第86話 金貨とお菓子
セシルの家出騒動から数日経ったある日のこと。アレンは鳥Gの召喚獣になってクレナ村にやってきていた。
今日も仕送りの金貨を持ってきている。去年の7月から始めた仕送りはこれで10回以上になる。
チャリン
鳥Gことアレンが金貨を土間に落とした音で、後ろを向いていたテレシアが気づいた。
「あらピッピちゃん、こんにちは、また持ってきてくれたの? 今日は手紙もあるのね」
(チャッピーだけどね)
『ピ!』
鳥Gの召喚獣の足元には1枚の金貨と羊皮紙に書かれた手紙がある。金貨を嘴に、手紙を足で掴んで持ってきた。
テレシアが近づいて、土間に落ちている金貨と手紙を拾う。
3回目の仕送りで鳥Gの召喚獣はテレシアに見つかった。と言うか見つかるように土間に入った。
仕送り3回目にして、初めて手紙を持ってくるようにした。初めての手紙には一言しか書かなかった。
『アレン』
とだけ書いただけだ。両親はほとんど文字が読めない。家族の名前が分かる程度だ。だが、それだけで両親は察してくれた。
「ぴっぴちゃん!」
居間から4歳になったミュラがピッピを捕まえようと土間に出てくる。アレンが名付けた『チャッピー』ではなく『ピッピ』の名前で定着してしまった。
(掴まれなければどうということはないな)
鳥Gの召喚獣は素早さ200を超えている。狭い土間であろうとも、華麗に我が妹ミュラの魔の手から逃れる。
「もう、ミュラだめよ~」
「は~い」
「お! また来ているのか。アイツ大丈夫なのか?」
ロダンが家に入ってくる。土間で水甕の水でのどを潤している。
今はお昼頃で、家族でこれから昼食だ。ロダン、テレシア、マッシュ、ミュラで食事を取っている。平民になったが、家もそのままだし、食事風景もいつもと変わらない。
「てがみがきているの? みせてよ」
そう言うとテレシアが拾った手紙をマッシュが手に取る。
(お? 読めるようになったかね?)
手紙を出すようにしたのには、金貨が落ちていて家族が不審がるからという理由だけではない。去年からマッシュが文字を習い始めた。
去年、村に講師がやってきて、クレナの受験勉強が始まった。学園都市に行くための2年間の勉強だ。村長の取り計らいで、マッシュも一緒に勉強してもよいと言われた。ドゴラやペロムスなど、他にも数人の生徒がクレナと一緒に勉強をしている。
勉強自体は見たことないが、どうやら文字を覚えたり、算数の授業があるようだ。羊皮紙に書かれた文字をこの家に持って帰って、マッシュが声に出して必死に覚えている。
つたない言葉で読み始める。
『 とうさん、かあさん、まっしゅ、みゅら、げんきにしていますか?
あれんは、げんきにしています。
とうさんは、おさけをのみすぎないように。
みゅらは、よるはいいこでねるんだよ。
また、てがみをおくります 』
(ほうほう、だいぶ文字が読めるようになったな。勉強は順調のようだな。正直、父さんも覚えようと思えば早く覚えられると思うんだけど)
レベルアップによる知力の上昇で物覚えの速度が変わる世界だ。ロダンの知力の能力値がDやEであったとしても、ボア狩りでレベルが上がった分、人より物覚えはいいのではと考えている。文章くらいなら1年くらい真面目にやれば読み書きできるのではと思っている。
「ミュラ、おにいちゃんがちゃんとねるようにいっているぞ」
「ちゃんとねてるもん!」
蒸した芋を握りしめたミュラは頬張りながら、いい子で寝ていることを主張する。
「それにしても、こんな仕送りをして、アレンは大丈夫なのか?」
何度か仕送りは大丈夫であると手紙に書いているが、それでもロダンは心配をする。金貨1枚は、農奴にとっても平民にとってもかなり高価だ。
アレンは鎧アリの鎧を売り始めてから、給金と合わせて月に金貨10枚以上を稼いでいる。金貨1枚の仕送りはアレンにとって負担ではない。心配し過ぎないように金貨1枚で抑えているだけだ。
従僕になって1年半以上、家族には何もしてこなかったが、共有で仕送りが容易になった。異世界では生活の保障が前世のようにはない。何に入り用があるか分からないので、当面仕送りは続けるつもりだ。
