第235話 仲間の思い

 今日借りたばかりの家で、床に輪になって座っている。

 ここは随分広い食堂だが、まだテーブルはない。

 この街には色々な種族が住んでいて、体格の違う種族、例えばドワーフと獣人では使う家具の大きさが全然違う。


 そんな事情もあり、この試練の塔の中にある街では、あまり備え付けの家具というものがないと不動産ギルドの店主に言われた。


 床に敷物を敷いて、近くの店で買った食料を並べる。

 皆手に取って、ガツガツ食べているところで、アレンが口を開いた。


「食べながらでいいので聞いてほしい」


「ん?」


 パンにかじりつき口を動かしながら、クレナはアレンを見る。


「ようやく、S級ダンジョン攻略までの準備が整ったな」


「うん!」


 クレナが嬉しそうに答えた。


 魔導船でギアムート帝国を経由して10日以上かけて移動し、大臣と会ってメルルと合流し、この試練の塔の中でも、魔導盤を手に入れ、冒険者ギルドに話を聞いて家を借りて現在に至る。


 とりあえず、拠点には一切家具がないが明日はダンジョンへ行こうという話をしている。

 アレンにとって、拠点の家具はS級ダンジョン攻略の準備の中には入っていない。


「その中で皆に聞いてほしいことがある」


 アレンの表情に真剣味が増したので、なんとなく明日のダンジョンでの立ち回りとかかなと聞いていたドゴラやキールが、意識をアレンに集中させる。


「何よ? 改まって」


 普段と違う雰囲気のアレンにセシルが問う。


「たぶんS級ダンジョンを攻略しても魔神に勝つのはかなり厳しいと思う」


「え? 何よ! どういうことよ?」


「少し言い方が悪かった。絶対に無理だとは言わないが、そうだな、魔神レーゼルを基準に話そう」


 さらにアレンは魔神レーゼルを例に話を始める。

 勇者ヘルミオス抜きで、変貌する前の魔神レーゼルに勝つ確率は1割程度だとアレンは戦う前に予想した。

 それは、実際に戦ってみても恐らくその程度であったとアレンは思っている。


「魔神は絶望的に強かった。魔獣はランクが1つ上がれば一気に強くなるが、さすがSランク相当の敵だと思う」


 魔獣はランクが上がれば数倍強くなる。

 魔神レーゼルが自らをSランク相当と名乗ったわけではない。

 しかし、Aランク程度と言われる魔族とは一線を引いた強さがあった。


 今から、S級ダンジョンを攻略しながら、装備を揃えていっても、それでも確実に勝てるまではいかないだろうとアレンは言う。


「あ? 何で分かんだよ。まだ行ってないじゃねえか」


 ドゴラがアレンの予想に食いついてしまう。


「勇者は星5つで装備をS級ダンジョンで揃えた状態だった。まあ、勇者はダンジョンを完全には攻略していなかったけどな」


「ああ、そうか」


 皆は転職によるステータス引継ぎで勇者よりステータス的に数千高くなるだろうけどという言葉を付け足す。

 転職によるステータス半分引継ぎボーナスが皆にはついている。

 それを加味しても、魔神を圧倒するほどの力は手に入らない。


(たぶん、全員の転職が終わり、レベルもスキルもカンストして、装備もオリハルコンに変えて、それでやっと勝率5割届くかな。それも厳しいか)


「それでも行った方がいいことには変わらないわよね?」


 セシルは話の趣旨を問う。


「もちろんだ。俺が思うに、俺たちの冒険は今始まったんじゃないかな」


「「「冒険?」」」


「そうだ。冒険だ。魔王を倒すための冒険だな。ちょっと学園在学中に戦争に巻き込まれたが、このダンジョンが俺らの初めての冒険だ」


「そっか。このダンジョンは始まりに過ぎないんだ」


 既に食べる手を止め、アレンの話に聞き入っていたクレナがアレンの言葉の意味を理解した。


「そうだ、クレナ。まずはこのS級ダンジョンを制覇して、このダンジョンで手に入る全ての力を得る。だが、それで終わりじゃない」


 これから攻略するダンジョンは過程であって終わりではない。


「じゃあ1日も早く、レベルもスキルも強くなんないとだね!」


 クレナはふんぬと両の拳を握りしめた。


(剣好きな少女は段々大人になっていくのか。剣を振るう意味を持ってくれたのかな)


