第25話 初戦

 毎年秋から冬にかけて、南から北に飛んでいくアルバヘロン。開拓村に生まれて6年になるがアレンは村から出たことはない。この魔獣は世界の広さと季節の流れを教えてくれていた。


 アレンの名は、父ロダンが自由に天を移動するアルバヘロンのようにと、願いを込めて名付けられた。


『ギャアアアアアアアス!!!』


 そのアルバヘロンが、天から地に降り立った。どうやら虫Gの特技である挑発は魔獣をおびき寄せることができるようだ。素の状態は分からないが、挑発されて激高しているように感じる。


 両翼の端から端まで4メートルほど、足から頭まで2メートルを超える大きさ。アレンの身長の2倍はありそうだ。羽毛は胴体の部分は白い。翼の先になるにつれて白い羽根は青黒く染まっていく。


 アレンが雑草を踏みしだいて作った直径10メートルほどの空間。その中央に降り立ったアルバヘロン。そして、円の中心から外れた、まだ雑草が生い茂る中、アレンは体勢を低くして身を隠していた。


(ふぁ!? 野鳥を捕まえようとしたらアルバヘロンが降りてきたぞ!)


 驚くが、どうしようかと悩むことはほとんどなかった。あるいはこのまま身を隠していればそのまま飛び立ってどこかに行ってくれるかもしれないのに。


 それはもしかしたら、脳裏の端に1歳の時に聞いた言葉があったからかもしれない。ロダンはアルバヘロンを食べておいしかったと言っていた。もしくは、魔獣を見たら戦うというゲーマーの本能によるものかもしれない。


 やることは1つだった。地面に置いていた野球ボールほどの石ころを握りしめる。


 挑発をし続けている2体目の虫Gに食らいつくアルバヘロン。2体目の虫Gも消える中、渾身の力を込めて石ころを投げる。


 全身の力を使い、獣カードと投擲レベル3によって、大人が投げる速度の数倍になって、吸い込まれるようにアルバヘロンの顔面に向かう。


 ゴシャッ


『グギャアアアアス!?』


 顔面に激突した石ころが右目を潰す。アルバヘロンが思わぬところからの攻撃と片目を失った痛みで鳴き叫ぶ。


 続けざまにもう1つ石ころを拾い、渾身の力を込めて投げる。今度は長い首に当たり、首は大きくたわむ。頭は大きく揺れる。


 2度の投擲によって、アルバヘロンの足がおぼつかなくなる。


(かなり効いているな! おっしゃ、貰ったぞ! 初魔獣勝った!!)


 これで止めだと、木刀を握りしめ、踏みしだいた草むらに踊りでる。一気に距離を詰め、飛び上がるように、その首目掛けて木刀を振るう。


 アレンが全体重を乗せて振るった木刀によって、首が大きく曲がる。さらに押し込む。引き倒したい。


 しかし、アルバヘロンはダメージを受けていたが、死にかけてはいなかった。首に力を込め、全体重を乗せたアレンを吹き飛ばしたのである。力は健在であった。


「な!?」


 思わず声を出し、驚く。雑草の上を転げる。


(や、やばい。ポチたち援護しろ!!)


 15枚の強化済みの獣Fのカードが一気に魔導書から出てくる。一瞬にして出てきた15枚のカードは一気に光り始める。ほとんど時間差がない速度で召喚獣化する。


『『『ワン!!』』』


 獣Fは秋田犬と同程度の大きさで、薄茶色の犬である。吠えながらアルバヘロンを取り囲んでいく。


(噛みつけポチたち!!)


 獣Fの特技である噛みつきの命令を受け、足や翼、首元にとびかかる獣Fである。


『ギャアアアアアス!!!』


 強化された獣Fに全身を噛みつかれ、大きな声で鳴くアルバヘロン。しかし、ダメージは受けているが、致命傷ではないようだ。その爬虫類のような足で獣Fを蹴り上げていく。


 アルバヘロンは地面ではそこまで素早い動きはできないが、その力はかなりある。蹴り上げられ草むらの茂みよりさらに高く舞う獣F。


(く、このままだとじり貧だぞ!)


 1体、また1体とその大きなくちばしで噛まれ、または大きなカギ爪のある足でやられていく。召喚獣が光る泡になる度に加護の力が抜けていくので、慌てて獣Fを生成し、強化してカードから召喚する。1体の魔力消費は20になる。しかし、魔力は47しかない。2体も召喚したら魔力が尽きてしまった。


(くっ、Dランク魔獣強すぎる。レベル1では勝てなかったか!)


 諦めようとしたその時である。


 アルバヘロンの大きな足がアレンを襲う。思わず木刀を盾に防ぐが、威力は殺せなかった。後方に吹き飛ばされる。


 それだけでは終わらなかった。休耕地の雑草の上を転げるアレンにそのかぎ爪のような大きな足が襲う。大きな足で地面に押さえつけられる。そして、アルバヘロンのくちばしがアレンの顔面を襲う。慌てて、木刀を横にして噛まれるのを防ぐ。


(ぐ、やばい、し、死ぬぞこれは)


 この時初めて死を予感した。強化した獣Fが全身を噛んでいるが、ものともせずアレンを食らおうとするアルバヘロン。アレンより力がある。ゆっくりだが、くちばしに生えたギザギザ歯、そして喉の奥までよく見える。


 頬にアルバヘロンの口ばしの先が当たる。頬が切れ、血が流れる。両腕で必死に握った木刀がしなり、もうすぐ折れそうだ。死がどんどん近づいてくる。


 地面に押さえつけられながら、必死に打開策を考える。


(どうする? 考えろ! 俺!!)


