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 はじめて小説を書いたのは、高校一年生の夏休みのことだった。


 きっかけは携帯電話を買ってもらったこと。


 文字入力の練習もかねて、二〇〇〇字ほどの掌編を書いたのだ(ここでは詳しく書きたくないほど、こっぱずかしい内容だった)。


 当時のわたしは小説についてあまり詳しくなく、たとえば「ケータイ小説」という言葉は知っていても、それが具体的にどういうものかは知らなかった。小説投稿サイトというものがあることを知ったのももう少し先のことだ。


 不特定多数の読者に向けて作品を公開する発想はなかった。わたしは最初からたった一人の読者に向けて、小説を書いていたのだと思う。


 当時同級生だった、読書家の友達だ。


 少し色白で、軽くすいた黒髪のボブで卵形の輪郭を覆っていた彼女は、現代的解釈の日本人形といった趣で教室の一角に座っていたのだった。


 彼女は中学校で一緒になったときから、よく本を読んでいた。休み時間も、あまり友達とはつるまず一人で文庫本を開いている。話しかけられれば本を閉じ、歓談に加わることもある。しかし、自分から積極的に話しかけることはなかった。


 ただ暗い、というのではない。友達がいないからしょうがなく本を読んでいるという風でもない。決して目立つ容姿をしていたわけではないけれど、孤高、という言葉が彼女には似合った。


 そんな彼女に、わたしは興味を持った。興味を持って、話しかける機会をうかがうようになった。


 わたしは図書室に出入りするようになった。自分でも何か小説を借りて読んでみようと思ったのだ。しかし、これぞというものが見つからない。けっきょく、わたしは手ぶらで教室に戻った。


 そんなことが何度かあって、彼女とも図書室で顔を合わせるようになった。


 もしかしたら向こうから話しかけてくれるかもしれない、という期待もあったが、彼女の興味はあくまで本に向けられていた。


「小説を読もうと思っているの」


 けっきょく、わたしは自分から声をかけた。いま思えば、第一声としては要領を得ない台詞だ。彼女もきょとんとしていた。恥ずかしくなって、おもしろい小説があれば教えてほしいと言い直した。


 彼女は少し困ったようにしていたけれど、「わかった。明日持ってくる」と約束してくれた。図書室の本棚から何か見繕うのではなく、彼女の家から何か適当な本を持ってきて貸してくれるらしい。


 そのとき、彼女が貸してくれたのはヤングアダルト向けのミステリ小説だった。漫画タッチの表紙が彼女のイメージと結びつかなくて少し驚いたけど、それは確かに本を読む習慣がない中学生にも読みやすく、それでいて、ぞっとするような世界の悪意と人間の弱さが垣間見える作品だった。


 それから、彼女と本を通じて話すようになった。休み時間はお互い本を読んで過ごすが、給食の時間や本の貸し借りをするときに、感想を交換したりそこから脱線して雑談に興じたりした。


 彼女は自分で書いた小説を読ませてくれたこともあった。束ねられたコピー用紙を渡されたときは面食らったものだが、読んでみればそれはたしかに小説の体裁をなしており、粗削りながらも生々しい痛みと渇望が伝わってくる作品だった。


 いま思えば、それが本当のきっかけだったのだ。


 それまでのわたしは、小説とは完成された商品であり、教科書や文庫本、ハードカバーといった製本された形で読むものだと思っていた。読み終えて表紙を閉じれば、そこにバーコードや値段が記載されているものが小説だと思っていた。無意識にそう思い込んでいたことに気づいた。


 コピー用紙や原稿用紙の束でも、そこに言葉さえあれば小説となる――そんな当たり前の事実に気づかなかったことに、自分でも驚いた。


 自分の小説を最初に読んでもらうなら彼女しかいないと思った。


 迷いがないわけではなかった。これまで何百冊という小説を読み、また自らも創作に手を染める彼女に対して、自分の作品がどこまで響くのか、不安でしょうがなかった。


 わたしは手近な紙に、彼女に作品を送信するべき理由と、送信すべきでない理由を書き出し、その数をくらべてみたりした。自信がなくなって、作品を削除する手前まで行ったりもした。彼女に読んでほしいのか、読んでほしくないのか、自分でもよくわからなかった。


 けっきょく、わたしは「文字入力の練習」という件名で作品を送ることになるのだが、送った後、震えが止まらなくなり、苦労しながら「間違って送りました。見ないで消して」というメールを作成した。彼女からの返信がもう少し遅ければ実際に送信していたかもしれない。


「読んでみる」と書かれていた。自分はもう後に退けなくなったのだと、そのとき悟った。


 友人の創作物、それもはじめての作品だ。どれだけ稚拙でも、貶されるようなことはないだろう。実際、彼女は「文字入力の練習」の数少ない美点を認め、讃える感想を送ってきた。


 気を遣わせてしまっただろうか、とも懸念したが、それ以上にうれしかった。自分の文章で、それもまったくの作り話で人の心を動かせたのだとしたら、それはなんて素敵なことだろうと思った。あのとき、彼女に読んでもらったからこそ、わたしは小説を書き続けてこれたのだと思う。


 そうして、わたしたちは互いの小説を読み合うようになった。


 文字入力の次に覚えたのが、小説投稿サイトの使い方だった。わたしたちは同じサイトでアカウントを持ち、小説を投稿し続けた。


 当時、彼女のプロフィール欄には「いつか自分の本を出すのが夢です」と書かれていた。


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