第167話 ネスト②

 アレンが、ソフィーと会議室にいた将軍や長老達との会話に割り込んだ。

 片腕を失った将軍は、自分に向けてソフィーが強く頷いたので、分かりましたと頷き返してからアレンに返答する。


「あ、ありがとうございます。今は軍議の最中ですので、ぜひご参加をお願いします」


(ん? 今すべきは会議ではないな)


 ここまで話を聞いたアレンにとって、これから会議をすることに意味はない。

 状況が変わっていくからだ。変えていくからだ。


 そして、もっと優先してすべきことがアレンにはある。


(えっと、フォロー頼むよ)


 アレンはソフィーをじっと見る。ソフィーが応えて頷く。


「軍議ですか? その前に腕の治療をしましょうか?」


「ああ、助かるが、しかしそんなことは構わず……」


 自らの腕よりローゼンヘイムを思う将軍のようだ。


「言うことを聞きなさい、ルキドラール」


「は、はい」


 自分の腕のことよりローゼンヘイムのために軍議を進めてほしかった。

 それでも王女のソフィーがそう言うので、ルキドラールと呼ばれた片腕を失った将軍は、アレンの元に歩みを進める。


 よく見ると、失った片腕の傷口を覆う布には赤い血がにじみ出ており、とても痛そうだ。


 アレンは収納から赤い桃の形をした物体を取り出す。


(天の恵みを使ってと)


 これは草Bの覚醒スキルにより作った回復薬「天の恵み」だ。

 体力と魔力を完治させる。効果は半径100メートルの範囲。


 天の恵みを使うと、ルキドラールの失った片腕が、覆う布を引きちぎる勢いでメリメリと生えてくる。

 怪我をしていたのはルキドラールだけではない。ここにいる怪我をしていたエルフは全員完治した。


「「「ば、ばかな!?」」」


 自らの怪我を触り確認する。傷口が全くない全快の状態に驚愕する。

 立っていたよぼよぼの長老も腰を抜かしてしまう。


「こ、これはエルフの霊薬か?」


「そうです」


(エルフもエルフの霊薬っていうんだな。この世界では欠損を治せる回復薬も回復魔法も限られているらしいからな。回復魔法で欠損を回復させるなら聖女クラスじゃないと無理なんだっけ?)


 綺麗に完治した腕に触れながらルキドラールが驚愕する。エルフの霊薬かと聞かれたので、肯定しておく。


 この世界において、回復薬にはいくつものランクがある。エルフの霊薬は、エルフの国ローゼンヘイムが秘蔵する貴重な回復薬と言われている。


 そして、欠損を治す回復薬はエルフの霊薬くらいしかないとも言われている。

 アレンの父ロダンの命を救ったミュラーゼの花という金貨5枚はする貴重な回復薬でも腕を生やすことはできない。


 回復魔法なら、レア度星3つの聖女クラスでないと欠損の回復は無理だと言われている。僧侶の才能があるキールはレベルもスキルレベルも限界まで上げているが、欠損の回復はできない。


「えっと、ちなみにこの街に避難してきた負傷兵はどれくらいいるのですか?」


「だいたい10万人ほどだ。怪我を負った難民を含めるともっとだな」


(結構多いが、上空から見たところではそれくらいか? いや助かった命で10万ならかなり少ないのか)


 エルフは国として人口が少ないとはいえ、どれだけの命が失われたのか分からない。


「その10万の負傷兵を全員回復させることができます」


「な!? そ、そんなことができるわけがない。た、戦えない者ばかりを退避させてきたのだぞ」


 さらにもう1つの天の恵みを手の上に出す。


「これ1つで、先ほど通った街の広場以上の範囲の負傷者を回復できます。そして、この回復薬は1000個あります」


 この建物に向かう過程で通り過ぎた街の広場があった。


(実際は3000個持っているけど。やはりと言うべきか、天の恵みの在庫が心配だな。早く補充できるようにしないとな)


 召喚獣にして戦うために1万2千個ほどのBランクの魔石を現在持っている。それとは別に、2年間の学園生活で貯めたBランクの魔石を天の恵みに変えている。


「せ、1000個。そ、そんなこと」


 とてもじゃないが、こんな代物が1000個もあるはずがないと思わず言葉にしてしまう。


「ルキドラール。アレン様の言葉を信じなさい」


「……は、はい」


 ソフィーの言葉にルキドラールが頷く。


「では、怪我人を集め、直ぐに回復するよう部下達に指示をする。そちらは部下に任せておいて、我らは軍議を進めればよいということだな」


(これで、怪我人がいない前提での作戦が立てられるが、それでもまだ不十分だ。ここは避難地だからな)