 この時ほど、自分が前世で何万時間もゲームをしたことを感謝したことはない。数多のゲームが、そしてプレイ時間のおかげで得た物がある。それは経験である。その膨大に蓄積された経験のおかげで、スキルや技、魔法の名前を見たら、それがどのような効果をもたらすのか大体予想がつく。


 走馬灯がやってくる暇もなく、アレンは必死に叫ぶ。


「チュー!! でてこい!!!」


 地面に押さえつけられたまま、アレンは強化済みの虫Fを召喚した。虫Fはヒルの形をしている。海にいる大きなナマコのようなヒルである。


「吸い付け、チュー!!!」


『チュー!!!』


 鳴き声を上げると、虫Fがナマコ状態から筋肉を収縮させてバレーボールのような塊になる。そして、今にもアレンを食らおうとするアルバヘロンの首元に飛び跳ねる。


『ギャアアアアス!!!』


 首に吸い付かれ、振り払おうとするアルバヘロン。口を接合部分にして、ぴたりと吸い付いて離れない虫F。その隙になんとかアルバヘロンの足から解放された。


 吸い付いている虫Fの体が強く、そして青く点滅する。


(おお! 何か吸っているぞ。やはりエナジードレイン的な特技だったか)


 アレンの予想は当たっていた。噛みつく同様に検証が済んでいない虫Fの特技吸い付くである。

 

 体力なのか攻撃力なのか、何を吸っているか分からないが、さらにもう1体の虫Fを召喚する。2体目の虫Fが太ももに吸い付き、青く点滅をする。


 虫Fを振り払われる前に、再度、木刀を振るう。獣Fも噛みつき加勢する。攻防が再開された。


 足蹴りがアレンに向かう。木刀を盾に耐えるが、さっき地面に押さえつけていたときほどの威力は感じられない。足を振り払い、木刀を首元に叩きこむ。そのまま引き倒す。


(お、これは攻撃力を下げるのか。今度は引き倒せたぞ)


 2体の虫Fの特技吸い付くにより、攻撃力が下がった。アルバヘロンに体重をかけて地面に背面から倒した。


 そのまま、全体重を乗せた木刀を首に押さえつけて、窒息死させようとする。数分が経過する。


 魔導書が現れ、淡く光った。


(お、何かログが流れたぞ)


『アルバヘロンを1体倒しました。経験値100を取得しました』


 銀の文字で討伐と経験値の取得のログが流れた。


「おお! 勝った、勝ったぞ!!」


 目の前には地に伏したアルバヘロンがいる。


 初めての魔獣の討伐だ。何十年前、健一のころ。7歳か、8歳の頃の記憶が蘇る。どうやらその時の記憶と重なる部分がある。


(そうか、初魔獣はこんな感じなのか。何かゲームの主人公が16だか17の年齢になったら小銭を渡されて、生まれ育った町の外で初めて魔物と戦う気持ちが分かった気がするな。まだ村から出ていないけど)


 小銭でこん棒みたいなのを買って頑張って街の周りでレベルを上げ、体力を削られたら宿に帰った現実世界のゲームの思い出が蘇る。


(それにしても、Dランク魔獣はかなり強いんだな。しかも経験値1000稼ぐには10体倒さないとレベルが上がらないのか。まあ、レベルも1だし、召喚獣のランクもFだからな)


 【経験値】 100/1000


 取得した経験値の確認や戦った分析を進めながら、すべての召喚獣をカードに戻し、石ころも籠に戻す。


 籠を片手に持ち、木刀を腰ひもに差し、アルバヘロンを持ち上げる。なるべく体を傷つけずに持って帰りたいが、足や翼の端が地面にこすれる。アレンが小さすぎるのだ。


 アルバヘロンを背負って、帰路に就く。


 玄関にいくと、庭先に少女が佇んでいる。クレナである。


(あれ? 今日は遊べないって言ってたんだけど)


「あ、あれんどうしたの!?」


 顔や体に引っかき傷や、草で切れたのかいくつかの出血があるアレンに驚く。慌てて家の中にいる、ロダンやテレシアに報告に行く。


「ちょ、え? あ、アレン!!」


 テレシアが抱き付いて、大怪我をしていないかべたべた触ってくる。


「怪我はないよ、母さん。アルバヘロンを捕まえたんだ」


 無事であること、背中のアルバヘロンを見せて、アルバヘロンを捕まえたことを報告するアレンであった。


 こうしてアルバヘロンとの戦いが終わったのである。このアルバヘロンとの戦いが、召喚士としてのアレンの初戦となったのだ。

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