第78話 調査
10月に入り、アレンは10歳になった。今月でアレンはこの館に来て2年間働いたことになる。
ここに来るまでは従僕を2~3年務めて、やはり自分にこの仕事は合いませんでしたと執事に伝えて帰る予定であった。今でも12歳で従僕は辞めるつもりであるが、この2年でグランヴェル家に随分関わってしまったなと思う。
あと半分の2年でお別れかと思いながらも、日々従僕の仕事はきっちりやろうと思っている今日この頃。
朝は従僕長のリッケルと雑談をしながら朝食を摂る。アレンが10歳ならリッケルは20歳になった。自分がこの館で2年働いたみたいな話をしたら、リッケルは12年になるという。従僕の前には、小間使いを何年もしている大ベテランだ。いつも話に乗ってくれて助かっている。
セシルのお世話の中でも少しずつ変化が出てきた。セシルもアレンと同じく10歳になり、子供ながらの我儘が減ってきたなと思う。パシリで街に買い物に行く機会もずいぶん減ってきた。まあ、性格は相変わらずだ。
他に変わったことといえば、今日から狩猟番についても月金貨1枚にすると執事に言われた。これで今月の給金から従僕分の金貨1枚と合わせて金貨2枚だ。従僕長の給金を抜いてしまった。
今日は騎士団長がミスリル鉱の採掘地の調査から戻ってくる。会議室ではなく、食堂で報告してほしいと心から願っていたら、食堂で報告するという。食堂なら騎士団の調査の状況を入手できるので、とても助かる。
昼食を食べながらの報告ということもあり、アレンは給仕をしながら耳をそばだてる。
「それで、ミスリル鉱の採掘地はどうなっている?」
早速、男爵が騎士団長に採掘地の状況を確認する。3月に白竜がカルネル子爵領に移動したことが分かってから、すぐに調査の指示をした。
どうやら男爵はすぐにミスリル鉱の採掘に取り掛かりたいようだ。調査の指示を出すのも早かった。貧乏領主なので、少しでも利益を出したいことなのかなとアレンは考えている。
「では、現地の状況から」
座っている椅子から腰が少し浮いているかのように、男爵が食い気味で聞く中、報告が始まる。
やはり、100年以上前に使っていた採掘地は魔獣の巣窟になっていた。男爵が眉をひそめながら騎士団長の話を聞く。
白竜山脈の麓にはゴブリン村、オーク村が複数あり、白竜山脈には鎧アリの巣がいくつか発見された。
「そして、輸送経路については」
採掘地の周りだけ魔獣を排除すればいいわけではない。だから、半年以上も調査に時間を必要とした。
採掘地で採れたミスリル鉱をミスリルに加工する溶鉱炉などを置いた精製所、輸送のための道の整備など、かなり広い範囲になる。
今騎士団長は、採掘地から過去に加工に使っていた村の跡地を繋ぐ道、村からグランヴェルの街にミスリルを運ぶための道についても多数の魔獣の巣窟が発見されたという話だ。
「それで、実際に全ての魔獣を掃討し、ミスリルの採掘が開始されるのにどれくらいかかるのだ?」
もっとも聞きたいことを聞く。いつから採掘が可能なのか。
「それは、最低5年はかかるかもしれませぬ。炭鉱夫や加工する溶鉱炉で働く人も募集する必要もございます」
最低で5年。炭鉱や村の再開拓も期間に入れたら10年近くかかるかもしれないと騎士団長は説明をする。執事も確かにそれくらいかかりそうだと同意する。
「ご、5年など待てぬ。もっと早くする方法はないのか? 例えばグランヴェルの街に最も近い場所から1つずつ採掘を開始するといったことも可能であろう?」
男爵の考えでは、採掘地は4か所ある。わざわざ同時進行で全ての採掘地でミスリルを採掘できる必要はない。
白竜山脈は北から南に連なっている。最北にある採掘地が大体グランヴェルの街の同じ緯度だという。だから街から最も近い北から順に採掘地の整備を進めてほしいという。
「確かに、それでも3年はかかるかもしれません」
「さ、3年か。無理は承知で言っている。なるべく早く頼むぞ」
男爵は天を仰ぎ、それでも3年はかかるのかと目をつぶり思う。どうしても早く採掘を始めたいようだ。
「は!」
(ほうほう、やはり北から攻めるか)