 今最もすべきことは何なのか。

 それは、戦場となっている最前線に行って前線を立て直し、魔王軍の侵攻を止めることだ。


「回復は部下に行わせて軍議を行うのは私も賛成です。ただし軍議には私自身ではなく代理の召喚獣を参加させ、我々はティアモの街に急行したいと思います」


 アレンは1000個の天の恵みをエルフ達に託す。そこら中に怪我人が溢れているのは目の当たりにしたが、街に来たばかりの状況で、具体的にどこにどれだけの負傷者がいるか分からないからだ。鳥Eの召喚獣では、上空から建物内を見ることはできない。


 確実に最小数の天の恵みで負傷者を癒すためには人員がいるし、それなりに時間もかかる。


「は?」


「申し訳ございません。陥落するまであと数日ということなら、もしかしてティアモと女王陛下を救えるかもしれませんので、これから我々は出発したいと思います」


「それは助かるが、申し訳ない。ティアモまで馬車だと急いでも1ヵ月はかかるのだ。魔導船なら間に合うかもしれないが、あんな大きいものでティアモに近づけば、魔王軍の餌食になってしまう」


 ルキドラールは続けて、もう手遅れだ。既に街は魔王軍に囲まれており、近づくこともできないと言う。


(魔導船はあるが、魔王軍側にも撃墜できるだけの敵がいるということか。軍議で魔王軍の情報はしっかり収集しないとな)


 今のルキドラールの発言を聞いて、収集しないといけない情報を把握する。


「エリー、分かっているな。しっかり情報を確認してくれ」


『はい、アレン様。承りましたデス』


「「「な!?」」」


 突然の霊B召喚でエルフ達が驚き慄く。


 霊Bの召喚獣を出し、情報を収集させる。共有もしているので、アレンの言いたいことは霊Bを通じて伝えることもできる。


(ああ、状況を伝えるためにポッポを1体出しておくか)


 連絡用に鳥Fの召喚獣も1体出しておくことにする。

 鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」は、100キロメートルの範囲内の任意の対象に、言葉だけでなく映像も含めてアレンが伝えたいことを一瞬にして伝えることができる。


 鳥Fの召喚獣がいれば、霊Bの召喚獣では伝言ゲームになって伝えるのに時間を要したり、伝えるべき内容が変わってしまったりすることを防いでくれる。


 ソフィーが、召喚獣の言うことを聞くように長老とルキドラールら将軍たちに指示を出している。


「皆、じゃあティアモに行くぞ」


「「「おう!!!」」」


 既にアレンに反対する者はいなかった。


 長老会が使用している建物から外に出ると、日は既に完全に沈んでいた。


 王女のソフィーが戻って来てくれたことを聞きつけたのか、多くのエルフ達が集まっている。涙ぐみ助けを求めるもの、感謝の言葉を捧げるもの、お逃げくださいと泣き叫ぶものと様々だ。


 魔導具で出来た街灯が人々の思いをぼんやりと照らし出す。


「アレン、例の召喚獣に乗って行くのか?」


 そんな中、ドゴラがどうやってティアモに行くか確認する。


「ああ、もちろんグリフォンに乗っていく。出てこいグリフ達!」


『『『グルル!!』』』


「「「「ひ、ひいい!!」」」


 体長5メートルに達する、ライオンの四肢と鷹の頭に翼を生やし、蛇の尾を持った巨大なグリフォンが7体現れる。


 後ろ足で立ち上がり、翼を広げたその体躯は建物の屋根にまで達する。

 その後、足を畳んで屈んだところに、皆が1人1体づつ跨っていく。


「では、ルキドラール。女王陛下と街の民は必ず救いますので、ネストを任せますよ。速やかに前線に復帰できるように指示をしなさい」


「は!」


 群衆も兵達も理解が追い付かない状況のまま、ソフィーが次の指示を出す。


 兵達がエルフ式の敬礼をすると、グリフォン達が翼をばたつかせ羽ばたき始める。

 地面を離れ、どんどん高度を上げ北へ向けて飛んで行く。


「……精霊王様の予言は本当だったのか」


 ルキドラールが見えなくなっていくアレン達を見ながら、小さく呟き行動を開始した。


(間に合わせる。絶対間に合わせるぞ!)


「皆、速くなるからしっかり掴まっていて!!」


「「「分かった!!!」」」


 なるべく固まって移動しているが、距離のある皆に聞こえるよう大きな声で指示を出す。


「グリフ達、天駆を使え!」


『『『グルル!!』』』


 グリフォンがどんどん速度を上げていく。夜間飛行するため追従させていた鳥Dの召喚獣はその速度に追いつけない。

 そもそも鳥Bと鳥Dでは素早さに3000近い違いがある。


 アレンは高速召喚を使い、鳥Dの召喚獣を前方に出し直し、夜目で確認できるエリアを更新していく。


 そして数時間も経たないうちに、街を囲むたくさんのかがり火と、その中心でぽつぽつ灯る明かり、そして建物か何かがいくつも燃えている街が見えてくるのであった。

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