第26話 徴税
アレンは至る所に傷を負って帰ってきた。深い傷がないことを確認し安堵するテレシアだ。背中にはまだアルバヘロンを担いでいる。土間にゆっくりとアルバヘロンを置く。翼を広げなければ大人1人分より少し大きい程度だ。大きい家ではないので、足の部分が玄関からはみ出ている。
「アレン、どうしたの!?」
「空から降りてきたから捕まえたよ、母さん」
(嘘はついていない気がする)
「あれんすごーい!」
クレナがにこにこしながら褒めてくれる。アルバヘロンには驚かない。
「まんま、こわあああい」
マッシュはアルバヘロンを見て泣き出して、テレシアの背中に隠れる。
(ふむ、マッシュは怖がりだからな。マッシュよ強き男に育つのだ。それにしても、重さは20キログラム以上あるかな。可食部分は10キログラムくらいか。羽根も使えそうだな。魔獣だから魔石もあるのか。ぐへへ、この辺は売っちゃおうかな)
アルバヘロンの素材について、皮算用をする。大人より大きい魔獣を見ても食材と素材にしか見えない。
奥のほうで何事だという声がする。奥で寝ているロダンが気付いた。テレシアが事情を説明する。な!? そんな馬鹿な!! と覗き込むようにロダンが顔を出す。土間と寝室では、段差になっていて死角になっているのか、アルバヘロンが見えない。頭を掴んで見せてあげる。
「あ、アルバヘロンだ。アレン、お前が捕まえたのか。石と木刀だけでか?」
「え? うん」
テレシアやクレナとは視点が違う。石でつぶれた右目、首も何度も攻撃を受けて曲がっている。どうやって倒したのか、倒せたのか分析している。
もっと近くで見たいようだ。体を起こし、引きずるように土間に向かうロダンである。
「な!? 父さん、安静にしていてよ」
アレンが慌てて、土間から居間に上がる。
「おいおい、何してんだ?」
そこにやってきたのはゲルダである。
(ん? なんでこのタイミングでゲルダさんが来るんだ? 今日は来る予定でもなかったし、それで言うとクレナも来る予定なかったんだけど、もしや)
ロダンが目覚めた日、その後は農作業でクレナと遊んでいない。クレナにもゲルダにも家のことがあるので、クレナとは今は遊べないと言った。しかし、2日、3日と日にちが過ぎ、我慢できずにアレンに会いにクレナは押しかけてきた。
そして、この2、3日、農作業から帰ってきたらいつも以上に遊んでと言われるゲルダだ。農作業よりきついクレナとの遊びである。もう無理だと、アレンの家に解き放って、ほどなくしてゲルダは今来た。
アレンがじっとゲルダを見ているが、目を合わせようとしない。どうやらクレナを取り逃がしたのは故意犯だ。
「ぱぱ、あれんがつかまえたの! すごいんだよ!!」
アレンの推察はよそに、急にやってきたゲルダにアレンの成果を褒めるクレナ。マジかよという顔で、捕らえたアルバヘロンをしげしげとみる。そのあとロダンを見る。
「マジなようだな。それにしても、無理するなよ。寝ていろ。ロダン、あとは俺がやっとくがいいか?」
「あ? そうだな。すまんが頼まれてくれるか」
(ん? なんだ? 捌き方を教えてくれるのか? それは助かる)
「じゃあ、行くぞ、アレン」
「え? どこに」
「村長宅だよ。このアルバヘロンを渡さないといけないからな」
「え? 渡す?」
(まじ? 魔獣は村長の物ってこと?)
