年に見えるがその眼光は鋭く、部屋に入るなり、ここにいる全員を見つめていく。


 アレンは老齢な本部長を見ながら、世界における冒険者ギルドについて思い出す。


 世界的組織は宗教団体や、魔導具ギルドなどいくつかある。

 その中で全世界に対して絶大な影響力があるのは2つだと言われている。


 1つはエルメア教会で、もう1つが冒険者ギルドだ。


 王政や封建制を敷いている国の多い中、冒険者ギルドは世界的に展開している組織だ。

 ギアムート帝国に本部を置き、各国の首都には統括部、領都などの大都市には支部、さらに村などには出張所等を設けている。

 ローゼンヘイムのような排他的な国や、共和国にも展開する数少ない組織とも言える。


 1000年前のギアムート帝国の中央大陸統一の折、冒険者ギルドは時の皇帝と冒険者の扱いで争い、一度はギアムート帝国の本部を移したと言われている。

 1000年前のギアムート帝国の皇帝は結構な暴君であったと知られている。

 しかし、それから数百年後、ギアムート帝国と冒険者ギルドの交渉の中で、本部をギアムート帝国に戻している。

 ギアムート帝国はその後、いくつかの分裂と独立運動、そして魔王軍の侵攻で現在の領土となっている。


 なお、冒険者ギルドと同じ時期に弾圧により出て行ったエルメア教会は、ギアムート帝国に戻ることなく南の連合国のある大陸にエルマール教国を建国した。

 ギアムート帝国にはエルメア教会の支部があるだけだ。


 魔獣の跋扈するこの世界に於いて、冒険者ギルドの存在はとても大きい。

 魔獣の討伐のノウハウを1000年以上かけて蓄積しており、その辺の国の国王より目の前の爺さんの方が、立場が上であったりする。


 冒険者ギルドと揉めた結果、冒険者ギルドがその国から撤退し、衰退してしまった国の話などいくつもある。


「あれ? カルロバ先生だ」


 アレンが本部長を見ていると、クレナが良く見たことのある顔に気付く。

 ポポッカ支部長とともに、学園にいたころ担任をしてくれていたカルロバ先生が奥の部屋から出て来る。


「全員揃ったかの。今日は呼び立てして申し訳ないのじゃ。儂は冒険者ギルドで本部長をしているマッカランじゃ」


 4パーティーの皆は座っているのだが、奥にも見えるように立ったまま話をするようだ。

 何だか、学園の授業を思い出す。


「マッカラン本部長。本日はどのような用向きで、わざわざいらっしゃったのですか?」


(さすが勇者。本部長と知り合いか)


 普段、ギアムート帝国の帝都にヘルミオスも住んでいるし、冒険者ギルドの本部も構えてある。

 お互い顔見知りなのかなとアレンは思う。


「ヘルミオスか。随分ギアムート帝国を離れておるが久しぶりじゃな。今日はS級ダンジョンを攻略したと聞いての。まあ、冒険者ギルドとしても対応が必要かと思うたのじゃ」


 マッカラン本部長は今日やって来た理由を伝える。


(あれ? 随分早かったのね。ダンジョン攻略してから10日しか経っていないんだけど。もしかして、ここに来ることは以前から決まっていたのか?)


 冒険者ギルドに魔導具を通じて、本部まで情報が届いたとしてもずいぶん早い対応だなと思う。

 ここに来るには高速艇の魔導船に乗ってもかなりかかる。

S級ダンジョンの攻略を知ってから、来ることを決めるのに何日もかからなかったと思われる。


「え? 対応って何かくれるのかしら?」


 怪盗ロゼッタがマッカラン本部長の言葉に反応する。

 ここに呼ばれたのは偉業を成し遂げた者たちだ。


「む? 儂も耄碌したのかの。何故この場に怪盗団の頭首がいるのじゃ?」


「あら、人違いよ。怪盗団? 何のことかしら?」


 マッカランに問われ、ロゼッタは視線を外してヘタな口笛を吹き始める。

 やれやれとマッカラン本部長は頭を掻く。


「話を戻すのじゃ。大勢を呼びつけて申し訳ないしの。ゼウ獣王子よ。そなたが、このS級ダンジョンの攻略を指揮したと聞いての」


「リーダーは余だが、それがどうしたのか?」


「ふむ。20年ぶりにの。冒険者ギルドはSランクの冒険者を任命することにしたのじゃ。Sランクの冒険者の任命は本部長の承認事項じゃからの」


「「「Sランクの冒険者!」」」


 皆の声がハモる。


(あれか? 今世界にSランクの冒険者って何人もいないんだっけ? 勇者も確かAランクだったような)