 剣に夢中なだけだった少女は少しずつアレンの影響を受けて、目標をもって強くなろうとしているようだ。

 クレナの中でも魔神との戦いは悔いが残る部分があったのだろう。


「これからは戦争でいなかった仲間がいる。メルルが加わったからな。ゴーレムがどこまで強いか未知数だが、その辺は攻略しながらおいおい確かめて行けば良いだろう」


「うんうん、タムタムはとっても強いんだから期待しておいて」


 メルルは胸を張って断言する。


「「「タムタム?」」」


 初めて聞いたワードがメルルの口から飛び出した。


「僕のゴーレムの名前だよ」


「ああ、なるほど。名前は大事だな。タムタムか」


「うん!」


(なるほど。俺と一緒で名付けのセンスがあるな)


 どうやら、戦場で借りたゴーレムに付けた名前は「タムタム」だったようだ。


「確かメルルが戦場で使ったゴーレムはブロンズ級だっけ?」


「うん。ミスリル級は数が限られているから無理だって」


 メルルはミスリル級のゴーレムを扱うこともできたのだが、台数の制限があったらしくブロンズ級のゴーレムを使ったらしい。


 1000万人に1人の才能を持つメルルだが、このバウキス帝国は億単位の人口を抱えているらしい。

 それなりの数の『魔岩将』の才能を持つドワーフがいるのだろう。

 もしくは1万体もいるゴーレムだが、そのほとんどがアイアン級とブロンズ級で、ミスリル級のゴーレムはそこまでの数が揃っていないのだろう。


「ダンジョンではメルルのゴーレムを手に入れることを優先するとして、皆にはレベルとスキルレベルを1日も早くカンストまで持って行ってほしい。たぶんスキルレベルは苦労するだろうから、極力スキルを使用して戦うことを意識するんだ」