アレンは給仕をしながら話を聞いていた。この時山脈の採掘地を上空から見ながら話を聞いていた。鳥Eの召喚獣に鷹の目を使わせながら、山脈上空を飛んでいる。
アレンは、共有を使い白竜山脈で最も北にある採掘地の場所を確認する。旋回させ、ゴブリン村やオーク村、鎧アリの巣を探し始める。
アレンが共有を使い確認しているところ、執事は「では採掘地等で働く人員の募集を始めます」と言う。
「それで、カルネル子爵領の状況はどうなっている?」
男爵がミスリルの採掘についてある程度話がまとまったので、次の質問をする。
「は! 白竜がいるのですが、それでも無理やり採掘を強行したため、白竜の怒りを買ったという話を聞いています」
自分の近くでちょろちょろする人間に激怒した白竜が、火を噴き一掃したという話だった。
(やばい、やはり索敵がかなり広いんだ。鷹の目の上位版だな。白竜を見に行かなくてよかった)
アレンは白竜をまだ見たことがない。鳥EやDの召喚獣に共有すれば見に行くこともできるのだが、それはしていない。
それは鷹の目の特技の性能と白竜の行動を考えれば、かなり危険であると判断したからだ。
鷹の目は遮蔽物の向こう側を見ることはできないが、その範囲は半径数キロメートルに及ぶ。
白竜はなぜ、山脈の裏側は採掘を許すのか。白竜から見て山脈の裏のほうが、山脈の表の最も遠い採掘地より近いこともある。
採掘地のほうが白竜より離れているのに採掘できず、白竜から近い山脈の裏は採掘できる。
これは、白竜の索敵が鷹の目と同様の特徴を持っており、遮蔽物の向こう側を感知することができないのではないかと予想する。その遮蔽物が山脈となっている。ただし、その範囲は鷹の目をはるかに超える数十キロ以上の範囲に及ぶと考えた。
もし、鳥Eの召喚獣で白竜の索敵範囲内に入り、反応した白竜が男爵領側に戻ってきたら困る。見たいだけのためにそんなリスクは負えない。
「ふむ、やはり無理に採掘をさせたか」
男爵が難しい顔で話を聞いている。
「はい」
「カルネル卿は、領内開拓令をミスリルの採掘があるから、新たな村など手に負えないと無視し続けたからな」
ミスリルの利益の一部をチラつかせ、王家の命令を無視し続けたという。金にものを言わせてかなりあくどいこともやっていたように聞こえる。
「たしかに、カルネル子爵領ではもうミスリルは採れないという話です」
(やはり、隣領だから状況を確認しているんだな)
「まあ、今年は蓄財があるだろうが、来年以降は予断を許さぬな。何かおかしなことをしてくるかもしれぬ。今後も確認を怠るでないぞ」
「承りました」
カルネル子爵領は今年ぐらいなら蓄財を王家に納めて、なんとかなるだろう。しかし、来年以降王家への納税も滞るようになると予想する。今後、何をするか分からないので、執事にはカルネル子爵領の状況を常に確認するように指示をする。
「あと分かっていると思うが、カルネル卿と会う予定はない。話をしても無駄であるからな」
「では、そのように」
面会を求められても断れという男爵の言葉に、執事が頭を下げ返事をする。
どうやら、食堂での報告会は以上のようだ。
騎士団は今後、白竜山脈の北から順に魔獣の討伐を行っていく。
執事は、新たな鉱夫の募集とカルネル子爵領の確認を行っていく。
(北からか、では北から魔獣を討伐していくぞ)
アレンの予定が決まった。ゴブリン村にもオーク村にも鎧アリの巣にも数に限りがある。限りがあるといっても巣や村は合わせて100を超えそうだ。
(なるほど、俺の今後の2年間の仕事だな)
アレンの中で1つの決意が芽生える。2年後に冒険者になって館を出ていこうと思う。その前にせめてお世話になったお礼に魔獣を掃討しようと考えている。男爵が早くミスリルの採掘を始めたいならなおさらだ。
ミスリルの採掘に邪魔なゴブリン村、オーク村、鎧アリの巣を全て掃討しようという目標が出来た。
(まずは一番弱いゴブリン村から始めるか)
そして、騎士団に経験値を奪われるわけにはいかない。魔獣は北から討伐していこうと考えるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます