第36話 手伝い

 無事に新人を入れてグレイトボアを狩れた5日後の朝である。水汲みに行く。普段は元気になったロダンが汲みに行くが、今日は自分が行くと言って汲みに行く。


 朝6時の鐘とともに2つの大きな桶を持ってきた。既に農奴たちの行列ができている。


「おはようございます!」


 大きな声で挨拶をする。皆を振り向かせることが大事だ。


「お! ロダンところの倅か。おはよう」


 そのうちの何人かは見覚えのある人たちがいる。狩りに出かけた農奴である。


「明日も坊主は来るのか?」


 別の農奴からさらに声が掛かる。


「そうですね、毎回行きますよ。誰か父にアレンにも槍持たせてやれって言ってくださいよ」


 父が狩りに参加させてくれなくて困っていますよ、という不満そうな顔をする。


「いや、そんなこと言ったら俺たちがロダンさんにやられちまうぜ」


 水汲み場で笑いが起きる。そこに羨ましそうに話に参加する農奴がいる。


「いいよな、お前らは狩りに参加できて」


「何言っているんだ。お前も解体ばっかやってないでこいよ。明日も新たに新人2人入れるって聞いたぞ」


 ロダンさんのところは倅が見学に来ているぞと付け加える。


「俺んところは、かみさんの腹が大きいからな。無茶をして1人にするわけにはいかねえんだよ」


 長槍式(アレン命名)の新人育成1回目は成功という形で終わった。その結果を受けて、1回目の新人は残しつつ、新たに2名募集するのである。2名ずつ新たな参加者を増やしていき、レベルアップさせていく。


 ボア狩りに参加していない別の農奴から、参加できないという言葉にそうだそうだと賛同する声もある。ボア狩りは命懸けだ。アレンも身の丈が3メートルを超えるグレイトボアを見ている。無事に帰ってくる保証などない。


「たしかにそうだな。今年は6日に一度狩りをするらしいぜ。また、参加したくなったら声かけてくれや」


「ああ、わかったよ。かみさんのために肉は必要だからな。うちは畑が小さいから解体が増えるだけでも助かるよ」


(ほうほう)


 それを聞いて、解体だけの農奴に声をかける。


「すいません、おじさん」


「おじさんって歳じゃないんだけど、なんだい?」


「ちょっと手伝ってほしいことがあるんですけど」


 実は、これが水汲みに来た目的だ。朝9時に家に来てくださいと言って、水を入れた桶を持って帰るのであった。



 そして9時である。朝に声を掛けた農奴が1人、アレンの家に来る。


「あ、こんにちは! 来てくれてありがとうございます」


「うん、別にいいよ。それで頼みたいことってなんだい?」


 そういう農奴は用水路に吊るされたものに目が行く。


「ああ、それはさっき捕まえたものだから」


 アルバヘロンが2体吊るされている。まだ首から血がしたたり落ちているアルバヘロンの死体に若干引いている。こっちに来てと言って案内する。


「こ、これは……」


 そこにあったのは無数のアルバヘロンである。


 アレンは10月に入って、アルバヘロン狩りを再開した。11月までは畑仕事ではなく、アルバヘロン狩りに集中するとロダンには伝えてある。ロダンからは特に問題ないと言われた。アレンの手伝いは助かってはいるが、当てにはしていない。


 午後は騎士ごっこのため、午前中に1体から多くて3体のアルバヘロンを毎日捕まえている。なお、休耕地は常にロダンの畑のどこかにある。去年の休耕地は畑になったので別の休耕地を使っている。


 去年方法は確立したので、問題なくアルバヘロンは狩れる。しかし、解体が追い付かない。1体また1体と解体できずに溜まっていく。


 ロダンにも解体をお願いしようとも思ったが、畑の仕事に加え、手が空いたら新たな新人の育成のために家にいない。ロダンはアレン以上に忙しい。


 そして、現在に至る。この5日間で捕まえたアルバヘロン12体のうち解体が済んでいるのは5体しかいない。残り7体の解体を手伝ってもらおうと思った。


「なるほど、解体を手伝ってほしいと」


 アレンの話は分かったようだ。


「1体ごとに肉塊2個お渡しします」


「え? いいのかい? そんなに貰って」


 全然問題ないと言う。


 先日、住宅街にある肉屋に相談した。肉の買取りについてだ。金貨50枚を稼ぐためだ。お金を稼ぐためなので、塩屋や薪屋ではなく、肉屋に買取りを依頼した。


 その時、肉屋に言われたのが、解体からなら4割、買取りだけなら2割の肉を貰うとのことだ。物々交換と違って手数料を取られる。取らないと肉屋の儲けにならない。


 同じ農奴で肉に困っている人に解体を手伝ってもらうことにした。報酬も肉屋と同じ2割だ。解体まで済ませたほうが、住宅街まで持っていきやすいという理由もある。


(お金に替えようと思ったら1体銀貨6枚なのか。もしくは自力で解体して銀貨8枚か)


 レベル上げもあるので解体は外注に手伝ってもらったほうがいい。


 健一だったころも、ひたすらレベル上げをし、手に入ったアイテムは即換金していた。手に入ったアイテムを使って調合したり、武器を生成したりなどしてこなかった。狩り一筋だ。必要なアイテムがあれば、職人系の遊び方をしている人から買えばいいのである。


