第85話 家出
「セ、セシルお嬢様!」
女中がセシルの部屋に入ると、いつもベッドに寝ているセシルがいなかった。アレンも女中の叫びを聞いて、セシルの部屋に入る。
(ま、窓が開いている! ここから出たのか!?)
セシルの部屋は3階だ。本当にそんなことは可能なのかと窓の外に顔を出す。ここから見える庭先のどこにもセシルは見当たらない。
「な、何事ですか!?」
執事も異変に気付いて、駆け込んでくる。女中が事情を説明すると、執事が「皆で館内を探すのだ!」と指示を始める。
男爵も男爵夫人も異変に気付き、あたりを探し始めるが見当たらない。
男爵家も使用人も皆で探し始める。いないぞ、ここにもいませんと、庭先や馬小屋まで探すがどこにもいない。
アレンが、執事に声をかける。
「執事、もしかしたら街中にいるかもしれません。街中を探してもよろしいでしょうか?」
「そうだな。頼んだぞ!」
はいと返事をして、アレンは従僕の格好のまま館から飛び出す。
(どこだ!)
アレンは先ほどセシルの部屋の窓から外を見た際に8体の鳥Eの召喚獣を空に飛ばした。家の中から家の外に召喚獣を召喚するときは、外が見えていないと召喚はできない。
共有済みの鳥Eの召喚獣の特技「鷹の目」が街の全体を索敵し続けている。
(この街は無駄にデカいんだよな。家の中に入ってくれるなよ)
100年以上前ミスリルで栄えていたのか、無駄に広く感じるグランヴェルの街だ。鷹の目では建物内が索敵できないため、外にいることを願う。
(いた!)
アレンはセシルを発見する。アレンが一度も行ったことない繁華街の大通りから、何本も中に入った路地の隅に座っているセシルを発見する。お世辞にも綺麗ではないその場所に、うつむき加減で表情は見えない薄紫色の髪をした少女がいた。
アレンが急いで向かうと、そこは上空から見た通りのスラムに近い様相であった。風景はもちろん空気も淀んでおり、どこかジメジメした場所にセシルは1人座っていた。
アレンの足音に気付いたのか、一瞬肩でビクッと驚きセシルが顔を上げる。
「アレン?」
「はい、そうです」
返事をしたアレンは、失礼しますと言ってセシルの隣に座る。アレンは何も言わず横に座っていると、セシルが言葉を発する。
「連れ戻しに来たの?」
「いいえ」
「え? じゃあ?」
「私はセシルお嬢様の従僕ですからね。外にお一人で出られましたので、いつものように御同行しに参りました」
セシルとは、この街で色々な場所に従僕として出掛けた。買い物であったり、貴族の娘として行事で街にでることもある。用事がなく散歩に付き合うこともあった。
今のこの状況はそれと同じだと言う。
「……」
そんなことを言われるとは思ってもみなかったのか、セシルの口からは言葉が出てこない。そんな彼女の足が裸足であることにアレンは気付く。よく見たら、床石で足の裏を切ったのか、ところどころ出血をしている。どうやらそれで歩けなくなってここで座っていたようだ。
「セシルお嬢様、足にお怪我をされていますね。私が薬草を持っていますので治しますね」
そう言ってアレンが命の草で回復させてあげる。
「え……」
瞬く間に傷が治るその薬草に驚く。暫く、アレンは何も言わずセシルの横に座っていると、セシルのお腹の虫が鳴る。恥ずかしそうにセシルがお腹を押さえる。
どうやら昨日から何も食べておらず空腹のようだ。
「セシルお嬢様、こんなものしかございませんがどうぞ」
モルモの実や、干し肉、干し芋を収納から出してあげる。「どこから出しているの?」と言いながらも空腹だったのか必死に食べる。その間もアレンは黙って路地の端を見つめ続ける。
(さて、こんなところで絡まれたらたまらんからな。ん?)
