第230話 朝食交渉①

 ソフィーがバウキス帝国の外務大臣から声を掛けられる。


(いきなり大臣か。まあ、こっちは王位継承権をもったローゼンヘイムの王女だしな。っていうかホテルに泊まった情報はバウキス帝国に筒抜けか。それでいうと魔導船の搭乗記録も全て抜かれてそうだな)


 急に外務大臣がやって来たわけではないのかとアレンは考える。

 バウキス帝国に向かう日程はラターシュ王国にいたころに既に伝えている。

 色々話さないといけないことがあるのはアレンたちも同じなので丁度良いと考える。


「別室でお話ですね。承りましたわ。友人を待たせているので、少々お待ちくださいませ」


 そういって、今日は一番遅いキールを待つことにする。

 アレンは、男部屋でドゴラやキール、フォルマールと同じ部屋で寝ているが、皆より早く目覚めたからと起こしてまわったりしない。


 最高の効率を出すためには、睡眠と食事が最も大事だ。


「急なお声かけにもかかわらず、ご対応いただきありがとうございます。では、食事の準備をしておきましょう」


 そう言うと外務大臣は後ろにいた配下のドワーフたちに視線で指示をする。

 ほどなくしてキールがやって来たので、食事に向かう。


 案内された食堂はかなり広い部屋だった。


(ドワーフの国って結構成金体質だな。ギアムート帝国はどうなんだろう?)


 煌びやかな食堂には、宝石や金箔を施された装飾が目立つ。


 それをアレンは「成金」と表現した。


 同じく帝国のギアムート帝国も同様なのかなと考える。

 豪華なテーブルに外務大臣とソフィーが向かい合う。


「何か飲まれますか?」


「いえ」


(朝から飲むわけないだろ)


 この時の「何か飲むか」は、お酒は何を飲むかということだ。

 ソフィーは外務大臣からのお酒を断った。


(なんだろ。ソフィーはお酒を飲まなくなったな。ドラゴンの肉も食べないし、食べるものが減っていってるな)


 アレンがお酒を一切飲まないため、ソフィーもお酒を飲まなくなった。


 また、エルフは魔獣の肉を食べないようだ。

 これは学園にいたころから聞いていたが、野生動物の肉は食べても魔獣の肉は食べないらしい。このあたりは人間と違う。

 そのため、白竜の肉もソフィーとフォルマールだけ食べなかった。


 このため、ローゼンヘイムと中央大陸を攻める魔王軍の魔獣の編成が違うとも言われている。人間が食用にしている魔獣は中央大陸ではあまり攻めてこない。


 これは、魔王軍が倒された魔獣を食料にされることを回避するためだと言われている。

 お陰で開拓村のボア肉は戦場での貴重な食料となっている。

 逆にローゼンヘイムでは、食料にされる恐れがないため、人間が食料にする魔獣も攻めてくる。


 アレンがお酒を飲まないのは、お酒によってゲームの判断間違いや寝落ちをすることを嫌った前世の記憶からである。


 お酒を飲まないのは魔力回復リングの存在もある。

 1秒に1パーセント回復する魔力回復リングの効果のお陰で、常に魔力が回復し続けている状態だ。

 1秒も無駄にしないために、基本的に魔力は消費し続けている。

 酔っぱらって、うっかり寝てしまったら数時間分も無駄にしてしまうとアレンは考えている。

 

 朝食なのにスープから運ばれてくる。


(まじか、朝からコース料理なのか。結構時間をかけて食べる感じか。まあ、外務大臣が来てくれたのだし要望を伝えとくか)


「改めまして私は、外務大臣をしているヌカカイと申します」


「わざわざ、お越しいただきありがとうございます。ソフィアローネと申しますわ。そして、私の仲間たちです」


 ソフィーがアレンたちを仲間であると紹介してくれる。1人ずつ名乗ったりはしないが、座ったまま軽く頭を下げ、挨拶をする。


 アレンは自らをローゼンヘイムの参謀だなんて名乗ったりはしない。

 調べれば分かることだが、権力があると分かればそれはそれで面倒なことが起きるものだとアレンは考えている。


「まずはお礼を言わせてください。あのような貴重なエルフの霊薬を提供いただきありがとうございました」


 ヌカカイ外務大臣はお礼を言った。

 何でも、ローゼンヘイムから提供された大量のエルフの霊薬のお陰で、かつてないほどの規模の魔王軍の侵攻にもかかわらず、犠牲がこれまでで最も少なかったという。


「いえいえ。直接、バウキス帝国に提供したわけではありませんが?」


 バウキス帝国は既にローゼンヘイムに対して公式に、エルフの霊薬を提供してくれてありがとうとお礼を言ってきている。

 しかし、あくまでも、仲間であるメルルに持たせたものだ。


「たしかに、我が帝国のメルル殿から、好意で買い取らせていただきました」


(ほう、メルルは平民の生まれのようだがな。バウキス帝国が寄こせと言ってきて断れるとは思えないが。買取ならそこまで無理やりではなかったのか?)


