第04話 召喚
アレンは初召喚に挑戦することにした。
(よしよし、えっと虫か獣を召喚できるんだよね)
魔導書の2ページ目には、虫と獣が召喚可能なように記載されている。
(ここは家の中だし、虫を召喚してみるか)
何が召喚されるか分からない。最初は低位のモンスターか何かが召喚されると予想する。
しかし、獣Hを選択して、大きな狼や熊が召喚されでもしたら大変だ。召喚士は魔王よりも上級の職業のはずだ。慎重の上にも慎重を期して丁度良いぐらいだろう。
異世界に転生して1年が過ぎた。この1年間が走馬灯のように頭の中に流れてくる。20歳に満たない美人な母のおっぱいを吸った思い出。美人な母に体を拭いてもらった思い出。美人な母におむつを替えてもらった思い出が脳裏を巡る。
(いかんいかん。雑念が流れてきた。よし、召喚すっぞ! 虫召喚!)
アレンは手を空に掲げ、本を動かしたときの要領で、虫の召喚を念じる。
しかし、何も起きない。アレンのいる子供部屋は静まり返っている。
(あれ、何も起きないぞ。床にいるのか?)
何も変化がないため、体を起こし、部屋全体を見る。もう既に夕食を食べ終わっている。農奴の夜は早く、暗闇が部屋を満たしつつある。
できれば、薄暗い今のうちに召喚の検証は済ませておきたいところである。
(あれ? 言葉が悪かったか? サモンインセクト!)
何も出てこないようだ。言葉を変え、あれこれ試してみる。
「いでよ、むし!」
頭の中で念じるだけでは駄目だと思い、舌足らずな幼い言葉遣いで発声をしてみる。
しかし、何も出てこない。
(あらら、困ったな? どうしよう)
もう一度、魔導書を隈なく見ることにする。昨今では攻略サイトにいけば、細かいゲームの攻略方法が載っている。匿名掲示板にいけば、答えを教えてくれる質問スレがある。何かわからない時に困ることは基本的にない。
(これはもしや生成をしてからじゃないと召喚できないってことか?)
1つの仮説を立てた。召喚、生成、削除とあるので、生成ならできるのではと考える。
(虫、生成!)
「へ?」
魔導書が淡く輝いた。輝いたのはページの部分ではない。表紙の部分だ。ずいぶん薄暗くなった部屋でほのかに輝く本の表紙に気付く。
(お? 何か書いてあるぞ!)
『どのランクの虫を生成しますか?』
魔導書の表紙には銀の文字で疑問文が表示されている。
(どのランクってことは、やはりこのHはランクで合っていたのか。Hランク生成!)
すると、目の前に光る何かが現れる。光が収まりカードのようなものが現れる。
(おお! カードだ!! 虫の絵が描いてあるぞ!! これはバッタだな)
『虫ランクHを1枚生成しました』
魔導書の表紙の4分の1ほどの大きさのカードが1枚できた。綺麗なバッタの絵が描いてあり、左上には『虫H』と記載してある。
(バッタか、全然強そうではないな。召喚獣なのに昆虫か。そういえば魔力は2減って0になったな)
ギリシャ神話に出てくるような海竜とか、英霊や死神の召喚をイメージしながら過ごした1年であった。しかし、できたのはバッタが表示されているカード1枚である。しかもカード1枚を生成するのに全ての魔力が必要なようだ。
(まあ、悔やんでもしょうがない。なるほど、魔導書の最後のほうのページにあった凹みはカードを納めるホルダーだったのか。召喚獣をカードにして魔導書に納めておくってことか)
カードができたことにより、召喚するためのだいたいのことが分かってきた。
(続きは明日にするか。もう部屋は真っ暗だしな)
もともと薄暗かった部屋はもう真っ暗だ。光を灯すものはないので、作成した虫Hのカードは仕方なく魔導書のホルダー内に入れる。召喚の続きは明日にする。
「おはよう、アレン」
部屋に強烈な光が入ってくる。部屋の木窓をテレシアが全開にしたようだ。
「おはよ、ママ」
日はもうずいぶん高くなっているようだ。
(どうやら、この異世界も24時間設定のようだな。今は8時くらいかな)
両親もアレンのように生まれた時から農奴であり、そこまで学がないためか、何かの単位や基準を知るのに苦労する。1歳という年齢で自分から質問をするには早いが、両親の会話を聞いていても中々話題に上がらない。時間は最近分かったが、お金、重さ、距離についてはまだ分からない。
異世界ものでよくある、貴族の家にある書庫の本を読んで、幼少のころから知識チートをすることは俺には無理だなと思う。
