第254話 目的

「おい、そろそろ代われよ。俺がお願いしたんだぞ」


「え~、分かった!!」


「……」


 クレナとドゴラのやりとりをドベルグが無言で見つめている。

 そのドベルグの片手には練習用のミスリルの大剣が握られている。


 ここはアレンとヘルミオスのパーティーが拠点とする大きな建物の広い庭だ。


 ヘルミオスが連れてきた使用人たちが、アレンたちとヘルミオスたちのパーティーを合わせた、ダンジョンで汚した衣服を洗濯して干しても、それでも空いたスペースは十分にある。


 アレンたちは5日のうち3日半はダンジョンに籠っているので、残りの1日半は自由行動だと言うと、ドゴラはこの庭で素振りを始めた。

 クレナも一緒になって素振りをしたり、2人で試合をしたりしている。


 実は休みなんていらなかったのではと思うが、キールやメルルは休みが欲しい派のようなので、この休み制度は維持し続けている。


 アレンとしても魔力の種などの生成時間は確保したい。


 庭先で黙々と素振りをするドベルグに対して、ドゴラが練習をお願いしたら、2つ返事で了承してくれた。

 それからというものの休みの日はドベルグ、クレナ、ドゴラは庭先で修練を積んでいる。

 アレンはその様子から脳筋トリオと心のメモ帳にそっと記録した。


 ドベルグも休みはいらない派なのか、クレナとドゴラが交互に修練をお願いするので、ほぼ一日中庭先にいることになる。

 アレンが気を使うと、「問題ない」とだけドベルグから言われた。

 片目を隠し隻眼になったドベルグの眼には何が映っているのだろうとアレンは思う。


「ありがとうございます」


 アレンは庭先の3人のやり取りを見ていると、ヘルミオスの使用人からお茶を貰ったので、お礼を言う。


「それで、4階層は順調かい?」


「レベル上げは終わったので、スキルの方を中心にってところですね。それより、聞きたいことがあって」


「ん? 何だい?」


 4階層の状況について隣に座るヘルミオスからどうなのか聞かれる。

 4階層に入って1ヵ月ほど経過し、順調に装備とアイテムは集まりつつある。

 しかし、4階層についてヘルミオスに聞こうとした、その時だった。


「ちょ、ちょっと、ケルピー様大人しくしてください」


『キュイキュイ』


 ソフィーが顕現させている水の幼精霊が、使用人がソフィーに渡したお茶を飲もうと、ソフィーの胸の中で暴れる。


 水の幼精霊ケルピーはソフィーがサラマンダーの次に顕現を始めた幼精霊だ。

 お腹は白色で背中は水色のツートンのかわいい子供のイルカの姿をしている。

 ケルピーと聞いて馬のような姿を想像したが、この世界ではイルカの姿をしているようだ。


 さらに、ケルピーと聞いて、前世で名付けた「ケンピー」という自分のネットゲームで遊んだキャラ名を思い出すが、決して口に出さないようにしている。

 ソフィーが水の幼精霊を呼ぶたびに背筋がゾワゾワする。


 戦闘中の顕現も、火の幼精霊サラマンダーでもいいのだが、扱いに失敗するとドゴラの尻が燃えてしまう。

 そう言った配慮から、火の幼精霊の扱いにだいぶ慣れてきたので、水の幼精霊を顕現することにした。


 なお、精霊使いが1度に顕現できる幼精霊は1体のみだ。


「それで何だっけ?」


「いえ、オリハルコンが出ません」


(全く出ないぞ。嘘をついたのか?)


