第177話 各個撃破

 防衛戦を終えた翌日の昼間。


 昨夜に行われた軍事会議以降の新しい情報といえば、ギアムート帝国がネストの街にある魔道具通信で「ローゼンヘイムのために食料と物資の支援を行う」と言ってきたというものがある。ネストの街にいるルキドラール将軍が、ギアムート帝国の支援の話と共に、中央大陸の状況について色々教えてくれた。


 中央大陸にいる魔王軍は既に動き始めており、あと1~2日中にギアムート帝国が北部国境線の要所に作った要塞に接敵すると言う。


 その数は200万のまま変わらない。1つの要塞当たり20万体前後に分かれて、10個の要塞を目指して進んできている。これはアレンの予想通りだ。


 この状況でギアムート帝国がローゼンヘイムの支援に乗り出したことには意味があると言う。支援を表明した時点でエルフ側から断られることはないと踏んで、既に一部の魔導船はネストに向かっているようだ。


 何でも、ギアムート帝国皇帝は若くして皇帝の地位についた希代の賢帝だと言う。


 エルフの霊薬60万個が提供された事実とその価値は、既に皇帝の耳にも入っている。今回の支援は、今後霊薬をできるだけ安く手に入れるための布石である。


 そして、支援をしてローゼンヘイムが粘ってくれれば、魔王軍の予備兵力400万がローゼンヘイムに行ってくれるかもしれない。


 どっちにしてもギアムート帝国の利になると言う。


 魔王軍に攻められている現状であっても、国家のトップは常に国の利益を求めるんだなとアレンは思った。


 アレンは現在、ティアモの街から数十キロ北部にいる。


 北方に撤退した魔王軍の動向を確認し、今後の行動に移すためだ。


「見えてきたわよ。ちゃんと見えているの?」


「ああ、そうだな」


 今日もアレンは召喚枠節約のためにセシルと一緒に鳥Bの召喚獣に乗っている。そして、アレンはセシルと向き合って座っている。アレンが前に乗っているので、アレンは進行方向とは後ろ向きに乗っていることになる。


 これならセシルが前に、アレンが後ろに乗ればいいと思うが、戦闘が始まれば、何かあった時にアレンが盾になるつもりなので、向き合って座っている。


 アレンが後ろを向いているのは、鳥Bの召喚獣の背中に大きめで浅い植木鉢を置いて、天の恵みを生成するためだ。昨日の防衛戦でかなりの量の天の恵みを消費してしまい、目下生成中だ。


 昨日、4つの街全てで魔王軍をかなり叩いてくれたおかげで、本日の防衛戦はない。魔獣10万体の消耗は、連日の攻防戦を行わない十分な理由になったようだ。

 その間に天の恵みを製作しようというわけだ。敵に作成の様子を見られないように、結構高い位置を飛んでいる。


 そんなアレンが、共有している鳥Bの召喚獣の目で、ティアモ侵攻から撤退した魔王軍の隊列の終わりを発見する。


「ふむ。この進行速度だと、明日にも隣の軍と合流しそうだな。これは止めないとな」


「やっぱり合流されるとまずいの?」


「うん。合流されてまた数が増えて、しかも1つや2つの街を増えた軍で集中して攻められたらたまらない」


(やはり、ただの撤退ではなかったか)


 現在ティアモの街を含めた4つの街が防衛線を引いているため、魔王軍は軍を4つに分けて同時に攻めている。


 魔王軍にも知恵があるようで、3日前の夜襲、更には昨日の防衛戦の大敗を受けて、作戦を変えてきたようだ。まだ進軍しているだけなので何をするのか分からないが、どうも進行方向から隣の軍と合流しそうだ。


 分かれていた軍が合流して、4つ同時ではなく1つか2つの街を落とすために戦力を集中されると、まずいことになる。戦争中なので、守るべきものがやられてしまったら、その後殲滅しても敗北を意味する。


「どうするの?」


「当然嫌がらせをする。防衛戦じゃないからフリーで動けるしな。まあ、各個撃破だな」


 防衛戦だと街を守るための動きをしないといけないので無理ができない。しかし、今日はそんなことを気にせず攻めることができる。


 アレンは鳥Fの召喚獣を使い、周りで飛んでいる仲間達に本日の作戦を伝えていく。鳥Fの伝達は指定した相手以外は聞くことができないので、作戦を伝えるのに便利だ。


 アレン達は、行軍する10万まで数の減った魔王軍の後方に到達する。


「アレン、騒がしくなってきたわよ。敵が攻めてきたんじゃない? っていうか、それまだ作り続けるの?」


 鳥Bの召喚獣はかなり大きく目につきやすいうえ、これまでの活動から魔王軍は敵認定してくる。

 魔王軍の中から飛べる魔獣が何十体もアレン達の元にやってくる。


「当然だ。これは今日ずっと続けるぞ。ああ、もう少し上昇してそこでプチメテオお願い」


 天の恵み作成は今日一日ずっと行う予定だ。昨晩魔石を回収できたため、なるべく時間のあるうちに作っておきたい。よっぽど敵に攻められる状況でなければこのまま作り続ける予定だ。


 セシルにはアレンの狙いが分かったようだ。

 

 魔王軍は北方に進軍しているが、魔獣の大きさや速度にはばらつきがある。魔獣の種類によって足の速い者と遅い者で倍以上の差がある。当然、行軍の後ろの方は動きの遅い魔獣が多いようだ。


 二足歩行のオーガやトロルが魔王軍の最後尾にいる。死霊系も二足歩行だが、軽量の骨とかで体が構成され軽いのか、四足歩行の魔獣の背中に乗っているようだ。


 3キロメートルほど上昇して魔王軍を撒き、それでも上昇してきた魔王軍を竜Bの召喚獣を使い蹴散らしていく。


 そして、セシルがエクストラスキル発動のため、意識を集中し始める。


「この辺に落としてね」


「……」


 意識を集中するセシルに落とす位置を伝えると、返事をしないままその方向に手をかざす。


「プチメテオ!!!」


 セシルの叫びと共に、魔王軍の行列の最後尾から少し進行方向寄りの位置に、巨大で真っ赤に焼けた大岩が落ちていく。


 一万体近い軍勢を一気に焼き滅ぼしていく。


(うしうし、経験値うまうま。防衛戦はエルフ達と一緒に戦った分もカウントされるから、1割しか経験値入らないからな)


 夜襲では6人で戦ったため魔獣1体当たり8割の経験値が入ったが、昨日の防衛戦はエルフの部隊と一緒に戦ったとみなされ、一番経験値分配の少ない1体当たり1割の経験値しか入らなかった。


 1割というのは、参加者人数が253人以上になった時の最低経験値だ。

 魚系統のバフをしたおかげで、アレンは20万体に上る4つの街で倒した魔獣全てについて経験値が入った。


 今日はアレンのパーティーの単独行動だから、経験値は1体当たり8割だ。


「ありがと、結構倒せたね。ほい、指輪で回復して」


 アレンは魔力回復リングでセシルの魔力を回復させる。

 2体に分かれて飛んでいた時はリングを落とすのが怖かったが、一緒に乗っているからこういうこともできる。


「ついてくるわね」


「ああ、あまり知能がないようだ」


 今セシルが倒したのは最後尾の魔獣ではない。最後尾の2万体を残したあたりで小隕石のエクストラスキルを発動した。


 怒り狂った最後尾の2万体のトロルやオーガ達が、分断されたことに気付かずアレン達を追って来る。


 小隕石を落とした位置よりも前方の魔獣はそのまま進軍を続け、アレン達を追って来ないようだ。

 魔獣が十分に追えるようにアレン達は高度も下げ、そしてゆっくり移動する。


「でも各個撃破って、小隊を攻めようって作戦でしょ。これって小隊を作っているわよね」


 授業で習った各個撃破は、分隊や小隊を、それ以上の兵力で優先して倒そうみたいな話であった。今回は小隕石で無理やり小隊を作っている。セシルは何かが違う気がしているようだ。


「まあ、そうだな。ないなら作ろう小隊を、だな」


 小隕石より進行方向側にいた魔王軍はその後もやって来ないため、完全に2万体の魔獣は分断された。


 30分も移動しないうちにアレン達は移動を止め、魔獣達より少し高い位置で待機している。


『『『ギチギチ!!!』』』


 そして、虫Bの召喚獣の集団が2万体の魔王軍を待ち構えている。子アリポンの数は、昼を過ぎて1日のクールタイムが過ぎたので3000体増えている。

 昨日500体ほどやられたので5500体だ。既に魚系統の全ての特技を振り撒いている。


 ソフィーとキールにも補助を掛けるように伝え、竜Bの召喚獣達も召喚していく。


「さて、魔石も回収したいしな。ちょっと多いが行けるだろ」


(ここまで誘導するのに結構かかったうえに、2万くらい狩らないと効率悪いし、レベルも上がらないしな)


 仲間や召喚獣の構成から、倒せる限界数を釣り出してきた。

 罠にかけられたことに気付いたトロルやオーガが一瞬硬直したが、構わず攻めてくるようだ。


 敵の周囲を子アリポン達が囲んでいく。


「よし、準備は出来たな。蹂躙しろ」


「「「おう!」」」


 鳥Fの召喚獣を使い全体に指示をすると、各個撃破が始まったのであった。

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