第176話 軍事会議

 ティアモを含む4つの街は、防衛戦に勝利した。


 今までの防衛戦であれば、少数の魔獣を倒せる程度で、日が沈むまで粘って魔王軍が撤退してくれるのを待っていた。


 当然、翌日に攻めてくる魔獣の数はほとんど変わらないので、エルフの兵達は消耗して、いずれ街や要塞は陥落する。


 そういう戦いが1ヵ月以上続いてきた。


 しかし、本日の防衛戦は違う。


「報告します。女王陛下、本日の戦いで、4つの街を合わせて20万を超える魔獣を倒せました!」


(ほうほう、ってことは残り250万か。じゃんじゃん減らしていくぞ)


「真ですか!?」


「はい。4つの街の討伐した内訳ですが、ティアモの街だけで10万を超えております。そして……」


 ここはティアモの街の中央にある大きな建物の中だ。

 アレン達は、深夜に女王のいる広間で、将軍達の報告を聞いている。


 これまでの軍事会議は、亡国の危機ということでアレン達は魔王軍との戦闘を優先し、代わりに霊Bの召喚獣に参加させていた。今は今後の話もしたいので、会議に参加している。


 女王はあまりの戦果に玉座から身を乗り出して驚く。


 なぜ、こんな時間帯になっているかというと、あまりに大きな戦果であったので状況の把握に時間をかなり要してしまった。3つの街には伝達用の召喚獣を置いているので、各街相互の状況報告については、アレンが間に立って速やかに行っている。


 ティアモも含めた4つの街は、勝利に喜ぶ兵達と避難民の声で溢れている。

 皆、口々に「女王陛下!」「精霊王様!」と感謝の言葉を口にする。


 エルフは大人しい種族だと言われているが、これまでにない勝利であっただけに喜びを爆発させている者も多い。


「それで、被害の方はどうなっているのですか?」


「はい。本日、兵達は3千名ほどが死亡しました」


 これは4つの街の合計の死亡数だ。


「そうですか……」


 エルフ達は弓兵が多く、弓兵としての職業特性で、そこまで耐久力の高いステータスにはなっていない。

 また、装備もせいぜいミスリルクラスだ。

 BランクやAランクの魔獣の一撃で即死したり、回復する前に何度も攻撃を受けてしまうこともある。


 その結果、今日の防衛戦で3千名ほどのエルフが死んでしまった。


 このエルフの死亡数は、これまでよりかなり少ない数だ。

 天の恵みを各街に配り、魚系統のバフもかけた。

 お陰で死なずに済んだエルフは、死亡数の10倍以上いるだろう。


 しかし、それでもローゼンヘイムの国家元首である女王は心を痛めたようだ。

 亡くなったエルフの兵達を思い、目をつぶり、英霊となった命に報いようとする。


「それで女王陛下、これからどうされるご予定ですか? できればネストの街に避難していただきたい」


「いえ、ガトルーガ。私はここに残り戦況を見守ります」


「い、いやしかし!」


 今、アレンと共に女王の前に並び立つ男は、将軍ではない。見た目の歳は20代くらいに見えるエルフだ。


「ガトルーガよ。あまり、女王を困らせるものではないぞ」


「こ、困らせているわけではない……」


 女王の真横に立つ、軍部の最高トップである元帥が、ガトルーガと呼ばれる男を窘める。男もこれ以上は何も言わないようだ。


(この男が、ローゼンヘイム最強の男ガトルーガか。ローゼンヘイム唯一の精霊使いなんだっけ? 街の外壁も伝説の大精霊使いが土の大精霊に作ってもらったんだっけ?)


 アレンは黙ってガトルーガと女王らのやり取りを聞きながら、魔導書で精霊使いの情報を確認する。


 ガトルーガはローゼンヘイム唯一の精霊使いだ。

 レア度で言うと、星3つの剣聖と同等の扱いと言われている。


 星1つ 精霊魔法使い

 星2つ 精霊魔導士

 星3つ 精霊使い

 星4つ 大精霊使い


 そして、その精霊使いの上には、ローゼンヘイムに遥か昔から伝わる「大精霊使い」という職業がある。

 大精霊使いは1000年に一度生まれてくると言われている。

 昔存在した大精霊使いは、大精霊の力を借りて街を守る外壁を作り、また要塞をいくつも作ったと言われている。現在のローゼンヘイムには、大精霊使いは存在しないようだ。


 ソフィーから聞いた精霊使いについての話を、魔導書で確認する。


「それで、これからの対応はどのようになっているのですか?」


 女王は、少し重くなってしまった場の雰囲気を変えるため、今後の話をする。


 未だローゼンヘイム存亡の危機であることに変わりはない。


「まず、今回大量に魔石を回収できそうです。現在も回収中ですが、その魔石を使い、魔導船での輸送を再開させたいと思います」


(輸送を全力で行えるだけの魔石は確保できそうか。それはよかった)


