第37話 腕相撲①

 年が明けた1月2日。アレンはクレナと2人、クレナの家を目指している。


「たくさんもらったね」


「そうだね」


 嬉しそうに話すクレナである。2人で住宅街から村へ向かっているのである。


 昨日は1月1日の年明けだ。異世界でも年明けを祝う風習があった。アレンの家では特に何か特別なことをすることはなかった。お酒も出ないし、現実世界で言うところの餅的な食べ物もない。


 しかし、去年の1月の半ば以降にペロムスという村長の息子が騎士ごっこに参加するようになった。平民は年明けに何かするのか聞いた。


 年明けに村の皆を呼んで宴会をするらしい。どうやらドゴラも毎年のように参加しているとのこと。さらに、その話を聞いていたドゴラが言う。お前らもこいよと。


 年明けの宴会に招かれた。そのまま泊って帰ったので、朝帰りで今帰宅中である。手にはたくさんのお土産がある。


 去年のボア狩りの成功を祝って、例年より盛大に行われた。


 去年のボア狩りはその前の年の1.5倍の15体のボア狩りを領主から命令されていた。アレンによる長槍式の新人育成のもと、狩りの回数を増やし18体捕まえた。もちろん全員大怪我することもなくである。ノルマは達成した。


 村長からもロダンとゲルダを宴会に誘っていたが、小さい子がいるのでと辞退された。そこにきての、アレンとクレナの参加である。ボア狩りを成功させた立役者の子供だけでも参加してくれて、村長も格好がついた形だ。


「ただいま!」


 家に着いたクレナが土間の前でただいまを宣言する。


「ねえね!」


 もう歩けるようになったリリィがクレナに抱き付いてくる。随分仲が良いようだ。クレナが頬をモミモミしている。その横にはマッシュもいる。


「おう帰ったか」


 ゲルダがいる。ミチルダもいる。そして、


「村長宅は楽しかったか?」


「お帰り」


 ロダンとテレシアとミュラもいる。


「ただいま、父さん、母さん、ミュラ。楽しかったよ」


 今日は、クレナ家でのお泊り会だ。2日連続のお泊り会である。


 事前にペロムスからお土産があると確認していた。お土産もあるので、翌日はクレナ家でお泊り会を開こうと呼びかけた。


 貰った肉やら果物を渡す。それを元に、ミチルダとテレシアが料理を始める。1日ぶりのアレンとクレナがマッシュとリリィと遊ぶ。


 そうこうしているうちに、料理が出来上がる。農奴な2つの家族であるが、お土産もあってずいぶん豪勢になったと思う。狩りに沢山出たおかげで、グレイトボアの肉も、アレンが捕まえたアルバヘロンの肉もある。


 団欒の中、家族なりの宴会が始まる。家族も増えて、大人4人子供6人はとても狭い。宴会も楽しかったが、やはりクレナの家でのお泊り会のほうがいいなと思う。


 ロダンやゲルダへのお礼を村長が言っていた話など、宴会の話をする。クレナは食事に夢中になっていてあまり覚えていないようだ。そんな中、ゲルダがもじもじしながら、会話を聞いている。


「なあ、アレン」


「はい?」


「その、アレンの後ろにあるのって、もしかして」


 アレンの背中の後ろには村長宅からのお土産がある。数リットル入る程度の小さめの木の樽である。


「え? これ? お酒だけど」


 アレンはお酒をお土産に貰って帰ってきた。他のお土産と違って渡していない。


「「おお!!!」」


 思わず声が漏れる2人である。ロダンとゲルダの目が輝く。


(ふふ、釣れたで。やはり2人とも酒好きか)