「ああ、このアルバヘロンは美味しい肝臓が取れるんです。5体解体してくれたら1個あげますよ」


「ほ、本当!」


 足の早い内臓は売れなかった。家族で食べるしクレナ、ドゴラ、ペロムスの家にも分けるくらい大量に捕まえる予定だ。解体を手伝った人にも分ける。


 それは助かるよと快諾してくれるようだ。解体の方法を説明するアレンであった。

 


 


・・・・・・・・・


 そして、日が変わった翌日である。今日はボア狩りの日だ。今は林の中の狩場にいる。狩場は前回と同じ場所である。場所を変えないのは新人がいるので、林の奥に入って突然グレイトボアに出くわすという危険を避けるためである。


 釣り班が先行して林を進むため、危険はそこまでない。不要な危険は避けるということだ。しかし、近場にめぼしいボアがいなければさらに奥まで行くという狩りの計画である。


 釣り役3人だけ林の中に入っていき、残りは狩り場である待ちポイントで待機している。

 

 新しく入ってきた2人はかなり心配そうだ。どちらも平民とのことである。新規参加は農奴にも声をかけており、予約待ちも何人もいるとのことだ。どうやら、前回の狩りで参加した新人2人が無傷だったうえに、神の試練を抜けた喜びから、言いふらして回ったのが効果的だったようだ。


 今日もアレンはついてきた。なお、アレンは討伐に参加していないため、報酬はない。また、新人の証である長槍隊は今日4名になったが、報酬は討伐した人の半分ほどだ。この報酬を分けるのもアレン案だ。


・2メートル槍は10キログラム

・4メートル槍は5キログラム

・解体だけは3キログラム


 今はレベル上げに専念しているが、ある程度討伐を経験させたら、それぞれに合った特性の班に移動するという計画である。


 3つの班の役目である、釣り、囲い込み、止めを刺すでは、それぞれ求められるステータスが違う。


 釣りは素早さ、囲い込みは耐久力、止めを刺すのは攻撃力である。


 アレンはこの3つの班に分けて狩りをすると聞いた時、鑑定の儀を思い出した。皆恐らく才能無しで、能力値CからEで判定されたはずである。


 当然レベルアップしたときにCのほうがEよりステータスが大きく上昇する。そして、能力値は人によってバラバラだ。自分を含めた32人の鑑定の儀のデータではかなりランダムのようであった。


 素早さがC判定の者は釣り班に、耐久力がC判定の者は囲い込み班に、攻撃力がC判定の者は止めを刺す班に分けるのが一番良い。ロダンとゲルダには、試練を越えて神から力を授かったら、特性に合った班に分けるのが良いと伝えている。



 釣り班の3名が出ていって数十分が経過する。


「ボアがくるぞおおおおお!!!」


 そんなことを考えていると、ボアがやってくる。


(お! ボアがきた!)


 釣り班リーダーのペケジがすごい勢いで林から出てくる。今日は3人同時に出てくるので、グレイトボアは1体でいたようだ。


(そろそろかな。いでよデンカ!)


 アレンが何かしているが、狩りは進んでいく。


 ペケジたち3人の釣り役がゲルダ達のいる中を全力で突っ切っていく。ゲルダたち、囲い込み班は受け止める。囲い込みが完了すると、ロダンたち止めを刺す班が首元を狙う。


 前回同様完璧な動きである。


「新人どもこい! 俺らの背中刺すなよ!!」


 長槍で突く場所を間違えて、自分らを刺すなよと念を押すゲルダだ。4人の新人が長槍で一斉に突く。


 それから5分も経たないうちに、首から鮮血が噴き出す。首の血管に突き刺したようだ。それから何分もしないうち完全に倒れたようだ。


「越えた! また試練を越えたぞ!!」

「本当だ! これが試練を越えるということだったのか!!」


 初めての参加者も、前回から参加した者も、4人とも全員レベルアップをする。


 そして、淡く光る魔導書を確認する。


『グレイトボアを1体倒しました。経験値400を取得しました』


『経験値が2000/2000になりました。レベルが3になりました。体力が25上がりました。魔力が40上がりました。攻撃力が14上がりました。耐久力が14上がりました。素早さが26上がりました。知力が40上がりました。幸運が26上がりました』


(やった! やはり戦闘に参加したとみなされたか。レベルもアップしたで!)


 アレンは、突進するグレイトボアの足元に虫Hを置いた。瞬殺されて光の泡になり消えた。


 アレンの召喚獣には召喚できる範囲が当然ある。地平線の先など目に見える範囲ならどこでもいいというわけではない。逆に数メートルの範囲内という狭すぎる範囲でもない。召喚できる場所についての条件も検証済みだ。


 召喚獣を召喚できる条件

・半径50メートルの範囲内

・目に見えているところ


 半径50メートルなので、上空も可能である。鳥系統の召喚獣を召喚し、そのまま飛び立たせることもできる。今回のボアは50メートル以内のところに虫Hを召喚させた。

 

 庭から見えない家の中への召喚はできない。ボアの体に隠れた足元では召喚できないのである。ボアに踏みつぶされる瞬間の足元でないといけない。タイミングが大事だ。


(なるほど、殴られても、それも召喚獣が殴られただけでも経験値分配の対象になると。釣ったあとに槍を持たない釣り班の感じだと、魔獣に狙われただけでも経験値が入るのかな?)


 経験値分配の条件

・攻撃する

・攻撃される

・魔獣に狙われる


(こんなところか)


 このボア狩りで経験値分配の条件についても、検証を進める予定であった。


 こうして、アルバヘロンの解体を手伝ってもらう、経験値分配の検証を進めるなど、新しいことをいくつも行う。今年の秋冬についても大忙しだ。

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