ちょっとこいと言われて外に出る。アルバヘロンを握って外に出るゲルダについていく。
「あと血抜きをしねえと食えなくなるぞ」
土間にあった鉈で首を切り、血をどぼどぼと家の側の用水路に流していく。
「これは、村長の物ってことですか?」
「そうだ。農奴は魔獣を捕まえても、全て領主の物なんだ。そして、俺らのものになるのは6割納めて残りになるな」
(マジか、6割の徴税ルールは、農作物だけじゃないのか。勝手に捕まえた魔獣も徴収されるのか)
どうやら角の生えたウサギ程度なら見逃してくれるが、Dランクの魔獣になるとそうではない。きっちり徴税されるとのことである。角の生えたウサギは最低ランクのEランクの魔獣である。
ショックを受ける。
「しかしだ、今回はロダンの怪我の一端が村長にある。交渉する余地はあるぞ。せっかくのアレンの初獲物だ。俺ががっつり交渉してやるよ」
村長が無理やり経験のない平民を5人入れたせいで、ロダンは大怪我をした。負い目もあるので、少しでも多く今回の獲物を得ることはできるという話だ。ゲルダが村長に交渉をしてくれるようだ。
「そうだったんですね、じゃあ、こんな感じで交渉してほしいです」
アレンが交渉内容についてお願いをする。ふむふむ、なるほどと言いながらゲルダが頷く。
アルバヘロンの血がだいぶ流れたので、テレシアに村長宅に行くというゲルダ。日が沈む前に戻るとも伝える。
ゲルダが背中にアルバヘロンを担ぎ、アレンとともに村長宅に向かう。クレナの家も同じ方向なので連れて帰る。
「ねえねえ、あしたはあそべるの!?」
明日は遊べるか聞かれる。
(ふむ、芋も掘り終えたし、午後は遊んでも罰は当たらないか)
クレナがドキドキしながら回答を待っている。ゲルダもなぜかドキドキしながら回答を待っている。なお最近では遊びの終わりは4時だが、始まりは1時であったり2時であったりする。6歳になり、昼寝の時間が減って遊ぶ時間が増えた。
「そうだね、明日は大丈夫かな。おいで」
「わーい!」
クレナが表情を全開にして喜ぶ。その横でなぜかゲルダが胸をなでおろす。剣聖を育てるのは大変らしい。
クレナを家に帰し、村長宅に歩みを進める。
住宅街に入り、大きなアルバヘロンを持ってきたことで視線が集中するが、そのままどんどん村長宅に向かっていく。
「村長はいるか?」
村長の家の扉をノックし、出てきたものに伝える。今いるし、入ってよいとのことだ。アルバヘロンを担いだまま中に入っていく。
「おお! これは立派なアルバヘロンだな。どうした?」
前回、騎士が来た時の宴会で使った広間にアルバヘロンは置かれる。村長と恐らく身内のものであろうか。2人で対応をしてくれる。
「ああ。ロダンところの倅がたまたま降りたところを捕まえてな。こうやって持ってきたわけよ」
ゲルダと村長宅に来る途中にアレンと打ち合わせた内容を、ゲルダは説明する。
「なるほどなるほど」
「それでよ、ロダンが狩りいけねえしよ。こいつの羽根全部納めるからあと貰ってもいいよな?」
「は!?」
体に生えた羽根はペンや装飾の原材料になるとのことである。なので、アルバヘロンに限らず、鳥を捕まえたら羽根を捨てたりしないとのことだ。
「あんだよ? それくらいいいだろ」
「いや、さすがにそれでは少ないというか…」
広間に沈黙が漂う。ゲルダも村長を睨んで、折れるのを待っているが、どうやら羽根だけでは厳しいようだ。
「しゃあねえな。じゃあ魔石も納めるよ。それでどうだ。あ~あ、ロダンところ家族4人いるからな。肉は食べさせてあげたいぜ。誰かが無茶云うから大怪我して今年は狩りにいけねえしよ」
「な!? 納める肉をもっと増やせと領主様の御命令だ。お前さんも分かるだろ」
(ん? 領主がもっと肉を納めてほしいから、村長は狩りに行ける人を増やしたいってことなのか?)
「ああ、そうだな。それでどうなんだ? 羽根と魔石だっていっているんだが?」
「そ、そうじゃな。まあ、ロダンには世話になっているからな。それでよいぞ」
ゲルダがアレンをチラッと見る。どうやら羽根、そして魔石も追加するという話はアレンの作戦だ。最初は明らかに小さいところから交渉をはじめ、妥協させる。
「村長ありがとうございます!!」
アレンが笑顔で答える。
「うむうむ。ロダンみたいに大きくなるのだぞ」
「じゃあ、今後も捕まえたら羽根と魔石だけでいいってこと?」
「え? それは」
アレンが決めたかったのはここだ。アレンはまだまだアルバヘロンを捕まえるつもりでいる。今回決まった肉やレバーなどの内臓を全て農奴の物にするのは、通常の6割納めるより少ないようだ。村長の顔が渋る。
「な!? おいおい、別に次捕まえても同じでいいだろ。次捕まえられたらな」
ゲルダも加勢する。
「そ、そうだな。次捕まえられたらな。同じでいいぞ」
「ありがとう! 肉持ってくるの大変だけど。12月の徴税の時でいい?」
ついでに納め方も決めておく。今回のように丸まる1体を村長宅に持ってくるのは大変なのだ。
「え? まあそうだな。それでいいぞ、ロダンの倅よ」
渋ってみたものの、どうせ次などないと思ったのか、村長が2つ返事で了承してくれる。
芋を納めるための荷馬車が12月上旬にやってくる。その時ついでに羽根と魔石を納めるということで決まった。
少し薄暗くなり始めた帰宅である。暗くなる前に帰ろうぜと急いで帰路につく2人であった。帰路の途中、さすがロダンの倅だと何度も褒められるアレンであった。
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