 そんな、2人の目の輝きを無視して、クレナと話をする。


「「な!?」」


「え? どうしたの?」


 お酒の話がなぜか流されて、驚くロダンとゲルダである。この話の流れはお酒が貰えるものと思っていたようだ。


「いや、村長からのお土産なんだろ?」


「うん、僕がもらったお土産だし」


 何言っているの? という顔をする。


「は? お前酒飲めないだろ!」


 ゲルダが全力でツッコむ。ロダンもそうだそうだと言っている。もう酒のことしか考えていないようだ。テレシアとミチルダも何事だという顔をしている。


「も~しょうがないな~。僕の酒だけど、力勝負に勝ったらあげるよ」


 あくまでも自分の酒であるという。欲しかったら勝負に勝てということだ。


「「はぁ? 力勝負だ」」


「でも止めとくなら、それでいいよ。お酒あげないし」


 居間に沈黙が生まれる。クレナが食べ物を口に詰めて、何々って顔をしている。


「いいぜ、力勝負だな」


 ゲルダが乗ってくる。やる気満々だ。これはこれで面白いようだ。腕に力こぶができる。ロダンを見る。父さんはどうするということだ。


「ああ、息子に力勝負で負けるわけないだろ」


「じゃあ、力勝負ね。僕は1人で相手するから、2人とも負けたら僕の勝ちでいい?」


「ん? 余裕だな。まあ、いいぜ」


 2対1でいいのかと思うゲルダだ。ロダンもその横で頷く。


「じゃあ、僕が2人から負けたらお酒をあげるね。で、僕が勝ったら何をくれるの?」


「「え?」」


 また驚いて2人同時に疑問の声を上げる。勝てば酒がもらえる。負けた時のことなど考えていなかった。


「え~、僕が勝ったら何もくれないの?」


「ちなみに何かほしいものがあるのか?」


 何が欲しいと、皆の視線がアレンに集まる。


「じゃあ、僕が勝ったら、今年のボア狩りで槍を持たせて」


「「「は!?」」」


 ここにきてようやく気付いた。ロダンもゲルダもはめられたのだと。全ては仕組まれたことだ。勝てば酒、負ければアレンのボア狩りの参加であった。このお酒は、ボア狩り参加のために村長宅から奪うように持って帰ったお酒であった。


 アレンは村長宅の宴会で酒がでるか事前にペロムスから確認してから乗り込んだのである。なので、この2日目のお泊り会も全てアレンの作戦であった。


「駄目なの? 力勝負だよ」


 力という言葉を強調する。ただの勝負ではない。力勝負だ。


 ロダンとゲルダに力で勝っても参加したら駄目なのということだ。ゲルダがロダンにどうするんだという視線を送る。さすがにこれに答えるのはロダンである。


「ああ、いいぜ、俺らが勝ったら酒で、アレンが勝ったらボア狩りの参加だな」


「え? な!? あ、あなた!!」


 テレシアがびっくりする。乗るとは思っていなかったようだ。負けねえよとテレシアに言うロダン。


「じゃあ、決まりだな。力勝負はどうするんだ?」


 力を使う勝負であるが、内容は聞いていない。


「腕相撲だよ」


「「「うでずもう?」」」


「うでずもう!!」


 皆がピンとこない中、クレナが反応を示す。ゲルダとロダンに腕相撲を理解させるために、村長宅で予行演習済みである。既に腕相撲大会村長宅編は済ませている。


「じゃあ、僕とクレナで腕相撲するね。クレナきて」


「うん!!」


 アレンとクレナが土間に降りて寝転ぶ。居間は狭いのでここしかないのである。皆何をするんだと、土間の二人を見る。向かい合うように寝て、手を組む。


「これで、あとは誰かが『はじめ!』といったら勝負開始だから。じゃあ母さんはじめって言って」


 組んだまま、勝負開始の合図を教える。


「え? はじめ?」


 テレシアが、間伸びした開始の合図をした。その瞬間、アレンとクレナの手に一気に力が入る。クレナが真っ赤な顔をして力を入れる。

 しかし、アレンがそのままクレナの手の甲を地面につけて勝利する。難なく勝利する。


「あれん。つよいいい。またまけたああ」


 悔しがるクレナである。村長宅でも負けている。


「分かった? 相手の手を地面に付けたら勝ちね。腕の力で勝負するんだ」


 シンプルな戦いである。ロダンもゲルダも理解できたようだ。そして、剣聖であるクレナが瞬殺された。


(クレナは、別に力がすごくあるわけじゃないしな。レベルも1だろうし)


 クレナが強いのは剣術スキルの高さであるとみている。力自体はレベルが上がっていないため、そこまで高くない。


「なるほど、分かった。どっちから勝負するんだ?」


「もちろんゲルダさんからだよ。父さんは次ね」


 ゲルダから倒していく予定だ。

 酒(貰いもの)とボア狩りの参加を賭けた戦いが始まる。

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