第231話 朝食交渉②
「それは、メルルを同行させるのに条件があるということでしょうか?」
ソフィーは平静にヌカカイ外務大臣の話の趣旨を理解しようとする。
外務大臣と名乗るドワーフがやって来て、食事が始まりかなりの時間が経った。
スープから始まったコース料理はメインの肉料理も終わり、そろそろデザートが出そうだ。
朝食で量は少なめだったということもあり、クレナとドゴラがパンの御代わりを求める。
やってきたパンに精霊神がテーブルの上でかぶりついている。
料理の運搬係のドワーフは、奇妙なものを見たというような視線を精霊神へ送っている。
「はい、そのようになります」
ヌカカイ外務大臣ははっきりと、見返り無くしてメルルの同行はあり得ないと言った。
(まあ、この点は分からんでもないな。1000万人に1人のレアな才能を持つ自国の民を、年に半数は死ぬと言われるS級ダンジョンに連れて行きたいと言われているんだからな)
恐らく死亡率については事実なのだろうとアレンは考えている。
そして、自国にそこまで人数のいない剣聖や聖女、大魔導士を連れて行くと言ってきたら、どの国も大なり小なり条件を付けてくるだろう。
全ての国はまずは自国を優先するだろうと思う。
「ローゼンヘイムはバウキス帝国に友好のためにも無償で貴重なエルフの霊薬を提供しましたが?」
「たしかに、お陰で救われたゴーレム使いは多いです。この点については感謝の言葉を皇帝陛下も仰っております。当然お礼についても考えております」
「お礼?」
「はい、ローゼンヘイムはいくつもの街が魔王軍によって破壊されたと聞いております。我々は壊された街の復興に必要な魔導具の無償提供を考えております。まあ、さすがに未来永劫、魔導具の管理まで無償というわけにはいきませんが」
ヌカカイ外務大臣の話では、街作りに必要な魔導具の提供をすると言う。
街づくりに必要な魔導具とは、街を照らす灯りの魔導具であったり、排水を洗浄する魔導具のような物だ。
魔導列車も街づくりに必要だと判断する者もいる。
バウキス帝国の帝都でも使っているような、最新でまだ他国に提供していない貴重な魔道具を提供する準備があると言う。
ただし、魔導具は管理しないと使えなくなるので、そのメンテナンス代は頂くよと言う話だ。
(完全な商売人だな。学園で習った通りだ)
ヌカカイ外務大臣と名乗るドワーフの話を聞いていると学園の授業で習ったバウキス帝国のイメージそのものだった。
バウキス帝国は魔導具を使い、世界を経済的に支配しようとしている。
貴重な魔道具を、どの機会で提供するかに長けているとも言える。
ラターシュ王国の魔導具の6割は、バウキス帝国産だ。
ギアムート帝国は自国でなるべく魔導具を賄いたいと考えているが、バウキス帝国産がかなりの割合を占めているという。
「なるほど、それは女王陛下もお喜びになるはず」
ソフィーはバウキス帝国の目的を知っているが、貴重な魔導具を提供いただきありがとうございますと言う。
実はローゼンヘイムは中央大陸に比べて魔導具への依存度がかなり低い。
精霊の力を借りて、灯りを作ったり、排水を清めたりしているからだ。
そして、自然との調和を愛するエルフの国民性により、魔導具の使用にためらいがある。そういった理由から魔導列車はエルフの国に1つも走っていない。
だが、ここでソフィーが「魔導具なんていりません」と言ったら話も終わる。
今回の戦争で魔導船にはかなり助けられた。救われた国民の命は多く、作戦上も兵の強襲に使われた。
「はい、必要な魔導具があればぜひ仰ってください」
「しかし、バウキス帝国にタダではと言われましても、メルルを仲間にするのに、お金を出すのは違うと思いますし。困りましたわね」
ソフィーは頬に手を当て困ったという顔をする。
「い、いえ。簡単な話でございます。なんでも、ローゼンヘイムはエルフの霊薬の量産に成功したと聞いておりますが?」
「量産と言うほどではありませんが、過去にない効果の霊薬であると自負しております。戦争で大量に使い、同盟各国にお渡しもしたので、数は限られておりますが」
エルフの霊薬は残り少ないよと言う。
「いえいえ、たくさん売ってほしいとは言っておりません。できるだけといったところでしょうか」
「それでしたら、バウキス帝国との友好のためにも、頑張らせていただきますわ」
「ありがとうございます。これで私の首の皮も繋がりました。いや~、エルフの霊薬を手に入れて来ないと首にするぞと皇帝に言われていまして、たまりません」
大きく息を吐き、安堵したようにヌカカイ外務大臣は言う。
バウキス帝国の皇帝に結構な圧力を掛けられていたようだ。
「いえいえ。大袈裟ですわ。ちなみにメルルは今どちらにいるのですか?」
「もうすぐ、このホテルに到着します」
ヌカカイ外務大臣が間もなく9時を示す時計を見ながら言う。
