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 彼女が学校にコピー用紙の束を持ってきたとき、わたしは「ネットで読んで気に入った小説」と説明された。


「●●さんの小説じゃないの?」思わず尋ねる。


「読むのと書くのは違う」


 答えになってないような答えだ。いま思えば、彼女も後のわたしのように恥や迷いがあったのだろう。そのときの彼女は、いつになく挙動不審で、明らかに何か隠しごとがあるといった様子で、髪をいじっていた。


 当時はまだ書き手の気持ちなんて知るよしもなかったけど、わたしはなんとなくこれ以上突っ込まない方がいいなと判断した。素直に騙されたふりをすることにしたのだ。


 高校生になって携帯電話の使い方を覚え、小説投稿サイトを閲覧できるようになると、わたしは彼女のアカウントを探した。彼女があくまで自分とは別人だと主張するアカウントだ。


 コピー用紙の束はすぐ彼女に返してしまって手元になかったけど、記憶していたタイトルや本文の一節から、すぐに検索で発見することができた。


「いつか自分の本を出すのが夢です」


 彼女のプロフィール欄にはそう書かれていた。


 後にわたしは自分のアカウントを作成し、彼女にメールで知らせた。彼女のアカウントを見つけたことは言わなかった。彼女はあくまで「読み専」でアカウントは持っていないということになっていた。


 わたしは彼女の作品を読んでも、コメントや評価ポイントの形で足跡を残さないようにしていた。こっちのアカウントは彼女に把握されているのだ。読んだ、と知られない方がいい気がした。彼女が自分の作品を読んでもらいたいなら、また何らかの形で見せてくるだろうと思った。


 しかし、高校を卒業間近になって、彼女の方から接触があった。わたしの作品にコメントを残してくれたのだ。その作品は、彼女にメールで直接送ってすでに感想をもらっていたが、それとは少しだけ違う切り口の感想だった。


 もしかしたら、彼女は気づいてほしかったのかもしれない。自分から告白する勇気がなくて、わたしの方から「本当は小説を書いてるんでしょ」と指摘してほしかったのかも。わたしと明け透けに創作にまつわる議論を交わし切磋琢磨したかったのかもしれない。


 教室や図書室でわたしの小説について意見を求めるとき、彼女は何か言いかけて言葉を飲み込むことがよくあったけど、そういうときはいつもそんなことを思った。


 だとしても、わたしもそれまで知らないふりをしてきた後ろめたさがあって、自分から切り出すことはできなかった。


 そして、彼女とは大学が別々になり、それまで使っていた小説投稿サイトが閉鎖されることになった。


 最初の小説投稿サイトが閉鎖する前から、わたしはすでに別の小説投稿サイトでも作品を掲載するようになっていた。気づけばそちらでの活動が主体となり、元のサイトが閉鎖すると聞いても、特に移転を告知したりはしなかった。


 彼女はどうするのだろう、と気にかけていたが、すぐに同じサイトでアカウントを作って、わたしをフォローしてくれた。


 それから、コメントやSNSでのやりとりを続け、いまに至るというわけだ。


 つまるところ、わたしと彼女はネット上で知り合った書き手仲間、ということになっていた。


 わたしは彼女が同じ学校に通っていた同級生であることを知らないふりをし、彼女も同様にわたしのことを知らないふりをした。


 わたしと彼女はネット上で頻繁にやりとりをしていたが、一方で、もう何年も連絡をしていない地元の旧友同士ということにもなっていた。


 その彼女が久しぶりに電話をかけてきて、会おうと言ってきた。


 やはり、ネット上でわたしとやりとりするアカウントとは別人という体裁で。


 彼女は「読み専」としてわたしの作品を追い続けてきた一ファンとして振る舞っていたのだった。

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