第50話
魔法ギルドの正職員だったサージェは、もともとは移民だった。
魔導師でもある彼は、以前のクロエのように魔石作りで実績を上げ、移民でありながら国籍を獲得し、ギルドの正職員になったらしい。
身分制度のはっきりとしたこの国では、移民の立場はあまり良くない。
だからサージェも、その立場になるまでかなり苦労したのだろう。
それは、似たような境遇だったクロエにもわかる。
(でも彼の場合、思い込みが激しくて、さらに自分が国籍を得た途端、他の移民たちを差別するようになったからね……)
同じ移民からの評判は最悪で、むしろこの国出身のギルド員の対応の方がましだと言われるくらい。
さらに自分と同じ魔導師であるクロエに執着していて、貴族にしか見えないエーリヒを疑い、執拗に絡んできた。
恋人同士で、一緒に生きるために駆け落ちしてきた。そう何度も説明したにもかかわらず、エーリヒが自分の容姿を利用してクロエを騙し、魔石を無理やり作らせていると勘違いをしているのだ。
たとえサージェが、過去に貴族たちに酷い目に遭わされたとしても、随分と悪意のある思い込みである。
その思い込みのせいで、魔法で人を攻撃してしまい、ギルドの建物も半壊させてしまう。
結果として、せっかく手にしたギルドの正職員という仕事も、苦労して得たこのアダナーニ王国の国籍も失うことになった。
(やっぱり、自業自得よね)
こうして思い返してみても、どうしても気の毒だとは思えない。
クロエが何度もエーリヒとは相思相愛で、ふたりで生きていくと決めているのだと説明しても、聞き入れてくれなかったからだ。
自分の信じたいことしか信じない、残念な人だった。
そして魔導師としてのプライドも高かったので、国籍を得て、ギルドの正職員にまでなったのに、今さら最下層の移民として生きることに耐えられなかったのだろう。
でも、魔法攻撃をしかけて城門を無理やり突破するとは思わなかった。そんなことをしてしまったら、もう立派な犯罪者だ。
「手配書がギルドにも回ってきたようだ。仮にも魔導師だから、特別依頼になっていたよ」
そんなクロエの心中を察したかのように、エーリヒがそう言う。
「ギルドの正職員が、特別依頼の指名手配犯……」
かなりの不祥事だから、ギルド側としても厳しい対処をしなければならないのだろう。
何せ、厳重に守られていた王都の城門を突破されてしまったのだ。
「あ、そういえば城門を守っているのって、もしかして」
「そう。メルティガル侯爵が率いる騎士団だ」
「……そうよね」
メルティガル侯爵は、クロエの父である。
こちらもまた横暴で、娘のことなど道具としてしか見ていないような父だった。騎士団長としてこの王都の治安を担う立場なので、今回のことも責任問題になるかもしれない。
この国にも数が少ないとはいえ、魔導師は存在している。そして他国にはもっと多い。その魔導師からの攻撃を想定していなかったのは、大きな過失となるだろう。
あの傲慢な性格が、挫折を経験して少しは変わってくれたらと思うが、難しいだろう。
むしろ城門を守っていた騎士に、お前たちのせいだと当たり散らしそうである。
そんなことを考えていたクロエは、ふと、あることを思いつく。
「魔導師の犯罪者って、この国の人達で捕まえることはできるのかな?」
「難しいな。そもそも魔導師の数が少ないし、その魔導師を王都から出すようなことはしないだろう」
名誉を回復させるために、騎士団が派遣されるだろうが、相手が魔導師となれば、また逃げられる可能性が高い。それどころか、もし返り討ちになどされてしまったら、父の立場はますます悪くなる。
だからギルドにも、特別依頼として指名手配したのだろう。
ギルドとしても、元正職員が犯罪者になってしまったのだ。一刻も早く、この件は解決したいに違いない。
「そんな依頼をエーリヒが解決したら、ギルドにも貸しが作れるし、貴族社会でも認められるんじゃないかな?」
サージェには、散々迷惑をかけられた。
ここは、エーリヒの踏み台になってもらおうと、クロエは考えた。
どう考えても犯罪行為をした向こうが悪いのだから、遠慮など不要である。
だが、エーリヒはあまり乗り気ではないようだ。
「たしかに、この依頼を達成できる者はそういない。俺がそれを成し遂げれば、団長も何も言えなくなるはずだ」
以前、父が団長を務める騎士団の見習いだったエーリヒは、父を団長と呼んでいる。
けれどその父は、クロエの異母弟と王女カサンドラとの結婚の弊害になると考えて、エーリヒを抹消しようとした。
でもそのエーリヒが、騎士団が取り逃がした指名手配犯を確保すれば、そう易々と命を狙うことなどできなくなる。
それを考えても、良い案だと思った。
エーリヒもわかっているだろう。
それなのに拒絶する、その理由は。
「……クロエを、あの男に会わせたくない」
そう言って、クロエを抱き寄せる。
サージェはたしかに、クロエに執着していた。魔力に優れたクロエのパートナーには、自分こそが相応しいと思い込んでいた。
クロエはサージェなど相手にしていないが、そういう問題ではないとわかっている。
(私だって、どんなエーリヒが嫌っているのかわかっていても、王女がエーリヒに近寄るのは嫌だもの)
でもクロエは、この依頼は何としても成し遂げたかった。
「エーリヒの気持ちはわかるよ。私も、嫌いな人とはなるべく会いたくない。でも、向こうは私のこともエーリヒのことも、完全に下に見ている。だから、助けるふりをして、自分に都合の良いように事を運ぼうとするのよね」
サージェもまた、父と同じように傲慢なのだ。
自分よりも弱いと思っているからこそ、平気で自分の都合を押しつけてくる。
それが、クロエには許せなかった。
「たしかに私は、まだ魔法の力を使いこなせていないかもしれない。でも魔力の強さなら、負けていないと思う」
エーリヒだって、クロエが魔法で補助すれば、簡単にサージェに勝てる。
「だから、私たちは侮られるほど弱くないってこと、思い知らせたい。そんなことを思う私は、クロエっぽくないかな?」
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