第251話 理由

 アレンとメルル以外の仲間たちが無事2回目の転職を済ませた。

 仲間の大半がレベル1からになったが、階層ボスではない通常の魔獣でもAランクのいる3階層で問題なくレベルを上げることができた。


 転職した仲間たちが1ヵ月ほどかけてレベル50になったので、アレンたちは次の階層へ移動することにした。


 アレンが隠しキューブとの交換で石板を被らせ続けた結果、アイアンメダルはそこまで多くは持っていなかったが、3階層はヒヒイロカネの武器や防具が結構な頻度で出る。

 出た武器や防具を売れば、一度のダンジョン攻略で合計で金貨1万枚を超えることもしばしばあるので、メダルは買った方が速いと判断している。


 金貨に余裕ができたので、Eランク以外の魔石も取引できないか交渉をした。

 他の魔石についても金貨1000枚を上限に取引しても問題ないと交渉の結果、話がついた。

 DとCランクについても購入を進め在庫を増やしていく。

 なお、手数料1割が別にかかるのは学園にいた頃と変わりない。

 BランクについてはS級ダンジョンでも手に入るし在庫が豊富にあるので募集していない。


「ちょ、ちょっと。今食事中です。大人しくしてくださいね」


『アウアウ』


「なんか、随分慣れてきたな」


「そ、そうでしょうか?」


 皆が朝食を取っていると、椅子に座るソフィーが困惑しながら足元から這いずり上がり、膝の上に座る赤い物体を抱きしめる。


 真っ赤でオオサンショウウオのような見た目に、尻尾の先端がメラメラと燃えている。

 なぜか尻尾の先が家具に当たっても燃えないのは見た目だけなのかとアレンは思う。


「サラマンダーもお腹空いたのかな?」


 食事をしながら、フォークで肉を突き刺したクレナが這いずり上がって来た理由を考える。


「いえいえ、精霊さまは食事を必要としませんよ。足りなくなれば、私の魔力を捧げるだけですわ」


(精霊神は普通に食事しているけどね)


 そう言ってソフィーは這い上がって来た火の幼精霊サラマンダーを抱きしめてあげる。


『アウアー』


 つぶらな瞳のサラマンダーが喜びの声を上げ、手を中空でパタパタと振る。


 今の状況はアレンが指示をしたものだ。

 精霊は意志があり、精霊使いがして欲しいことを必ず戦闘中にしてくれるとは限らないと、ローゼンヘイムにいる精霊使いガトルーガに教わった。


 なんでも、顕現させ、精霊使いが精霊と接していると親和性が上がり、指示をよく聞いてくれるようになるらしい。

 ゆっくりコツコツ精霊と仲良くなると聞いて、ゆっくりは困るとアレンは思った。


 四六時中、限界まで精霊を出しておくようにとソフィーに指示をした。

 お陰で食事中も寝る時も、ソフィーの魔力が続く限界まで、この真っ赤なオオサンショウウオのような見た目の火の幼精霊サラマンダーがべったりとソフィーの側にいる。


 知能はかなり低いのか、鳴き声を上げてソフィーの周りを纏わりついたり、顔をこすりつけたり等を繰り返している。


(召喚、降臨、顕現によって、理屈が全然違うんだよな)


 召喚士として14年ほど生きてきて、長年召喚についてアレンは分析を続けてきた。

 ゴーレム使いと精霊使いを仲間にして、それぞれの特徴を分析してきたが、召喚士と異なる部分が多いことに気付く。


 召喚獣は生成し召喚するのに魔力が必要だ。

 竜Bの召喚獣なら3000を超える魔力が必要で、Bランクの魔石も29個必要とする。

 1体生成するだけでかなりの魔力と魔石が必要になるが、アイアンゴーレムを降臨させたり、サラマンダーを顕現するのに魔力は必要ない。


 ゴーレム使いなら石板さえ集めたら、何度でも降臨させることができる。

 精霊使いに至っては、魔力も魔石も何もいらずに精霊を顕現できる。


 ここはゴーレム使いと精霊使いの大きなメリットであるが、デメリットもある。

 ゴーレムと精霊は存在するだけで使い手の魔力を消費する。


 ゴーレムにも精霊にも必要な魔力が存在し、ゴーレム使いや精霊使いの魔力を存在させているだけで消費し続ける。


 メルルの戦いを見てみると、魔力3000程度のゴーレム使いは、スキルを使用した戦闘の場合、1時間もゴーレムを出していられないようだ。

 精霊使いも似たようなもので、顕現させ戦闘させると、同じ程度の魔力を必要とするようだ。


(だからバウキス帝国は必死に魔力の種を必要としていると)


 ヌカカイ外務大臣が必死に魔力の種を求めたことを思い出す。

 ゴーレムを動かすには膨大な魔力が必要だ。

 魔力が無尽蔵にある、それだけで戦況が変わってくる。

 魔力の種はバウキス帝国が求めた最高の軍需物資だった。

 これまで使っていたどの魔力回復薬より、魔力の種の効果は優れていたことをバウキス帝国は知ったのだろう。


(だから、ガトルーガさんは弓を持っていたと)