 学園にいた頃、冒険者ギルドで冒険者のランクはいくつまであるのか聞いたことがある。

 基本的にAランクまでしかないが、稀に冒険者としての活動や功績が称えられ「Sランク」の冒険者になることがある。


 Sランク冒険者になることは奇跡であり、基本的に冒険者はAランクを目指すものというのが、冒険者の世界の常識だ。

 魔王軍からの侵攻を防ぎ、人類に希望を与えている勇者ヘルミオスであっても、冒険者ランクはAだ。


 世界に何人もいないSランクの冒険者が、本日新たに誕生するかもしれない。

 だから、マッカラン本部長が態々海を渡ってバウキス帝国までやって来たのかと、ここにいる者達が納得していく。


「であるなら余ではないな。余はこの立場故、取り纏め役になったが、実際に戦いの指揮を取り、この偉業を成し得た者は他におる」


 ゼウ獣王子は、自分が指名された理由を理解し、Sランクの冒険者は自分ではないと言う。


「はて? どなたかの?」


「アレン殿だ。1人を選べと言うのであれば、他にはいない」


 Sランク冒険者を今回何人も選べないと言うのであれば、アレンを置いて他にいないとゼウ獣王子は断言した。


「アレン殿? この黒髪の少年か?」


 ほかの4パーティーのリーダー同様一番前に座っているアレンとマッカラン本部長の目が合う。


「すでに15歳の大人だ」


 少年と呼んだことにゼウ獣王子がさらに反応する。

 子ども扱いするなということだ。


「ちなみに、皆も同じかの? もし今回のS級ダンジョン攻略の功労者を1人選ぶならアレンが最もふさわしいと」


「「「そうだ」」」


 全員の賛同の声が広い支部長室に響き渡った。

 否定する者は誰もいない。

 アレンこそがSランク冒険者にふさわしいと言う。


「……なるほど。ポポッカ支部長の話は本当のようじゃのう」


 なるほどとモジャモジャの髭を触りながら、マッカラン本部長が何かを納得する。


「はい。この半年ほどの間にS級ダンジョン『試練の塔』に起きた出来事の中心にいるのはアレンです」


 マッカラン本部長の横で、ポポッカ支部長が断言した。

 相手は本部長ということもあり、ポポッカ支部長も丁寧な口調だ。


「ああ、あの冒険者への情報提供の仕組みについても、そうじゃったな。アレンよ。それもお主がやったことかの?」


 マッカラン本部長にもアレンが行ったS級ダンジョンでの情報提供、そして情報部設立の話は耳に入っている。


「いえ、情報提供についてはヘルミオスさんがやったことです。私たちのパーティーはあくまでも協力しただけですよ」


 アレンは自らの行動を否定する。


「と、言うておるが、ヘルミオスよ。本当かの?」


「逆ですよ。私が名前を貸しただけです。その辺りの経緯は僕よりポポッカ支部長の方が詳しいかと」


 ヘルミオスが微笑みながら否定する。


(む、むむ。これは、俺がSランク冒険者になる流れか。っていうか、カルロバ先生を連れてきた辺り、俺を狙い撃ちしにきているよね)


 この場にアレンの担任であったカルロバ先生がいる理由が分かったような気がする。

 とぼけた顔をしているがマッカラン本部長はアレンをSランク冒険者にしに来たようだ。


 マッカラン本部長がポポッカ支部長を見ると、ポポッカ支部長は肯定の意味を込めて強く頷いた。


「そういうわけじゃが、ここはアレン君がSランク冒険者にふさわしいということかの。ガララ提督はどう思うかの?」


「そうだな。アレンには皆救われた」


 今まで話を振られていなかったガララ提督にもマッカラン本部長は確認する。


「……そうか。これがそうか」


 そんな中、ドゴラは何かに納得する。

 それはS級ダンジョンの階層ボス攻略に向けて、皆で神殿に向かうときのことだ。

 雄姿を見ようと集まった冒険者たちの誰もが、ヘルミオス、ガララ提督、ゼウ獣王子を称える中、アレンを意識するものなどほとんどいなかった。


 誰がこのパーティーを集めるために奔走したのか、ドゴラは強く憤りを感じた。

 そんな憤りを感じる中、ドベルグだけが、英雄はいつか認められるものだと言っていた。


 今世界にどれだけいるか分からないSランク冒険者にアレンはなろうとしている。

 全員がそれを後押ししている。


「あの、申し訳ありません。何か私が指名される流れのようですが、この話は断れるのでしょうか?」


「「「え?!」」」


 皆が、アレンがSランク冒険者になるのかと見つめる中、アレンはその称号を断ろうとするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る