Dear K

@chauchau

日常茶飯事


 肌に突き刺さる寒さがいまなお続いておりますが、そんななかでも日ざしの明るさに春の気配を感じとれる日も出てまいりました。

 庭先にて小鳥が万両の赤い実を求めてやってくる。一日、一日の経過が春の訪れを知らせてくるようです。


 雲一つない晴れ日、わたしは……。

 通う慣れた学び場で、磔にされておりました。


「なんでやねんッ!!」


 逃げ出そうにも、両手両足を番線でくくり付けられてしまっていてはそれも困難だ。ちなみに、番線というのは工事現場で足場の結束に使用する太い針金のことだ。ニッパーがあればともかく人力で引きちぎれる類のものではない。


「お前らァ! こんなことしてタダで済むと思うなよ!」


「ただいまより裏切者久保くぼ健司けんじの裁判を開始する」


「「「有罪ギルティ! 有罪ギルティ! 有罪ギルティ!」」」


 ここは、令和の日本にある普通の高校だ。異世界転生も時代逆行もしていない。だというのに、こいつらは、クラスメートである俺を背後から殴り気絶させ、自家製の十字架(木製)に磔にしただけではなく、全員が素顔の分からないフードを被り怪しげな儀式を行おうとしている。


「聞けよ!」


「黙れッ! 貴様に発言権などありはしない! 分をわきまえろ!」


「なにが分だ! 川島、いい加減に!」


「川島ではない! 裁判長と呼べッ!!」


 顔は全く分からないが、聞こえてくる声は俺の親友だった川島かわしま浩二こうじで間違いない。おのれ、あのボケェ……ッ!!


「裁判長!」


 この声は、サッカー部の岸本きしもと空也くうやだな。あいつには昨日英語の宿題を見せてやった恩がある! よし、信じていたぞ、岸本!!


「処しましょう」


「許可する」


「裁判どこいった!」


 裁いて、判じろ!!

 もう岸本には二度と宿題を見せてやらん。


「黙れ、裏切者がァ!!」


 ――パァァン!!


 川島もとい裁判長が俺の頬目掛けて振った手が小気味よい音を立てる。

 あ。本当に殴られてはいない。俺の頬の傍に反対の手を出しておいて、セルフハイタッチのようにして、まるで殴っているかのように見えて、かつ、音がするだけの技だ。


「ぐッ!!」


 だが、礼儀としてここはダメージを受けたフリはしておかないといけない。くそう……!! 仮にも友達に手をあげるなんて……!!


「裏切りだと! 俺がいつお前らを裏切ったというんだ!」


「しらばっくれる気か! 良いだろう、アレを持てぇい!!」


「ハッ!!」


 川島もとい裁判長の指示に周囲のフード共が動き出す。

 ひと際小さいフードが、ていうことはあいつは河本こうもと義一郎ぎいちろうだな。小さいフードが川島もとい裁判長に手渡したのは……。


「そ、それは!!」


「ふははッ! 見覚えがあるようだな!」


「馬鹿なッ! それをどこで手に入れたッ!! それは、それは!!」


「木下先生に頼んだなら普通に渡してくれた」


「キノセェェェェェン!!」


 あれだけ、大切に保管しておいてくれって言ったのに! 俺言ったのに!! だから、キノセンは適当男って言われてこの間も付き合い立ての彼女に二股かけられてしかも「貴方の方が遊びって言うか、財布?」とか言われるんだよ!!


「これを見てもまだ裏切者ではないと言えるか!」


「言えません!」


「素直で宜しい!」


 川島もとい裁判長が(俺の貴重品なので軍手をしてから)持っているのは一通の便箋だった。どこにでもある普通の白い便箋だ。だが、だが! だがあれは!!


「ラブレターをもらったとはな! 見損なったぞ!」


「すっげぇ嬉しかった!」


「おめでとう!」


「ありがとう!」


 事の発端は、朝の登校時間まで遡る。

 下駄箱で靴を履き替えようとした俺は、見つけたんだ。俺の下駄箱のなかに入れられていたあのラブレターを!!


