第87話 鎧アリの巣①
年が明け3月になった。
セシルは半年ほど経ち、だいぶ元気になった。ミハイのこともあり、今まで以上に習い事に励んでいる。
「アレン、私も狩りに連れていきなさい」
こう言われるようにもなった。どうやらセシルは強くなりたいようだ。これは男爵が許可していないので、それはできませんと断っている。
あと半年と少しで12歳だ。館に来て3年半が過ぎて、時の流れの速さを感じる。
ミハイが死ぬ結果となったグランヴェル家にどのような務めがあるか、半年たった今でも分からない。以前、リッケルに王国はどこの国とも戦争をしていないと聞いた。ミハイの件もあり再度リッケルに聞いたが答えは同じだった。
この王国の北には王国の何十倍の国土を誇る巨大な帝国がある。何十年も前は戦争をしていたが、今では和平協定を結び戦争をしていない。リッケルは、そういう話を改めて教えてくれた。
狩りについてだが、2月の終わり、オークの村を全て滅ぼした。ゴブリン村より結構時間がかかったが、その甲斐もあって白竜山脈の麓からオーク村は消えた。ただ、グランヴェル男爵領側の白竜山脈の麓にだけ、オーク村があるわけではない。いつかまた、どこからかやってきたオークによって村が出来始めると思うが、現時点では完全に姿を消した。
おかげで来月の4月から予定通り、ミスリルの採掘に向けて、採掘地で働く人員も滞りなく確保できた。ゴブリンやオークがいなくなったため冒険者から職換えする者も結構いたらしい。こう聞くと、ゴブリン村やオーク村を滅ぼし仕事を失わせてしまったことを心苦しく思うが、実際に犠牲になった人々の遺体を見れば、やはり滅ぼして正解であったと思っている。
ミスリル鉱石をミスリルに錬成する溶鉱炉が置かれる村は春から準備を始める。採掘地についても夏過ぎには採掘を開始するという話であった。
最初の数年は、そこまで生産は見込めないが始めることが大事なのかなと思う。
1つ心配があるとすればカルネル子爵だ。2年前の3月に白竜の移動が報告された。
丸2年になるのだが、一切男爵に何か連絡はしてきていない。白竜が移動してミスリルが採れなくなったのに音沙汰がない。ミスリルなしで領の運営をできるとは思えないが、泣きついてくるわけでもない。この沈黙が逆に不気味に感じる。男爵も気にしているようで、よく執事に確認させている。
ゴブリン村とオーク村を全滅させた今もアレンは白竜山脈にいる。白竜山脈の麓ではない。
森を抜け植物が少なくなり始めた荒涼とした場所にいる。森を抜けたことで、白竜山脈の全容が見えてきた。山脈は長く、そして広範囲にわたる。いま見ているのはその斜面の一部だ。しかし、召喚獣と共有して上空から見るのと、直に山肌を見るのとはでは迫力が違う。
(さて、鎧アリの巣はあれだな)
傾斜にできた大きなかまくら状の膨らみがある。この膨らみに縦横3メートルほどの鎧アリが出たり入ったりしている。
(む、結構巣穴は小さいんだな。いや鎧アリが大きいのか)
巣穴の大きさが鎧アリ1体出入りするだけの大きさしかない。人が出入りするには十分な大きさに見えるが、鎧アリには小さいように思える。ほぼ鎧アリと同じ大きさの巣穴だ。
(これって鎧アリが邪魔で中に入れないんじゃないのか?)
鎧アリの討伐方法について、レイブンから聞いた。レイブンも誰かから聞いただけの話のようで、いつもほど明確には答えてくれなかった。そのレイブンの話では女王鎧アリというBランクの魔獣が巣の中にいて、その魔獣を倒さなくてはいけない。でないと、女王鎧アリが鎧アリを産み続けるという。
鎧アリの巣から大量の鎧アリが出入りしている。侵入を試みても、巣穴の道を鎧アリに塞がれてしまうことが容易に想像できる。
(まるで一方通行のトンネルだな。穴が小さくて、蟻的に不便じゃないのかね? これは、全部とは言わないが、かなりの数の鎧アリを外に出して倒さないと侵入できないのか?)