 このダンジョンに来た大きな理由の1つであるオリハルコンの武器や防具を手に入れることがまだ果たされていない。

 まだ4階層に入って1ヵ月かそこらであるが、他のドワーフたちの冒険者より移動速度があり、宝箱はかなり回収していると思っている。

 しかし、オリハルコンが1つも出ない。


「ああ、う~ん。僕が見つけたのは海底だったけど」


「海底? 海底にも宝箱がありましたっけ?」


 魚Bの召喚獣に水中も何かないか探させているけど、魔獣くらいしかいなかったような気がする。

 宝箱を発見できた記憶はない。


「えっと、それは」


 ヘルミオスがオリハルコンの発見について、説明してくれる。

 4階層には宝箱の見た目以外にもお宝が眠っている場所があるという。


 シャコガイのような大きな貝の中からオリハルコンがたまたま見つかったと教えてくれる。


(まじか。宝箱以外にお宝があるのか。しかも水中って)


「すごいですね。どうやって、見つけたのですか? 偶然とは思えませんが」


「あら? それは私が見つけたのよ? すごいでしょ?」


 話を聞いていた怪盗ロゼッタが自慢気に話に参加する。


「お宝察知系のスキルですか?」


「そうよ。よく分かったわね。今度詳しく教えてあげましょうか?」


「いえ、結構です」


(これ以上詳しく聞いても仕方ないからな。それにしても、怪盗にピッタリのスキルだな。範囲内にあるお宝の位置が分かるとか、そういった類か)


 ロゼッタが使うお宝発見スキルの効果を予想する。


 その後、海底の探索方法を考えながら、冒険者ギルドに取引に向かう。

 いつもの取引なので、ドゴラやクレナは拠点に置いていく。

 そして、いつものように大量の魔石を取引で購入するが、まだまだ値段が変わりそうにない。


 それだけ冒険者も多く魔石の供給量が多いのだろう。

 さすが、世界を魔導具で支配しようとする帝国で最も魔石が出る場所だ。


 夜になると、仲間たちといつものレストランで食事にする。

 街では思い思いに過ごして良いというリーダーのアレンの言葉の通り、全員が集まらないこともあるが、今日は皆揃っている。


 夜、レストランに行くのはメルルのお酒補給を兼ねている。


(今日は、ガララ提督はいないのか。って、ウルさんがいるな)