 つまり、こいつらは俺がラブレターをもらった事実に腹を立てているのだろう。俺のようなイケメンと違って心の底から醜いこいつらにありがちな嫉妬というわけか。

 だが、分からないのはどうして俺がラブレターをもらったことをこいつらが知っているかということだ。確かに、俺はあとで読もうとキノセンに預けこそしたが、もらった事実を直接誰かに言った覚えはない。

 キノセンも適当な男だが、適当すぎるからこそ自分からなにかをこいつらに話すとは考えにくい……。なぜだ、いったいどうしてこいつらに情報が……!!


「朝一で『ラブレターだァァァ!!』と叫んだ貴様の馬鹿声が耳に残って離れない!!」


 いまは情報漏洩の経緯に悩んでいる場合ではない。

 問題は、こいつらがすでに裁判を開始してしまっているという事実だけだ。過去に囚われるな、俺。


 脱出は不可能だ。

 ならば簡単な話ではないか。そう、懐柔だ。


 こいつらを説得し、この馬鹿げた処刑を終わらせるのだ。

 なに。こいつら程度を説得するなんて俺にとっては朝飯前だ。


「聞け、屑ども!」


「うるせぇ、ゴミ野郎!」


 なんて口の悪い連中だ!

 だが、ここは冷静に行こう。れっつくーるびずだ。


「こんなことは意味のない行動だ! 冷静になるんだ!」


「じゃあ聞くけど、もし川島がラブレターもらったらどうする?」


「殺す以外の選択肢があるのか?」


「裁判長! ゴミ野郎も処刑に納得している模様であります!」


 くそォォ! なんて高度な知能戦なんだ!!

 この俺が、一歩遅れを取るなんて!!


「はい、処しまーす」


「ぐわぁぁぁぁ!!」



 ※※※



「実際、なんて書いてあるんだよ」


「分からん。まだ読んでないからな」


 演劇部が磔用の十字架を回収しに来たので、俺の机の周りに全員が集まる形で件のラブレターを見下ろしている。

 フードを脱いだ川島が、呆れた顔をしている。なんてぶっさいくな顔なのだろうか。


「いやいや、朝一で読めよ」


「お前は馬鹿か?」


「お前ほどではない」


「褒めるな、照れる。この間の学級会で決まったじゃないか」


「学級会……?」


 あれは忘れもしない。……ええと、二週間か三週間くらい前だった気がする時の学級会だ。

 女子が授業中に手紙を回す遊びをして授業を聞かないことが問題にあがったんだ。


「だから、放課後になるまで手紙を読むのは禁止ってなったじゃねえか」


「お前さ……」


「なんだよ」


「さすがだな」


「だろ?」


 川島も、そして周りの連中も納得したようだ。


「とりあえず、読んでみるわ」


「そうだな、そうしろ」


「待て、能無し共!!」


 ラブレターを開けようとした俺を止めたのは、チビの河本だった。


「なんだミジンコ野郎」


「何考えているんだ! それはラブレターなんだぞ!」


「だから、まずは久保に読んでもらおうと」


「俺たちが見ちゃ駄目なやつじゃん!!」


「「はッ!?」」


 河本に言われて、俺も川島も、目から鱗が落ちるようだった。

 そうだ。これは女子が心を込めて書いた手紙! その名もラブレター! そうじゃないか! こんな衆人監視のなかで読んで良いものじゃない!!