 5大陸同盟の盟主の1国であるローゼンヘイムには、100を超える魔導船がある。

 その魔導船を動かすのに大量の魔石を消費するのだが、戦争が始まって以来全力で魔導船を稼働させたため、備蓄していた魔石をほとんど使ってしまった。


 魔導船は魔石を大量に使う。グランヴェルの街にやってくる魔導船は月に3回程度だった。便利だからといって気軽に便を増やすことはできない。


(まあ、そのおかげで負傷者が多かったが、前線に復帰できるエルフ達も多いと)


 女王は人命を尊重し、負傷兵や避難民の搬送と、避難地への物資移送を優先させた。お陰で、負傷はしたものの死なずに済んだ兵は何十万といるし、命を長らえた避難民は何百万人もいる。


 しかし、そのために今現在ほとんどの魔導船が、魔石不足により稼働できなくなった。


 今回多くの魔石を回収することに成功したため、魔導船の稼働を再開できる。ローゼンヘイムは動き始めることができる。


(俺の魔石は7万くらいかな)


 ティアモの街南側の魔王軍を殲滅した際に倒した魔獣の魔石は、全てアレンが貰うことになっている。お陰で、天の恵みはほとんど使いきり、またBランクの魔石も千個を切る勢いで無くなりかけてきたが、魔石回収の目途が立った。


「アレン様、エルフの霊薬の方はどうなっているのでしょうか?」


「現在用意しているところです。代金は魔石でお願いしますね」


 女王からの問いにアレンが答える。


 ローゼンヘイム側が所有することになる8万個近い魔石の半数以上が、魔導船など魔導具全般の運用に使われる。

 残り半数は天の恵みに変換予定だ。

 これまでは無償で振舞ってきたが、今後は必要な魔石は頂きますよという話だ。


 1回の攻防戦で300~400個の天の恵みを消費した。

 4つの街で防衛しているので、1500個前後の天の恵みを1日で使ったことになる。


 Bランクの魔石が4万個あれば、8000個の天の恵みを作成可能だ。


 当然、天の恵みを作るのに魔石が必要だなんて話はしていない。あくまでもお代に魔石を頂くという話だ。


 精霊使いガトルーガが、代金を寄こすように言うアレンに対して一瞬表情を険しくしたが、まあタダにする義理はないかと視線を女王に戻す。


「それで、これからの戦いですが、ネストの街に移動した負傷兵のうち10万名を前線に復帰させたいと思います。これで、前線であるティアモを含む4つの街の兵数は、64万人まで回復するかと」


「「「おおおお!!」」」


 将軍の1人の報告に歓喜の声が上がる。

 皆、あと1日2日でティアモの街が無くなると思っていた。それはローゼンヘイムの終わりを意味していた。


 もう無理かと思っていたところで、今日の勝利、魔石による魔導船の稼働、10万の兵の前線復帰と明るい報告が溢れてくる。


「アレン様、この度の件は必ず報いますので、今後ともお力添えをお願いします」


「力はお貸しします。それで、これからの戦いですが」


(喜ぶには早いぞ)


「戦い? アレン殿には次の戦いの作戦があるということか?」


 将軍の1人がアレンの言葉に反応する。本日の防衛線での、南側から外壁の兵と挟み撃ちにするやり方は、アレンの作戦だ。次の戦いについても作戦は聞いておきたい。


「まず、どうも魔王軍は撤退を始めたようです」


「撤退。確かに後退しているが、撤退なのか?」


「はい。ティアモを攻めていた部隊を含めて、全軍が撤退をしています」


 アレンは鳥Dの覚醒スキル「白夜」により、4つの街から北へ後退していく魔王軍を捉えている。


「ですので、我々は魔王軍の動きを捉えつつ、魔王軍の数を減らしたいと思います」


「そ、そうだな」


 将軍は、アレン達が夜襲で4万近い魔獣を狩ったことを知っている。


「なるべく早く、ネストの街に避難した負傷兵をティアモの街に戻してください。ある程度目途が立てば、我々も北に行きましょう」


 魔導船の積載量に限りがあるため、無理はできないだろうが、急いでねということは伝えておく。


「おお! 攻めて出ると言うことか!!」


「はい。奪還を優先したい街の情報も、今後の会議で確認していきましょう。そして、早めに首都フォルテニアを取り返しましょう」


 エルフ達の表情に希望が戻っていく。


 アレン達は後退した魔王軍を攻め立てる。その間に、兵の復帰と魔王軍に奪われた国境線の回復をしようと言う。


 現在は、王国学園都市の学長からローゼンヘイムへの応援要請の話を聞いて8日ほど過ぎた日のことだ。


 防衛戦に勝ったアレン達の次の戦いが始まるのであった。

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