「ありがとうございます。皇帝陛下にもお礼をお伝えください」
「はい。もちろんです。試練の塔への挑戦で何かとお忙しいでしょうが、王城に来られる際は、私ヌカカイをお呼びください。皇帝陛下との面談の段取りを致しますので」
お礼を伝えてくれと言ったソフィーが、バウキス帝国の皇帝と今すぐ会う気はないことを匂わせたので、ヌカカイ外務大臣はソフィーの言葉に合わせる。
それからいくつか確認したいことがあったので、アレンも話に参加してあれこれと聞いた。
アレンの質問も終わりほどなくして、このままお待ちくださいと言って、ヌカカイ外務大臣は出て行った。
「それにしても、何だかドワーフって皆あんな感じなのかしら?」
誰もいなくなった個室の食堂でお茶を飲みながら不満げにセシルが言う。
「バウキス帝国は利益、国益を強く追求すると聞いております。これでも、譲歩頂いたと思いたいのですが」
あからさまにメルルをダシに、エルフの霊薬が欲しいとヌカカイ外務大臣は言っていた。
(魔王がやってくる前までは、バウキス王国だったらしいからな。魔導具の技術で他のドワーフ国家を飲み込んで、この大陸を1つのバウキス帝国にした国だし)
学園の授業で習ったことがこれほど正確であったのかと、今日の交渉事でアレンは感じさせられた。
バウキス帝国は、50年ほど前までバウキス王国であった。
魔王軍の侵攻を止めるため、魔導具とゴーレム兵の力を使い魔物達を撃退した。
バウキス王国には他のドワーフ国家にない魔導具の技術があった。
魔王軍との戦争が始まり、この大陸において唯一無二の力をバウキス王国は発揮したと言われている。
ドワーフの国は我々が守るという正義の旗の元、この大陸に他にもあったドワーフ国家を全て飲み込み、バウキス帝国を築いた。
「まあ、魔王をダシにのし上がった国だからな。王国だった頃に戻りたくないのだろう」
アレンがそのように結論付ける。
魔王軍によって苦しめられた国は世界中にある中、唯一と言っていいほど魔王軍によって発展した国だとアレンは思っている。
「さすがにバウキス帝国でそれ言うのはまずいんじゃないのかしら」
それはちょっと言い過ぎよとセシルが諫める。
コンコン
「はいはい」
「あ、アレン?」
そう言って扉の方を見ると、数ヶ月前まで学園の拠点で一緒に暮していたメルルがいる。
「「「メルル!!」」」
メルルを見て、一瞬で仲間たちの顔が明るくなる。
メルルもアレンたちに駆け寄ってくる。
戦争もあった中での再会の喜びを皆で分かち合う。
(ふむ、うしうしメルルと再会できたぞ。だけど、今後もメルルと同行するのにバウキス帝国がなんやかんや言ってくるのは困るな。この辺もダンジョン攻略中に対策を練れたらいいのだが)
1000万人に1人の才能のあるメルルをバウキス帝国もそう易々と手放しはしないだろう。
メルルが自由にアレンたちと同行できる方法を模索することにする。
その後、アレンたちはメルルとこれまでの戦争の経緯を共有する。
メルルからも、バウキス帝国に着いた後の従軍の流れを聞く。
中々に強制的な従軍だったようだ。
「じゃあ、ゴーレム兵にその時最初に乗ったんだな」
「うん、すごい強かったよ! 腕がピューンって飛ぶんだよ!! ドガガーンって!!!」
アレンより頭1つ分、背が小さいメルルは体いっぱいに身振り手振りで興奮気味に言う。
よく分からないが、ゴーレム兵が魔王軍をボッコボコにしたことは分かる。
「それはすごいな。S級ダンジョンでゴーレム兵を貸してくれたらいいのにな」
「それは駄目って言っていたわね」
アレンはさっきのヌカカイ外務大臣に、メルルと一緒にゴーレム兵を貸してくれないかと頼んでみた。
しかし、強力な力のあるゴーレム兵を安易に貸せない。
もし、どうしてもゴーレム兵を手に入れたいならと言われたことがある。
「S級ダンジョンはゴーレム兵の部品が手に入るらしいな」
(部品って何だよ。なんかワクワクしてくるんだけど)
「そうそう、僕も上官から聞いたよ。ダンジョンでゴーレム兵の部品が手に入るって!!」
メルルも戦争中に同じ話を上官たちから聞いたらしい。
どうやらヌカカイ外務大臣の話は、本当のようだ。
メルルを仲間にするのを渋ったヌカカイ外務大臣だが1つ有益な情報を教えてくれた。
ゴーレム兵の部品がS級ダンジョンで手に入るという話だ。
これを集めるとゴーレム兵になるという。
正直、最大100メートルに達すると聞いたゴーレム兵の部品を全て集めるのにどれだけ時間がかかるんだと思ったが、そんな話ではないようだ。
詳しい話はS級ダンジョンがあるヤンパーニの神殿で聞いてくれと言われた。
こうしてアレンたちはメルルと合流し、S級ダンジョンを目指すのであった。
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