第236話 ガララ提督

「さて、いくか」


「おう」


 朝食を済ませたアレンの声にドゴラが返事した。

 ここは昨日、今後の方針と皆の思いを聞いたテーブルも椅子もない食堂だ。


 神殿近くの1等地の庭付き一軒家を借りた。

 30人以上は住めるこの建物は月に金貨30枚する。

 学園に住んでいた時の拠点は結構良い物件であったのだが、その拠点の3倍の賃料だ。


 神殿や冒険者ギルド、あとは店も近くに多いという条件で物件を探すと、どうしてもこれくらいの大きさの建物になると不動産ギルドの店主に言われた。


 良物件には、実力のある冒険者たちが住む。

 アレンはこの物件を見て、冒険者たちがどれくらいの人数でS級ダンジョンの試練の塔に挑戦しているのか察することができた。


 装備を整え、アレンは仲間たちとともに神殿を目指す。


 歩いて10分もしない場所にある神殿の入り口は冒険者たちでごった返している。

 アレンたちは順番に並び、一昨日道を塞がれた門番にS級ダンジョン招待券を見せる。

 今日は入口を塞がず黙って通してくれる。


 神殿のどこからS級ダンジョンに行けばいいのか、前回来たときに聞いているので、冒険者たちとともにその場所に向かう。


 混雑防止のためか、S級ダンジョンの次の階層に進むにはいくつもに分かれている部屋に入る必要がある。

 1つ1つの部屋はとても広い。


 アレンたちが入る部屋にも、前にはたくさんの冒険者たちがいる。


(相変わらず、結構な人数だな。まあ、次の階層はBランクの魔獣で構成されているらしいからな。装備を固めれば星1つでも問題ないということか)


 なぜこんなに人がいるのだろうとアレンは考えていた。


 ラターシュ王国では、現在S級ダンジョンに行ける者はほぼいないと言われている。

 ただ、ここにはドワーフや獣人も含めてかなりの数の冒険者でごった返している。


 皆、ヒヒイロカネやアダマンタイトのかなり上質な装備で揃えている。


 アレンの予想では、星1つの才能の持ち主であってもAランクのダンジョンを5つ制覇することは可能である。

 別に星1つの才能だけでA級ダンジョンを攻略する必要はない。

 パーティーメンバーに星2つや3つが多くいれば恐らく問題はないだろう。


 国を挙げて、ダンジョンを攻略する方針なら、それくらいのことは可能なのではと考える。


(まあ、転移罠を踏んでパーティーが離散すれば、ほぼ全滅になるだろうけど。その辺は斥候系の職業の罠探知で防ぐことができるのかな)


 ここにいる冒険者はリスクを乗り越えているのかなとアレンは思う。

 そんなことを考えていると、アレンたちの順番が近づいてきた。


 目の前で冒険者たちが消えていく。

 一度に消える冒険者の塊が10人以上と多いためか、思ったより順番がやってくるのは早いなと思う。


 そして、視線の少し高い位置にキューブ状の物体が浮いている。


(ダンジョンは大陸が違ってもこのキューブ状の物体が管理しているのか)


『ようこそ。廃ゲーマーの皆様。ダンジョン階層管理システムS108です。次の階層にいきますか?』


 いつものシステム的な音声で次の階層に行くか案内をしてくれるようだ。


 なお、このS級ダンジョン「試練の塔」の今いる場所はダンジョンの1階層部分に当たるらしい。

 次の階層は2階層になると冒険者ギルドで教えてくれた。


「お願いします」


 パーティーリーダーであるアレンが代表して返事をすると、アレンたちの視界が一気に変わる。


「「「おおお!!!」」」


 一気に視界が変わり、アレンたちの声が漏れてしまう。


 そこは冒険者たちがごった返した何もない場所だった。

 アレンはどういうことなのか頭を整理しながら辺りを見回す。


(やはり、冒険者ギルドが言っていたとおり鯖は同じと。このダンジョンは1つの空間に皆を送るということだな。地面は土か)


 学園にいたころのダンジョンと様相が全く違うことは分かる。

 学園にあったダンジョンは、部屋に入るパーティー単位で移動した先の次元が違っていた。

 別次元のことをアレンは鯖が違うと表現している。


 ここには2階層に向けて行列になって並んだ冒険者が、そのまま全員この場所にやって来ているように思われる。


「ちょっと、ここがどういう状態なのか確認する」


「ええ、私も何か分かることがないか確認するわ」


 アレンの言葉にセシルが返事をする。

 仲間たちはアレンの影響を受けて、初めてのことがあれば自分なりに考え分析することが、だんだん沁みついてきているのかもしれない。


(地面は土だな。なるほど、ここは広場か。この広場の誰も立っていない場所に冒険者をパーティー単位で転送しているのか)