「良いこと言うじゃないか、河本!」


「伊達にチビじゃねえな!」


「お前ら! 行くぞ! 散ッ!!」


 河本の号令を受けて、俺以外の全員が教室のすみっこに移動する。俺に背を向けるため、至近距離で壁とにらめっこ状態だ。そのうえで、耳を手で塞いで全員で君が代を口ずさむ徹底ぶりである。


「ごくり」


 本当に見られていないかを確認するために、岸本の机からお菓子をパクってから俺はラブレターの便箋を開けた。


 ――Dear K


 女の子特有の丸文字で手紙は始まっていた。

 震える手を抑えて、俺は文字を目で追いかけていく。


【いきなり手紙を出してごめんなさい。あなたはきっと私のことを知らないとおもいます。でも、わたしはずっとあなたのことを見ていました。わたしがあなたにはじめて出会ったのは、高校の受験日のことです。駅の改札で切符を失くして慌てているわたしにあなたは優しく近づいてきてくれましたね。あなたのおかげでわたしは切符を探すことが出来て、この高校にも受かることが出来ました。それから気が付くといつもあなたを目で追っていました。あなたはいつもお友達に囲まれていたから声を掛ける勇気がありませんでした。お友達と一緒に走り回ったり、日向ぼっこしたりしているあなたがとてもキラキラしていて、気付いたら……、あなたのことが好きになっていました。本当は直接言うべくなのでしょうが、手紙で告白する臆病者なわたしを御許しください。もしも、少しでも気になってくださるなら、】


「おい、もういいぞ」


 このあとにはSNSのIDと、本人の名前が書かれていた。


「読んだか? で? 誰からだった?」


「ん」


「え? いやいや、だからこれを俺たちが勝手に読んだら」


「大丈夫だ。読んでみろ」


 ラブレターを俺が渡そうとするから全員が驚きだすけど、俺が差し出したまま手を下げないので渋々代表で川島が受け取った。そして、全員で望み込むように読んで。


「なんてこった……」


「ああ、彼女には悪いことをしたようだな……」


 俺を含む全員が頭を抱えてしまった。

 あれだけ上がったテンションが、見る影もない。まるでテンションという空気を入れすぎて破裂してしまった風船みたいだ。


「Dear Kか……」


「Dear Kなんだよ」


 彼女を責めるわけにはいかない。

 それが、男ってもので、カッコつけるということだからだ。


「「「鹿かァ……」」」


 零れたため息は誰のものだったか分からない。

 俺かもしれないし、俺じゃないかもしれないし、答えは全員だったかもしれない。


「鹿に名前って付いてるんだっけ?」


「知らんけど、付いていても不思議じゃないぞ」


「でもさ、じゃああの数のなかからKの名前の鹿を探さないといけないのか?」


「聞いてくれ、みんな」


 暗くなっていた全員が俺を見る。

 良いさ。良いじゃないか。一時の夢を見ることが出来たんだ。それだけで、それだけで幸せじゃないか!!


「俺たちで、この子の代わりにKを探そう!」


「久保、お前……!」


「へッ! カッコつけやがって!」


 俺たちの高校があるのは、全国でも有名な鹿の県だ。某公園にどれだけの鹿が居るか分かったものじゃない。でも。それでもだ。


「恋する女の子の手助けをする。これ以上の名誉があるってのかよ!」


 きっと、この子はずっと探していたのだろう。

 駅前でたまたま出会ってしまったKという名の鹿を。分かる、分かるさ。不安な時に助けてくれた存在は、たとえそれが人でなかったとしても恋してしまうものさ。

 あの生き物のこっちをじっと見てくる目は、なんとなく落ち着く効果があるものな。きっと、紙製の切符を餌と間違えて探し当てたとかそういうオチなんだろうけど、それでもこの子にとっては救世主だったんだ!


「久保にだけ良い恰好はさせねえぞ!」


「見せてやるぜ、男子高校生の底力をな!!」


 俺たちは旅立った。

 無謀な挑戦かもしれない。何も頼まれてもいない。余計なおせっかいかもしれない。もしかしたら、間違えて下駄箱に入れてしまった女の子からすれば恥ずかしくて顔も合わせれないかもしれない。


 それでも、

 それでも、

 それでも!!


「行くぞォォ!!」


「「「おおぉぉおお!!」」」


 俺たち男子高校生はいつだって、

 女の子の味方なんだ!!

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