農奴の朝は早い。どのくらい早いかと言うと、アレンは朝に父の姿を見たことがない。たぶん6時とかその前に出かけているのであろう。なお、テレシアもロダンとの会話で、そろそろアレンも大きくなったので、アレンが寝ている間だけでも畑を手伝うと言っている。
(さすがに、この狭い家で母がいるときに召喚はまずいかな。俺が起きているとたまに様子見に来るし。昼寝の時間になってからにするか)
アレンは自分が異世界からの転生者であることも、召喚士であることも両親に言っていない。舌足らずな赤ちゃんを演じている。今後もあえて言う必要はないと思っている。
狐や悪魔が憑いたと思われるかもしれないからだ。
魔導書をくるくるさせながら、召喚の機会を待つ。
バタバタと家事を終わらせたテレシアから授乳を受ける。最初はかなり恥ずかしかったが、ずいぶん慣れてきた。性欲はなく、賢者か仙人になったような気分になる。
「おやすみ、アレン」
「おやすみ、ママ」
(きたきた! お昼寝タイムだ)
子供部屋に抱きかかえられて運ばれる。そのまま木柵のあるベッドに寝かされる。木窓も閉じて薄暗い部屋で1人になるアレン。
(よしよし、いったな。ぐふふ、では昨日の続きを始めるとしよう)
魔導書を出し、宙に浮かせる。中にあるカードホルダーから虫Hのカードを出した。
(とりあえず、声に出さず召喚できるか確認するか。召喚虫H!!!)
両手を前に出して、召喚している感を全開にする。すると、カードから光が漏れる。淡く光り、カードが崩壊するように消え、バッタが姿を現す。
「おおお! バッタあ!!」
思わず声が漏れる。目はベッドの木柵の外の床に自然落下して落ちたバッタに釘付けだ。
(ふむふむ、大きさはそこそこ大きいな、15cmはあるぞ。トノサマバッタかな。アフリカや東南アジアにいそうなデカ目のバッタだな。まあ、ザ・バッタだけど)
バッタの様子を見る。無計画に方向性もなく飛び跳ねるバッタだ。視線が合うこともない。
(召喚獣っていうくらいだから、言うことを聞くのか? こっちこい、こっちこい)
バッタが一瞬アレンと目が合う。
(お、気付いたか? くるしゅうないのじゃ、ちこうよれ)
手をばたばたとさせながら誘導を試みる。
しかし、バッタはプイっと視線をアレンから外し、また不規則に飛び跳ねる。
(あ、あかん、ただのバッタや。知能も指示もへったくれもない。魔導書にも何もないのか。ん?ページが増えているぞ)
初めて召喚に成功したので、何か情報が増えていないかと確認すると、今までなかった3ページ目が開くようになっていた。
(なるほど、情報か何か追加されたら、この分厚い魔導書は新たにページが追加されるってことか。ふむふむ、これはバッタのステータスか)
魔導書の3ページ目にはバッタのステータスが表示されている。
【種 類】 虫
【ランク】 H
【名 前】 なし(設定してください)
【体 力】 3
【魔 力】 0
【攻撃力】 2
【耐久力】 5
【素早さ】 5
【知 力】 1
【幸 運】 2
【加 護】 耐久力1、素早さ1
【特 技】 飛び跳ねる
(ほうほう、かなり弱いけど、赤子の俺に比べたら結構あるな。攻撃力とか俺よりあるのか? ん? 加護ってなんだ? もしかして俺に加護がもらえるのか? な!? 俺のステータスが増えてるぞ!!)
「しゅごい!!」
アレンのステータスが昨日見た時より耐久力が1、素早さが1増えている。プラスと表示されている。
召喚したらステータスが上がるというサプライズに、思わずガッツポーズをして雄たけびを上げる。
「もう、アレン、ちゃんとねんねしないとだめよ」
庭先にいたテレシアがアレンの声に反応して戻ってくる。
(ふぁ!? やばいって、部屋に入ってきた。今バッタを消したらまずいかな)
「ごめん、ママ」
「ふふ、いいのよ、ってえ?」
バッタとテレシアの目が合う。
「いやああああ、虫いいいい!!!!」
テレシアの足がバッタを襲う。
(ふぁ、我が召喚獣が踏まれたがな!! き、消えていく…)
バッタは光る泡となって消えた。バッタを逃がしたと思って行方を追うテレシア。その状況を見て驚愕するが、表情に出すわけにはいかない。平静を保って眠りに就く。こうして、アレンの召喚士としての活動も始まるのであった。
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