 精霊使いガトルーガは弓を持っていた。

 魔力が尽きて精霊が出せなくなっても戦うためだとガトルーガ本人が教えてくれた。

 また、精霊との意思の疎通に完全に成功すれば、弓を使いながらでも指示は可能だ。

 そして、精霊の力で弓矢を燃やしたり速度を速めたりしての攻撃と、弓術と合わせ技も可能になってくる。

 精霊使いは弓との相性がいいと教わった。


 ソフィーの弓術については、フォルマール指導の下、着実に上達していっている。


「何事にも理由はある」


「え? 何よいきなり」


 アレンがいきなり何かを断言したので、隣に座るセシルが理解できなくて質問をする。

 拠点での朝食は、勇者ヘルミオスのパーティーも一緒なので、視線がアレンの元に集まる。


「いや、まあこっちの話だな。ちょっと納得するなと思ったんだ」


 その発言でまたアレンの分析病が再発したのかとセシルは思った。


「アレン君は、何でも考え分析してすごいね」


 ヘルミオスがアレンを褒めてくる。

 アレンが何を考えているか分からないが、分析好きで検証に仲間を巻き込んでいるのはこの1ヵ月でよく分かったようだ。


 顕現させたばかりで、ほぼ意志疎通が無理な状態の火の幼精霊を見て、一日中顕現させておくんだと、ソフィーに断言した様子も見てきた。


「まあ、分からないことが多いですからね」


「へ~。アレン君の分からないことか。聞かせてよ」


「ん~。例えば、精霊神ローゼン様は、何属性の精霊だとか」


「な!? そ、それはアレン殿」


 何が分からないのだろうと聞いていたフォルマールが精霊神を話のネタに出してきたので、それは失礼だと遠回しに態度で示す。


「ちなみにフォルマールさんは分かりますか? 何十年も一緒にいたのですよね」


 王族であるソフィーに仕えるフォルマールなら知っているでしょとアレンは言う。

 精霊神とは、精霊王であったころ、神殿という同じ屋根の下で何十年も暮らしているはずだ。


「そ、それは……」


 フォルマールは分からないようだ。

 アレンはソフィーを見る。


「も、申し訳ございません。そのような詮索は……」


「ちなみに精霊神ローゼン様はなんの精霊ですか? 属性感がありませんが」


「ちょ!? アレン殿!!」


 フォルマールは自らとソフィーの態度で聞いてはいけないことだと分からないのかと絶句する。


『ふぉぐ。正確には木の精霊だね。世界樹の精霊かな。はは』


 テーブルの上でバウキス帝国名物の「フカマン」を頬張る精霊神がいきなりの問いに答えてくれる。


「なるほど。だから、ステータス増加のスキルが使えると」


 アレンの中で、木の精霊やスキルはパッシブスキルというのが常識だ。


『あんまり詮索しないでね。まあ、その通りだけどね。はは』


 その様子を真っ白になりながら、ソフィーとフォルマールが見ている。


「アレン君は本当に好奇心旺盛だね」


「好奇心? ヘルミオスさん。それは違いますよ」


「え?」


 アレンがヘルミオスの言葉を全否定する。


 もうアレンのやり取りでほとんどの者が食事の手が止まっている。


「何故かを考えなければ、作戦を立てられない。だから魔王軍に何十年もいいようにされるのです」


「ほう、何故かね?」


 ドベルグはいいようにされているという言葉に眉間にしわを寄せる。


「何故かを考え、答えが見つかれば現状が理解できる。そうすれば対策も変わってきませんか?」


「なるほど」


 ドベルグはそれだけを言って目をつぶる。

 何かを納得したようだ。


「具体的にアレンの分からないことって何よ?」


 何でも知ってそうなアレンに分からないことがあるのかとセシルが問う。

 皆が皆アレンの顔を覗き込む中、アレンは最近最も疑問に思っていることを口にする。


「なぜ、これまでなかった転職を始めようと決めたのでしょうか?」


「え? 何よそれ」


 なぜそんなことに疑問を持つんだとセシルは思う。

 アレンが疑問に思っていることの理由さえ分からない。


「考えれば考えるほど分からない。才能有る人が全員転職すれば、それはもう魔王軍など恐るるに足りずになるんじゃないのかな。じゃあ、もっと前から、最初からそうすればいい」


(まさか、俺が言うまで転職について創造神が考えなかったとは考えにくいしな)


 星1つから星2つになるだけで、ステータスが一気に上昇する。

 兵士1万人転職出来たら、それだけで魔王軍との勝率がぐっと上がる。


 こんなことを創造神が考えてこなかったはずはないとアレンは考える。


 唐突に始まろうとしている転職制度に違和感すら覚える。

 恐らく簡単に転職できないよう何らかのクエストくらいはするんだろうと前世の記憶が囁くが、それでも不思議だ。


『なるほど、それは不思議だね。はは』


 そう言った精霊神をアレンは見るが、フカマンを食べて知らん顔をしている。


(精霊神は答えないと。もしかして本当に知らないのか。それとも言えないのか。まあ、今はソフィーの精霊との仲をよくすることを優先すべきか)


 精霊神の態度からは決定的な答えは出ない。

 ソフィーにへばりつく火の幼精霊を見ながら、アレンの中で考察は続いていくのであった。

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