共有で鳥Gの召喚獣に指示をしながら、家族の無事を確認しているとセシルから声が掛かる。今は食堂で男爵家の昼食中だ。
「アレン、あとで部屋に来なさい」
「はい、セシルお嬢様」
セシルはここ数日で、なんとか気持ちを持ち直したようだ。王家の使いが来る前ほどではないが、もう何処かに出ていくような不安定な感じではない。
アレンに対しても、若干優しくなったような気がする。口調は相変わらずだが、視線が若干柔らかくなった。
給仕を終わらせ、ほどなくしてセシルの部屋に向かう。ノックをしたら入ってよいとのこと。
「アレン、この前は私を良く見つけたわね」
「ありがとうございます」
部屋に入って早々、先日の家出のお礼を言われる。
「こっちに来なさい」
「はい」
さっきまで実家の風景を見ていたせいで、セシルの部屋が豪華に見える。
セシルに来るように言われたのは、部屋に置かれた2人でお茶をするくらいの小さな丸テーブルだ。
座りなさいと言われる。テーブルの上にはお茶とお菓子が載っている。普段セシルが食べているお菓子より豪勢に見える。
「アレン、私の従僕になって3年になりますね。先日は、私を見つけてくれましたね。これは褒美です」
(お! お菓子だ! ご褒美きた!! それにしても従僕2周年記念がなかったが、3周年はあるのか)
セシルの従僕になって1年の時に褒美をあげると言われた。アレンが従僕1周年記念と名付けたそれで、魔法の授業を受けることができた。お陰でこの世界の魔法使いと知力の関係を知ることができた。
去年は1周年記念で頼もうかと思ったお菓子にしようかと思ったが、そもそも2周年記念がなかった。忘れているのか、1周年で飽きたのかと思っていたが、3周年は先日の家出の件も含めて褒美を頂けるようだ。
アレンは椅子に座らされる。
セシルがこのお菓子をどうやって用意したかの説明を始める。
なんでも男爵に言ってお小遣いをもらい料理長に作ってもらったという。このお菓子には男爵からのお礼も含まれているようだ。
(おお! さすが料理長、元宮廷料理人だ!!)
豪華なお菓子を見て、リッケルに以前聞いたことを思い出す。
この館には、以前王城で働いていた人が2名いるという。
1人が料理長。50歳過ぎまで王城で宮廷料理人を務め、引退してから故郷であったグランヴェル領に帰ってきたという。あの口調でも宮廷料理人が務まるのかと話を聞いて思った。
もう1人はセシルの魔法の講師だ。アレンに魔法について色々教えてくれたかなり年配の講師は、王城に勤めていた。別にグランヴェル領は魔法の講師の故郷ではない。
なぜ今、この館で講師をしているかというと、全てはセシルのためだという。
通例であっても、貴族に魔法を使える才能があれば、講師を雇って魔法を教える。
しかし、セシルは、魔導士というかなり貴重な才能を持っている。魔法使い程度なら、わざわざ王城から講師がやってきたりはしない。
同じ魔導士の才能を持ち、そろそろ引退したいと言っていたので講師に抜擢されたのだそうだ。今では週に1回セシルに授業を行なって、普段は貴族街に与えられた住居で隠居生活をしているという。
「さあ、お食べなさい」
「はい」
食べていいと言われるのでバリバリと甘い焼き菓子を食べる。
(むっちゃうまい!)
元々甘党なアレンが、遠慮せずにもりもりとお菓子を食らう。
「アレン、アレンは心配しなくていいのよ」
「え?」
(なんのお話?)
食べていたら、セシルがまだ話がある様なので、手を止めて話を聞く。
「アレンは将来に不安を思って冒険者の話をしてくれたようですけど、その心配はないわ」
(冒険者? ああ路地での話か)
セシルが家出して路地に座り込んでいた時、元気づけるため冒険者になろうみたいな話をした。
「アレンは立派に働いています。なるべく早く従者に引き立ててあげるよう、父様にも言っています」
(ぶっ!!)
セシルは笑顔で従僕から従者に引き立てると言った。アレンは「勿体なきお言葉です」としか言えないのであった。
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