 メルルは貴族でもない平民の子だ。


 無理やり奪ったのなら今後の対応が変わってくるとアレンは思う。

 学園ではローゼンヘイムの王女と一緒の拠点に住んでいたメルルに対して、相応の対応をしたようだ。

 メルルだからこそエルフの霊薬をローゼンヘイムの王女は持たせてくれたと勘違いしたのかもしれない。


 なお、メルルに渡したのは『魔力の種』だ。

 お礼を言われているが、ギアムート帝国に提供した『天の恵み』より随分効果が劣る。


 Dランクの魔石を5個必要とするこの魔力の種は、使った対象の半径50メートルの範囲の仲間たちの魔力を1000回復する。


 Bランクの魔石が5個必要な『天の恵み』は、使った対象の半径100メートルの範囲の仲間たちの体力と魔力を全回復し、体の欠損も修復する。


「そうですか。バウキス帝国の被害が少なくなによりです。それで、今後の話をしたいのですが?」


 魔力の種の使い方がどうだったかの話をしても仕方がないので、今後の話に話題を変える。


 この間ソフィーはずっとヌカカイ外務大臣の対応中だ。


「はい、そちらについても承っております。何でも、ヤンパーニの神殿にあるS級ダンジョンに挑戦したいとのことですが?」


「はい、仲間と共に挑戦したいと考えております。こちらで、ダンジョンの攻略に挑戦することは可能でしょうか?」


 そういってソフィーはS級ダンジョンのダンジョン統括システムという名のキューブ状の物体から貰った『S級ダンジョン招待券』をヌカカイ外務大臣に見せる。


 ヤンパーニの神殿は、バウキス帝国のドワーフたちが信仰するダンジョンマスターであるディグラグニを祀る場所だ。


 既に攻略させてほしいと依頼はしているが、外務大臣がやってきたので再度お願いをした。


「たしかに、そちらは招待券で間違いありません。ディグラグニ様が招いた挑戦者を断る理由はありません」


(お、普通に挑戦させてくれるのか?)


 A級ダンジョン内でキューブ状の物体に貰った招待券であるが、それはディグラグニの意志であるとバウキス帝国のドワーフたちは考えているようだ。


「ご協力感謝いたします」


 ソフィーがお酒を断ったので、さすがにお茶にしたヌカカイ外務大臣が一口ティーカップに口をつけ、考え事をしながら口にする。


 言葉を選んでいるようだ。


「ただし、本来であれば、S級ダンジョンへの挑戦者。我らは喜ぶべきところですが、あなたのような立場の者が挑戦する場所ではありません」


「え? どういうことでしょうか?」


「S級ダンジョンの挑戦者の半数は1年以内に死亡します。とても危険なところなのです」


(ほほう?)


 その言葉にアレンの仲間たちに緊張が走り、身を固くする。


 S級ダンジョンに挑戦できるということは、A級ダンジョンを5つ制覇したということだ。

 世界の国々の猛者たちがS級ダンジョンの挑戦権を獲得し挑戦しているが、その半数は1年を待たずに死亡している。


「危険なところとは存じております。しかし、魔王軍と戦うためには挑戦は避けられないと考えております」


「たしかに、S級ダンジョンでしか手に入らない物も多くありますから。ダンジョンを攻略する上での帝国側の対応について説明します」


 そう言って、ヌカカイ外務大臣はS級ダンジョンの挑戦について、簡単に説明をしてくれる。


 S級ダンジョンへの挑戦について、バウキス帝国でも権利証を発行する。

 しかし、有効期限は1年で、切れた翌月に更新が必要。


 更新をせず、魔導船等の公共機関を利用しなかった場合、切れた半年目で死亡した旨の連絡が、それぞれの国に行くことになっている。

 今回の場合は、ローゼンヘイムに死亡した旨の連絡が行く。

 このような措置を取っているのは、S級ダンジョンの攻略中の挑戦者たちの死亡確認が困難な場合が多いからだ。


「……」


 ソフィーは黙って聞いている。

 外務大臣が他国の王女に対して、挑戦する意思を挫くようなことをはっきりと言うのは、それだけ死亡する者が多いからなのだろう。


(1人でも生きていれば、わざわざ死亡したことを確定するのに半年も待たなくても何人ダンジョンで死んだか分かるもんな)


 ダンジョン攻略のパーティーに死亡するメンバーがいるときは、パーティーが全滅するときが多いのだろうとアレンは考える。


「以上になります。S級ダンジョンである試練の塔について詳しい話が聞きたい場合は、神殿でディグラグニ様に仕える神官に聞いてください」


「ありがとうございます。ちなみに、私たちの友人についてはいかがでしょうか? 一緒に攻略したい旨、お伝えしたのですが?」


「……そうですね」


 ここまでペラペラと話していたヌカカイ外務大臣が言葉を濁す。


「もしかして、メルルさんに何かありましたか?」


 バウキス帝国が魔王軍との戦いに勝利したことは聞いている。

 しかし、メルルが無事であったかどうかは聞いていない。


 メルルに何かあったのかとヌカカイ外務大臣に視線が集まる。


「いえ、もちろん。我が国のメルルは無事です。戦争でも活躍をしました。学園を卒業させても良いと学園が判断したので、学園も卒業をさせました。ただ、皇帝陛下が貴重な才能を持つメルルの身を案じておるのです」


 ヌカカイ外務大臣が言うには、皇帝陛下は貴重な「魔岩将」の才能を持つメルルを危険なS級ダンジョンに行かせることを渋っているという。


 そして、バウキス帝国全体でも「魔岩将」の才能を持つドワーフは多くない。

 1000万人に1人のレアな職業だ。


「では厳しいと?」


「い、いえ。ですので、バウキス帝国としては、それなりの見返りを頂きたいということです」


(ほう。ん? もしかして、あんなにさんざんダンジョンが危険だと言っていたのはそう言うことか?)


 ヌカカイと名乗る外務大臣との交渉が続いていくのであった。

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