治安を心配するアレンが狼藉者に絡まれたら困ると、全力で上空から鷹の目で索敵していると、
グスグス
お腹がいっぱいになったため、心に余裕ができたようだ。昨日のことを思い出し、セシルがすすり泣いている。小さな声で「死にたくない」という言葉が隣に座っているとよく聞こえる。
(ふむ、11歳の少女を励ましたことなどないが仕方ない)
「セシルお嬢様」
「なに?」
「もう館には戻らず私と一緒にこの街を出ませんか? 確か明日なら魔導船もやってきますし、街から陸路で他の領にいくこともできますよ」
「え!?」
まさか家出を助長してくるとは思わなかったようだ。頭を下げて俯き加減だった顔を全力であげアレンを見る。
「家のことなんて忘れて一緒にいろんな街に行って、いろんな世界を見てみませんか?」
(見るのは街より魔獣がメインだけど。今ちょうど後衛が足りなかったところだ)
魔獣は死を連想するから街に表現を変える。アレンの召喚獣に遠距離攻撃できるものはいない。
「そんな無理に決まっているじゃない!」
「そんなことはありませんよ。ほら」
街からの逃走のための資金はありますよと、パラパラと金貨を出して見せる。
「え?」
「まあ、一度館に戻って12歳になるまで待つこともできますね。12歳になったら冒険者登録もできますし、それからでもいいかもしれませんね」
「そんな、学園が」
セシルは12歳になったら学園都市にずっと行くものだと思っていた。そういうものだと聞かされてきた。
「学園なんて行く必要ありませんよ」
「必要ない?」
「はい、誰かに行けと言われても、行く必要ありません。セシルお嬢様はどうされたいんですか? 全てはセシルお嬢様次第ですよ」
「私がしたいこと……」
アレンは人生に選択肢があることだけ伝えたかった。それを聞いてセシルが考え事を始めたので黙って待つ。もしかして自分が何をしたいか初めて考えたのかもしれない。
横に座って静かに、1時間ほど経過する。
騒ぎが大通りから離れたこんな裏通りの路地まで聞こえてくる。どうやら大掛かりな捜索になってきたようだ。
「アレン」
「はい」
「私、館に戻るわ」
「分かりました」
「アレン、おぶって」
「どうぞどうぞ」
アレンが背中を出し、裸足のセシルを背負う。路地から大通りを目指して歩きだす。
「アレン」
「はい、なんでしょう?」
「ありがと……」
気恥ずかしそうに、肩に顔をうずめお礼を言われる。
「いえいえ」
セシルを背負い、大通りに出ると騎士と目が合う。セシルお嬢様を発見しましたと伝え、セシルを背負ったまま走らずゆっくり館に戻る。
歩いて戻ったためかなり時間をかけて戻った。セシル発見の知らせが出ており、既に捜索は中止してあるようだ。走り回る騎士は見なくなった。
館の前で男爵家が並んで待っている。両親の立つ少し前で、「ここで降ろしてほしい」とセシルに言われ、玄関先で降ろしてあげる。
「セシル……」
男爵がセシルを抱きしめる。
「お、お父様、御迷惑をおかけしました……」
「良いのだ、本当に良いのだ」
「そうよ、セシル。セシルだけが背負うことはないのよ」
横で男爵夫人もセシルの帰りを涙して喜び告げる。
抱きしめていた男爵が、腕を伸ばしセシルの両肩を持ってセシルに言う。
「もうすぐだ、もうすぐなのだ」
「え?」
「もうすぐミスリルの採掘がはじまる。採掘権の一部を王家に献上すれば、お前の務めは免除できるかもしれぬ。私がしっかり王家と調整するからセシルよ、お前は何も心配することはないんだ」
昨日セシルが怒って3階まで上がってしまって言えなかったことなのか、男爵がセシルに心配はないと言う。
(そうか、だから急いでいたんだ)
去年、白竜が移動したと聞いて、それからの男爵が、少しでも早く採掘を開始するように急いでいる感じがしていた。ミスリルの採掘には、愛娘の命がかかっていたようだ。
「いいえ」
「ぬ?」
その言葉をセシルが拒絶する。先ほど、路地で決意したことと違うようだ。
「わ、わたしセシル=グランヴェルはグランヴェル家の務めを全うします。ミハイお兄様が全うされたように、もう逃げません」
釣り目がちの深紅の瞳を持つ少女は、震えるような声でそう言い切ったのであった。
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