第168話 ティアモ

「ま、街が燃えている!」


 遠目に見える街が燃えている状況に、クレナが叫んだ。

 アレン達は今、1人1体グリフォンの形をした鳥Bの召喚獣に騎乗し飛行中だが、ようやく見えたティアモの街まではまだ距離があり、戦況はよくわからない。


「ホロウ、白夜で確認しろ!!」


『ホー!!』


 完全に真っ暗になった深夜、数十万の松明か何かの灯りが街を囲んでいる。

 そして、街にもいくつもの場所で火の手が上がっている。


 アレンは、鳥Dの召喚獣に覚醒スキル「白夜」を発動させる。


 このスキルは、夜間に限るが半径100キロメートルという広範囲にあるもの全てを認識することができる。


(よし、見えてきた! まだ街は陥落していないぞ! 街の中にエルフ達がいるな!!)


 共有した白夜の情報が直接アレンの中に入って行く。建物の中は見えないが、まるで白昼のように明るい街の光景も、街の外の魔王軍の情報も捉えることができる。


 夜間の戦いはしないのか、エルフと魔王軍が戦闘している様子は一切ない。


 しかし、エルフ達は街の建物や木々に付いた火を消したり、怪我人をどこかに運んだりとひっきりなしに動いている。


「街はまだ無事だ!! 皆一度上昇して、街の中に入るぞ!!」


 ソフィーに安堵の表情が浮かぶ。


 魔王軍の中には空を飛べるものもいる。深夜とはいえ魔王軍になるべく発見されないよう、一旦上昇して街の上空に到達し、そして下降を始める。


 目標は、街の中心近くにある最も大きな建物だ。


「降りるぞ」


「「「え?」」」


 アレンの一言とともに鳥B達は降下し始める。


 街の中心の大きな建物には、多くのエルフ兵が詰めている。

 アレンはそんなことは一切気にせず、兵達が集まる中、召喚獣に騎乗したまま街中に降り立った。


「な!? て、敵襲だ!! 魔獣が乗り込んできたぞ!!!」


 多くの兵達が慌てて背中に担いでいる弓を握り、矢筒から矢を取り出す。

 精霊魔法の使い手達も、手が淡く光り始めた。


「ば、馬鹿な!! ま、待て! ソフィアローネ様がおいでだ!!」


(いけると思った。今では反省している。すまないが、状況が状況だけに許しておくれ。ちまちまとやっている場合ではないのだ。フォルマール頑張って)


 完全に敵認定される中、フォルマールが慌てて攻撃するなと叫ぶ。そんなフォルマールを陰ながら応援する。なお、攻撃されてもみがわりのできる石Cの召喚獣もいるので何とかなると思っている。


 フォルマールは、アレンがこんな急降下で、しかも街の中心地を守る兵達の前にいきなり降りるとは思っていなかった。なんでこんなことをと思いながらも、兵達を刺激しないよう注意しつつ、攻撃するなと制止する。


「そ、ソフィアローネ様?」


 フォルマールの叫びと、魔道具の灯りに照らされた鳥Bの召喚獣にまたがる真っ白な髪と金色の瞳をしたソフィーの姿に、兵達が1人また1人と気付き始める。


「今戻りました。驚かせて申し訳ありませんでしたね。武器を下ろしてください」


「「「も、申し訳ありませんでした!」」」


 兵達が波のように跪いていく。「いいのですよ」と優しくソフィーが声を掛け落ち着かせていく。


「こちらにご案内します」


 階級の高そうな兵の1人が案内すると言う。


 召喚獣をしまい、この街1番の大きな建物の中に入って行く。

 2階の大広間まで進んでいくと喧騒が聞こえてくる。何か揉めているようだ。


 大広間では、十数人のエルフが輪になって立っている。


「じょ、女王陛下だけでもお逃げください! 我らが活路を開きますので!!」


「ここは明日にも陥落します!」


「なりません。ネストの街に避難しきれなかった多くの民がいます。私も前線に立ちますので、私の身を案じるなら明日を必ず乗り切るのです」


「兵も多く死に、傷つき、もう限界です。女王陛下あってこそのローゼンヘイムです!!」


「いいえ、エルフの民たちがあってこその」


「失礼します! ソフィアローネ様とフォルマール様をお連れしました!!」


(俺たちもいるよ。それにしてもフォルマール様か、フォルマールは王女側近だから身分は結構高いんだっけ)


 ソフィーの護衛として側にいるフォルマールは寡黙で、あまり自分のことは語らない。


「な!? こんな時に、え? ソフィアローネ様」


 ソフィーの存在に気付き、喧騒が静まり返ってしまう。


(女王はソフィーそっくりだな。ん? 肩に乗っているのはモモンガか?)


 この広間の最奥には玉座もあるが、会話の様子から女王陛下と思われる女性のエルフは、他のエルフ達と同様に円陣の中の1人として会議に参加している。


 ソフィーとそっくりな女王陛下の見た目は20代後半くらいだろうか、真っ白な髪と金色の瞳、純白のドレス……ではなく鎧を身に纏っている。


 女王の肩にはモモンガが1体乗っている。自然を愛するイメージのあるエルフは、やっぱり動物たちと仲がいいのだろうか。しかしこの喧噪に包まれた場には似つかわしくないなと思う。


 モモンガがアレンに気付いたのか凝視するので、アレンも田舎の中学生のようにメンチを切り返す。


「ソフィー、よくぞ戻りましたね」


「はい、女王陛下。ただいま戻りました」


 そんな、という悲観的な声が聞こえる。とても歓迎されているとは言えない。ここは明日にも陥落するという話をしているところに、女王だけでなく王女までやって来てしまった。