 恐らく全員のレベルとスキルレベルをカンストさせるまで3ヵ月以上かかる。

カンストさせる頃には、年が変わっているだろうと予想している。


 このS級ダンジョンには1年くらいはいるのではと予想する。


「それまで、魔王軍が攻めてこないといいわね」


「セシル。その辺は大丈夫だと思う。魔王軍にはあれだけの損失を与えたからな。今年いっぱいは攻めてこないと思うぞ」


「なるほどね」


「で、ドゴラはエクストラスキルを1日も早く体得してくれ」


 ドゴラにエクストラスキル「全身全霊」を完全に扱えるようになってくれと言う。

 このスキルは少なくとも現在のアレンたちの中で最強の一撃だ。

 ドゴラの転職が進み、装備が揃えばもっと威力が上がるだろう。

 星1つの才能のドゴラが、変貌した魔神相手にあれほどのダメージを与えたのだ。

 もしかしたら、魔神の命を1撃で狩れる可能性を秘めているのかもしれない。


「ああ。そうだな」


 ドゴラも自らの手のひらを見つめながら返事をする。


「キールには、知力上昇の装備を最優先で装備させる」


「そうだな。この前ドゴラのときは一度失敗してしまったからな」


 キールのエクストラスキル「神の雫」は蘇生魔法だ。

 アレンの予想では知力の高さで魔法の成功率が変わる。

 転職やレベルアップで知力を上げるのはもちろんのこと、知力を上昇する装備を探す必要がある。


「ソフィーは、これから転職が進めば精霊を顕現できるようになる。そうなったら精霊との意志の疎通を1日も早くできるようになってくれ」


「分かりましたわ」


 精霊魔導士のソフィーはあと1回転職すれば、精霊使いになる。

 精霊使いは精霊を顕現できるようになるのだが、精霊はかなり気分屋が多く扱いが難しいらしい。

 このような話は、ローゼンヘイム最強の男である精霊使いガトルーガから聞かされた。

 召喚士と召喚獣との関係のように完全な上下関係があるわけではない。

 逆に精霊の方が立場が上なので、力を借りるのに最初は苦労するぞとまで言われた。


 とりあえず、メルル、ドゴラ、キール、ソフィーなどの主だった課題についてアレンは触れていく。


「私は無いの?」


 話が終わりそうになったので、セシルが自分は無いのかと言う。


「今のところ無い。だけど、課題がこれから見つかるかもしれない。早めにレベルとスキルレベルを上げ切ってくれ。知力の装備はキールに優先するが、次はセシルだ」


「そう、わかったわ」


「で、あとは俺の課題なんだが、どうしても1年以内にスキルレベルを8にしたい。次の戦争がいつになるか分からんからな」


 最後にアレンは自分の話を始めた。

 アレンは召喚レベル7を8にしたいと言う。


 レベル7では、召喚獣の攻撃が魔神に一切通じなかった。

 特に変貌した魔神は、相手にすらしていなかったと言う。


「ん? アレンって、魔神に拘るわね」


 アレンの言葉にセシルが1つのことに気付く。

 アレンは戦争が終わってからもずっと魔神を基準に話をしてきた。

 魔神に比べてとか、魔神を倒すにはといった具合にだ。


「ああ、皆には言ってなかったが、俺の目的に魔神を狩ることがあるような気がする」


「「「え?」」」


「どういうことよ?」


「前にも話したが、俺は魔神を狩ればレベルが上がるらしい。これはエルメアが俺にそうしてほしいからなんじゃないかと思っている」


 魔神レーゼルを倒したとき、経験値の表示がなくレベルが上がった。

 まだ魔神は1体しか狩っていないが恐らく魔神を狩れば必要経験値に関わらず、無条件でレベルが上がるとみて良いと思っている。


「「「エルメア」」」


 誰を呼び捨てにしているのかと思って、仲間たちは一瞬アレンの話が入ってこない。


「俺は魔神を100体狩ればレベルが100上がるというのなら、まず優先すべきはレベルではなくてスキル経験値だと思っている」


 アレンのレベルはもう魔獣を狩っても早々に上がらない域まで達してしまった。

 今回魔神を狩ったことでレベル上げの目処が立った。


 だから、今後のアレンは極力スキルレベル上げに集中する。


「冒険者ギルドであんなに魔石について聞いていたのはそういうわけね」


「ああ、この塔の冒険者ギルドが帝都と並ぶバウキス帝国最大の魔石の取引量を誇るみたいだからな。多少市場を荒らしても魔石を買いあさるつもりだ」


 アレンは冒険者ギルドで金貨1000枚を持って10万個のDランクの魔石の購入の依頼を出した。

 冒険者ギルドの職員に「いくらまで請求して良いのか」と聞いたら「いくらでも良い」と答えたので、有り金の金貨7000枚を出そうとしたら、一度に金貨1000枚までと言われた。

 そして、10万個のDランクの魔石を取り揃えるのに5日掛かるらしい。


「あ、あのさ……」


「アレン、ちょっといいかしら」


 キールが何か言おうとする。

 しかし、セシルが被せるようにアレンに話しかけたので、キールはこれ以上何か言うことを止める。


 他の仲間たちも何か思うところがあるらしい。

 セシルの言葉を待っている。


「ん?」


「私たち、仲間じゃない。もう、ダンジョンで稼いだお金を均等割りにするの止めにしない?」


 アレンはずっと、ダンジョンで稼いだお金は均等割りにしてきた。

 それが、アレンにとっての狩りの常識であったからだ。


「ん?」


「私たちはアレンが、どれだけ魔石を必要としているのか分かるわ。それには金貨がたくさんいることもね」


 セシルは続けて言う。

 仲間によって必要なお金も装備も違う。

 そして、アレンの必要なものはお金で解決できる。

 ダンジョンで稼いだお金は、アレンの魔石集めに集中すべきと言う話をする。


「うんうん、セシル。私もそれが良いと思うよ」


 クレナも賛同する。


 アレンは仲間たちを見る。

 誰の顔にも反対する思いは微塵も見えない。

 皆全てはアレンのスキルレベル上げに使うべきだと思っているようだ。


「そうか。そう言ってくれると助かる」


 アレンは、皆に深く礼を言う。

 こうして、仲間の思いを聞き、S級ダンジョンに行く前日の話し合いが終わったのであった。

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