 アレンは店に入るなり見渡したが、コブラツイストをキメているガララ提督はいないようだ。


 ビービーから助けたウルという狼の獣人と、サラという猫の獣人が2人で食事をしている。

 アレンが辺りを見回したところ、お互いの目が合ってしまう。


「ウルさん、お久しぶりです。お食事中ですか?」


「ああ、そうだ。今日もこの店に来ているのか」


「はい。メルルが気に入っているので。ウルさんたちも一緒に食事しますか?」


 そう言って当たり前のようにウルを食事に誘う。


 ウルからは少し前にゼウ獣王子をいきなり連れて来て申し訳なかったと謝罪を受けた。

 それから、街でたまに会うので、こうやって食事をしたりもする。


 アレンはウルを街で見かけたら積極的に話しかけるようにしている。

 目的は獣王国の動向だ。


 ウルはただの冒険者なので獣王国という大きな話は知らないみたいだが、ゼウ獣王子のことは結構知っているようだ。


 だから、ウルに近付くのは獣王国の動向であったり、ゼウ獣王子のダンジョン攻略の状況を知るためだ。


「じゃあ、まだ2階層で活動しているんですね」


「ああ、ベク獣王太子が優秀な冒険者を派遣しないようにしているんだよ。ああ、この話を他でしないでくれよ」


 仲間たちが注文を頼んでいる中、アレンはウルとの会話を続けていく。


「そんな。しないですよ。そうなんですね。じゃあ、まだまだダンジョン攻略は時間かかりそうですね」


「ああ、アレンところはどうするんだ。4階層にずっといるのか?」


「そうですね。半年はいる予定です。それにしても大変ですね。ウルさんはもう少しここにいないといけないんですか」


 ウルが誘いに乗ってくれたので、会話が続いていく。

 ウルはアレンの誘いを一度も断ったことがない。


 もしかしたら、ゼウ獣王子からアレンたちの動向を聞いてくるように言われたのかもしれない。

 聞きたいのはアレンの情報ではなくヘルミオスたちの動向かもしれない。


 お互いの思惑があって会話は進んでいく。


「ああ、俺たちも半年かな。そうしたら獣王国に帰れるんだ」


 この前聞いた話だが、獣人たちはこの危険なS級ダンジョンに来たくて来ているわけではないようだ。

 何でも才能のある者は、国の繁栄のためにとベク獣王太子の号令で、1年間はこのS級ダンジョンに行かないといけないらしい。

 ヒヒイロカネやアダマンタイトの武器や防具が貸与され、1年間ダンジョンに潜らされるという話であった。


 手に入ったお金の半分は自分のものになるが、半分は獣王国に持っていかれるという。


 そんな理由で、年に半数も死ぬ最も危険なダンジョンに潜らされている。

 断れば反逆罪で捕まるので、嫌々ながらダンジョンに通う獣人も多いらしい。


(こうやってウルさんと会話すると、人を完全に嫌っているわけじゃなさそうなんだがな。まあ、俺が命の恩人というだけかもしれんがな)


 ウルからは中央大陸の人々に対する悪意や敵意のようなものは感じられない。


 なお、獣人もエルフもドワーフも人だと学園の授業で習った。

 正確には亜人であるが、人々と変わらないと学園でも教育を受けている。


 ダンジョンに通う獣人を見兼ねたゼウ獣王子が、この街で獣人たちの面倒を見ているという。

 バラバラで活動する獣人たちを取りまとめ、なるべく危険のないようにしているらしい。


 ウルからはゼウ獣王子への感謝の思いが溢れているように思える。


 そんなゼウ獣王子は獣人を助けることだけが目的でこのS級ダンジョンに来たわけではないという話も聞いた。


 ゼウ獣王子がダンジョンを攻略する目的は獣王位の継承権のようだ。

 何でも、S級ダンジョンを最初に攻略したら獣王の王位を譲ると現獣王に言われたらしい。


 本来であれば、第一子が継ぐべき獣王の王位だが、強き者が獣王になるのが習わしというかなり脳筋な国に感じる。

 第一子以外の王族が王位につくためには課題の出る国のようだ。

 

 そして、このダンジョンにやって来て、獣人たちの惨状をまざまざと見てしまったというところだろう。


 S級ダンジョンの攻略には優秀な仲間が必要なのだが、獣王国から優秀な冒険者を呼ぶのに難航しているらしい。

 ベク獣王太子が邪魔をしているとウルは嘆いている。


「そういえば、アレンは何でこんな危険なダンジョンに潜ってんだ? 国王から命令されたわけじゃないんだろ?」


「それはもちろん。ダンジョン攻略報酬が欲しくてですよ」


「まじかよ。本当にあんのかね」


「以前、ヘルミオスさんがディグラグニから聞いた話では間違いないらしいですよ」


 ヘルミオスは学園にいたころもディグラグニと会話をしたと言っていた。

 どうやってしたのかと聞いたら、このS級ダンジョンの神殿で、ディグラグニのお世話をする神官にお願いして会わせて貰ったという。


 その話では、このS級ダンジョンの攻略は、他のA級などのダンジョンと同様にダンジョン攻略の報酬が手に入ると教えてもらったという。


 アレンはこのダンジョンを攻略する目的がある。

 それはS級ダンジョンを攻略して報酬を手に入れることだ。


 ここは攻略中にもオリハルコンの塊などが手に入るダンジョンだ。

 それ以上の報酬がダンジョンを攻略したら貰える。


「本気か。ガララ提督組もまだ5階層に行けてないって聞くぞ」


「ええ、まあ。私は攻略できなかったダンジョンはありませんので」


 そう、確信を込めてアレンはダンジョン攻略の意志を言葉にするのであった。

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