この巣の中には1000体を超える鎧アリがいるという。元々殲滅するつもりでいた鎧アリであるが、親玉である女王鎧アリを倒すには、まずは巣にいる蟻を外に出して倒す必要があるようだ。
アレンは4体の獣Dの召喚獣、1体の虫Dの召喚獣、1体の魚Dの召喚獣を召喚し、共有した状態で鎧アリの巣に向かわせる。
(何事も挑戦だな)
どんな仮説もやってみないと分からない。ここには攻略本も何もない。この6体の構成でどの程度対応できるか判断する。アレンはオーク村で追い詰められた反省から、少し離れたところから攻めてみる。
むき出しの岩や石の多い荒涼とした場所を、6体の召喚獣が向かう。獣Dの召喚獣はそれなりに大きいため、すぐに気付かれる。構わず前に進んでいく。
『ギチギチ!』
『『『ギチギチ!!』』』
さらに召喚獣たちが近づいていくと、1体の鎧アリが大顎を鳴らし、警戒音のような音を発した。すると呼応するかのように、既に外に出ていた鎧アリが反応して、大顎を鳴らし警戒音を鳴らし始めた。
鎧アリの大合唱に呼ばれたのか、ぞろぞろと巣から鎧アリが出てくる。数十体の鎧アリが巣の周りを囲む。
(おお! いいねいいね、どんどん湧いてこい。無限に湧いてくれ。これは6体の召喚獣じゃ足りないな。もっと増やすか)
さらに20体の獣Dの召喚獣を召喚する。既に強化済みの獣Dの召喚獣がアレンの指示の下、鎧アリの巣に向かっていく。
鎧アリの巣の周りが戦場と化す。
鎧アリの鎧は硬いため、獣Dの召喚獣には頭を潰すように言っている。鎧より頭を守る外骨格のほうが幾分柔らかい。普段から召喚獣隊で狩りをするときからそのように指示をしている。
なので、改めて指示をしなくても、頭を狙いかみ砕くことは分かっているようだ。向かった先から頭を狙い攻撃をしている。
狩りをするうえで最も大事なことは、いかに魔獣を短時間で狩るかだ。狩り効率は魔獣の数に比例する。
(むう、やはり動きが悪いな)
アレンは鎧アリの巣から50メートル以上離れたところから、鳥Eの召喚獣の鷹の目で戦況を見ている。
獣Dの召喚獣の攻撃により鎧アリの死体を増やしていっているが、何も問題がないわけではない。獣Dの召喚獣の弱点もこの量の鎧アリを倒す中で見えてくる。
鎧アリの外骨格はとても硬い。このため獣Dの召喚獣の一撃では、外骨格で覆われた鎧アリの頭を砕いて倒すことができない。
より効率的に倒すためには連携が必要になる。皆で1体の鎧アリを攻撃し、1体ずつ確実に倒したほうが損害を抑えられるのだが、その連携がうまくいかない。
アレンは、他の獣Dの召喚獣が攻撃した魔獣を優先して攻撃しろとか、色々指示を出している。しかし、状況が目まぐるしく変わる長期戦になると無駄が大きくなる。この鎧アリはあと一撃で倒せるのに他の鎧アリを攻撃し、見逃した鎧アリから攻撃を受けてしまう、などのミスをしてしまう。
遠くから見ると無駄が散見される。
(知力100を超えた程度では、独自の判断にミスも多く、他の召喚獣とコミュニケーションが取れないと)
一定の確率で誤判断をするように組まれているのか、長期戦になるとミスが目立つ。これも訓練したら改善するのかと長い目で見ているが、どうも知力が関係しているようだ。
知力依存に関しては強化により知力が400に達する鳥Dと魚Dは、召喚獣同士でコミュニケーションが取れている。
鳥Dの召喚獣は『ホー』としか言えないし、魚Dの召喚獣は声が出せない。しかし、それでも意思の疎通を行える。
(とりあえずこんな感じかな。知力300台の召喚獣がいないから仮の検証結果だな)
様々な知力の召喚獣が増え、検証した結果
・知力100未満
特技を使えしか言うことを聞けない。
・知力100以上
特技以外の指示が理解できる。判断ミスがある。
他の召喚獣と意思の疎通はできない。
・知力200以上
判断ミスが少なくなる。
・知力300以上
該当の召喚獣がいないため、検証不能。
・知力400以上
召喚獣同士でも意志の疎通ができる。共有によりアレンと意思を疎通して指示ができる。
(知力が400あれば、共有した召喚獣を通して指示ができると)
この検証の結果、共有した知力400の鳥Dを召喚獣隊のリーダーとして指示をすれば、共有していない獣Dの召喚獣への指示が可能。しかし、共有による指示をした鳥Dの召喚獣から、獣Dの召喚獣に伝言ゲームのように指示をすることになる。単純な指示でないとうまくいかないことが多い。
鎧アリの巣の攻防を見ながら、獣Dの召喚獣の動きを見て新たな可能性について模索していくのであった。
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