5月6日Ⅹ(3)

走り出した愛奈さんを見送って、水平線を見つめるように並んで座っていると、詩歌が私の手をキュッと握ってきた。

「ねえ?架那ちゃん」

「なぁに?詩歌」

詩歌は俯きながら細々と言う。

「私、頑張ったんだよ」

「うん。知ってるよ」

「大変だったけど、頑張った」

「ほんとにお疲れ様」

詩歌のあの真剣な表情と、身体中の怪我を見ればわかるよ。

大変だったんだね。


「だからさ、その…」

「ん?」

「いや、その…」

「何?何でも言ってよ。友達でしょ?」

詩歌はモゴモゴと、弱々しく消え入りそうな声で言う。

友達、と今回は自然に言うことができた。

「一つ、お願い事聞いてもらっても、いい?その、頑張ったご褒美、じゃないけど」

「そんなことなら全然良いよ!何?何が望みなの?」

なんだ、そんなことか。

もっと、深刻なことを打ち明けられるのかと思ってドキドキしちゃった。


「じゃあ、こっち向いて?」

「う、うん」

改めて詩歌の方を向くと、詩歌の綺麗な薄茶色の目や、月光に照らされて輝く薄紫色の髪が目に入る。

「架那ちゃん、大好き」

私が返事をしようとした瞬間、その口は詩歌の柔らかいぷるっとした唇で塞がれる。

たった一瞬。されど一瞬。


私は今日、生まれて初めてで、今後一生忘れられないであろうキスをした。

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