 アレンの目の前に、また10人以上の冒険者のパーティーの集団がいきなり現れる。

 鳥Eの召喚獣の鷹の目でここがどこなのか確認すると、広場に立っていることが分かる。

 1辺1キロメートルはある広場に冒険者たちがランダムで転送され現れていく。


 休憩スペースにもなっているようで、敷物を敷いて食事をしている冒険者もちらほら見かける。

 その広場の先は森林と草原が入り混じったような場所になっているようだ。


 土がむき出しになったこの広場の周りは緑豊かな空間に見える。


(随分広い空間だな。そして相変わらず天井も見えないか。どれくらい広いか確認が必要かな。ホーク、ちょっと千里眼でどれくらい広いか確認して)


 召喚していた鳥Eの召喚獣でこの空間がどれくらい広いのか把握しようとする。


 半径100キロメートルにある物を一度に把握できる、鳥Eの召喚獣の使い勝手の良い覚醒スキルを発動させると、そこは終わりの見えない緑豊かな空間であった。


「まじか。つうか塔よりも、というか1階層の街より広いじゃねえか」


 この試練の塔の太さよりはるかに大きい森林が広がっており、思わずアレンは声に出してしまう。


(いや、違うな。多分かなり広い空間であることは間違いないが、どこかで空間が歪んでいるんだ。塔のてっぺんまでたどり着くことはできなかったしな。これがダンジョンマスターの作ったS級ダンジョンか。さて)


 圧倒的な広さがあり、今アレンたちがいる場所はその中央に位置するようだ。

 自分が置かれた位置も、周りの状況も大体分かった。


「声出していたけど何か分かったの?」


「ああ、セシル。皆とちょっと状況を共有しよう」


 一度ばらけていた仲間たちを集めて、試練の塔2階層の状況を説明する。

 そんなに広いのかと驚いているようだ。


「で、えっと、多分あれだよな」


 アレンの話が終わったタイミングで、キールが指さした先にはキューブ状の物体が浮いている。


「多分そうだ」


 アレンがそう言いながらキューブ状の物体に近づいていくと、冒険者たちがたまに転送をされているようだ。

 結構な人数の冒険者の集団が一気に消えている。


『こんにちは。廃ゲーマーの皆様。ダンジョン階層管理システムS201です。次の階層にいきますか? それとも1階層に戻りますか?』


「何よ。もう次の階層に行けるじゃない」


(これは聞いていたとおりだな。このダンジョンは階層を移動するためのキューブ状の物体がすぐ近くにいるって話だったな)


 アレンは勇者ヘルミオスの話を思い出す。

 ヘルミオスは、ダンジョンを攻略するための出口となるキューブ状の物体はすぐ近くにあるので、ゴールを見つけること自体は苦労しないと言っていた。

 

 キューブ状の物体の会話からも、前の階層に戻ることと、次の階層に行くためのキューブ状の物体は1つになっていることが分かる。


 アレンはこのダンジョンの攻略情報の全てをヘルミオスから聞いているわけではないのだが、階層を越えるためのゴールまでの道のりがどの程度なのかは、攻略時間に大きく関わってくる。


(やはり、そんなに階層は多くないんだろうな。勇者は4階層でレベルと装備を整えていたって言ってたっけ)


 空間が歪められているとはいえ、1つ1つの階層がでかく、そして天井がかなり高いのは事実である。

 塔の高さからも、このダンジョンは10階層もない構造なのではと予想する。


「なんか、すぐに攻略できるんじゃねえのか?」


 ドゴラが思ったことを口に出してしまう。

 A級ダンジョンは道も複雑で広く1階層をクリアするのにかなりの日数を要した。

 そして、階層は20階層ほどもあった。


 それに比べたらと言う話だ。


「まあ、そんなに単純じゃないだろうけどな。えっと次の階層に行きたいです」


『3階層ですね。ブロンズメダルを3枚お出しください』


「持っていないです」


(そんなものはありません)


『では、ブロンズメダルを3枚集めたら次の階層にご案内します』


 ブロンズメダルというものが3枚ないと次の階層へはいけない。

 そんな会話をしていると、アレンの横で20人くらいのドワーフの集団から声がする。


「てめえ、遅えぞ! 置いて次の階層に行こうかと思ってたぞ!!」


「す、すいやせん。提督。提督が昨晩あんなに酒を飲ませるから」


「ってめえ、ペペク。俺のせいにすんのか? あん? あとダンジョンで提督はやめろ!」


「も~提督。そんなに荒れないでくださいよ~」


「うるせえよ!!」


 パーティーリーダーらしき海賊帽子をかぶったドワーフのおっさんに、パーティーメンバーと思われるドワーフが全力で平謝りをしている。


 海賊帽子のおっさんの声があまりに大きかったため、アレンたちも周りの冒険者も何事だと視線を向ける。


「あ!? ガララ提督?」


 そんな中、メルルが海賊帽子を被ったドワーフを指さす。


「ん? ああ、メルルじゃねえか? こんなところで人間と何してんだ?」


 ガララ提督とメルルが呼んだドワーフもメルルを知っているようだ。

 メルルの方にガラの悪いドワーフが近づいて来るのであった。

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