「ソフィー、今の話を聞いていましたね。このティアモの街は明日にも陥落します。もって2日でしょう。来て早々ですが」


 逃げなさいと言いそうになったところで気付いてしまう。

 この街にどうやって入ってきたのかという話だ。


 この街は魔王軍に取り囲まれている。さっきからこの広間にいる将校は女王に退避するよう進言しているが、そもそも現実的な話ではない。どうやって街から逃げるのだという話だ。


 会話の途中で言葉を止めた女王は、ソフィーの隣にいる黒髪の少年に気が付いた。


「女王陛下、アレン様をお連れしました。この戦争、何も問題はありません」


 ソフィーが、亡国の危機にあるローゼンヘイムはもう問題ないと断言した。その言葉に一気に視線がアレンの元に集まる。


「あ、アレン様。精霊王様の予言の少年か」


 将校と思われるエルフの1人が呟く。


「はい、アレンと申します。ローゼンヘイムの女王陛下。今回は、緊急要請に基づき参上しました」


 アレンは立ったまま頭を下げ、女王に敬意を示した挨拶をする。


「お、おお、そ、そうか。よくぞ来てくれた」


 一瞬、たった7人でやってきて何ができるのだろうという顔をしたが、必死に思いを隠し、将校達は歓迎の意を示す。


 ネストの街のルキドラールという将校もそうだが、たとえ強者であったとしても1人の力がどの程度のものなのか、歴戦の将校だから分かる。


(皆が皆、精霊王の寝言を完全に信じているわけではないと。まあ、今まさに亡国の危機にあるのに現実から目を背けるわけにはいかないからな。神頼みならぬ精霊頼みの前にすべきことがあると)


 アレンはこの場にいる者たちの態度で、自らについてローゼンヘイムがどのような認識でいるのか察する。


「アレン様、よくぞお越しいただきました。勇者ヘルミオスとの戦いについても、聞き及んでおります。ぜひ、お力添えをお願いします」


 どうやら、自分が呼ばれた理由は精霊王の予言だけが理由ではないようだ。

 数ヶ月前の学園武術大会でヘルミオスと繰り広げた試合の話も聞き及んでいるようだ。


「もちろんです」


「で、では現状の説明を」


(また軍議か。まあ、明日にはこの要塞も落ちるかもしれないということだからな。打ち合わせも大事か。しかし、時間も貴重だな)


「すみません。話の途中ですが、負傷兵と、戦える兵の数はどの程度ですか?」


 階級は分からないが、将校の1人が現状の説明をしようとするところ、アレンが話に割って入る。ネストの街同様、前提条件が変わってくるので話を全て聞いてからでは時間を浪費してしまう。


「ん? そうだな。負傷兵が14万で、戦えるものは6万といったところだな」


 話に割って入ったが、あまり気を悪くしないようだ。


(ん? 結構多いな。外の魔王軍はさっきの白夜で確認した感じだと30万くらいだな。ああ、負傷兵は別にこの街での戦いで負傷したとは限らないか)


 野営していた魔王軍の数は、先ほどの覚醒スキル「白夜」で推し量っている。

 攻城戦の常識で、攻めは守りの3倍というものがある。

 守りに徹するティアモの兵が20万いるのに、攻めの魔王軍30万は少ないような気がする。


 恐らく、ティアモの兵自体は10万かそれ以下だった。戦争が始まって1ヵ月以上が過ぎる中で、負傷兵はその多くがより北の街や要塞から運ばれてきたのだろうと考える。


(ネストの街にも10近い魔導船が降り立っていたしな。それなりの運搬能力はあるということか)


「負傷兵14万人ですね。では、これを使い至急回復をお願いします」


 アレンは収納から天の恵みを1つ出し、輪になってアレンを見つめるエルフ達に見せる。


「こ、これは?」


「これはエルフの霊薬です。この回復薬1個で、優にこの建物4つ分の範囲にいる者を回復できます。当然四肢の欠損を含めて全て完治します」


 仮令相手がエルフの女王であってもエルフの霊薬で押し通す所存だ。


「「「な!?」」」


「1000個ありますので、明日の決戦に備えこれから差配していただけると助かります」


「そ、そんな、あ、有り得ぬ」


 効果が有り得ないのか、数が有り得ないのか、きっと両方有り得ないのだろう。


「アレン様のお言葉は全て真実です。ネストの街に運ばれた10万人の負傷兵も明日には完治するでしょう」


 ソフィーが女王と将校たち全員を見てはっきりと断言する。

 そんなソフィーの言葉に、そこまではっきり言うのかと息を飲む者もいる。


「……真実であるのか。こ、これはまだ戦えるということなのだな」


「……そのようですね。何とお礼をしたらよいか」


 女王がこの奇跡に見合う礼は何をすればよいのかと考える。


「そのような話は後にしてください。まずは差し迫る亡国の危機を打開しましょう」


(礼を求めないとは言ってないぞ)


「し、しかし。1つ問題があります。敵に囲まれているこのような状況で大々的に行動をすると、魔王軍にも動きがあるかもしれません」


 エルフ達が回復することが分かれば、夜更けであっても大々的に攻めてくるかもしれないと言う。


「ああ、その点でしたら、これから夜襲を掛けるつもりでございますので。時を稼ぎますので迅速に行動していただけたらと思います」


「「「夜襲!!!」」」


「はい、野営地でぐっすり寝ているようでしたので」


 アレンはいつものように悪い顔をするのであった。

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