第47話
「それなら、マードレット公爵家が後見人になるわ。そうすれば、王都の外の依頼も受けられるようになるでしょう」
アリーシャが、そう提案してくれた。
移民や外国人でも、貴族が後見人になれば、仮の身分証明書が発行され、王都の出入りが可能になる。
(そういえば、ギルドの説明でそう聞いたような……)
主に貴族が、優秀な冒険者を囲い込むときに使っていたそうだ。
けれどその冒険者が問題を起こせば、後見人の貴族の責任になる。
実際、それを悪用して対抗勢力を陥れるような事件が多発したらしい。だから今はほとんどの貴族が、独自に騎士団を所有していた。
今は使われていない制度だが、それでも一応、そういう仕組みは残ったままだからと説明してくれたのだ。
だからアリーシャが、というかマードレット公爵家が、クロエとエーリヒのためにそこまでしてくれるとは思わなかった。
エーリヒも喜ぶどころか、疑うような目でアリーシャを見ている。それと引き換えに、何か要求があるのではと疑っているのだろう。
「カサンドラ王女殿下の手から逃れて、ようやくふたりの暮らしを始めたのに、ここに呼び戻してしまったのは私よ」
アリーシャは、そんなエーリヒの視線を正面から受け止めて、そう言った。
「私は貴方たちのこれからの人生を、変えてしまうほどの選択をさせてしまった。だから、貴方たちの安全と、行動の責任は私が……。マードレット公爵家が担うわ」
「そこまで……」
さすがに驚いて、クロエは声を上げて立ち上がる。
移民だから、国籍を持たない庶子だからと、ふたりを侮る者がいたとしても、マードレット公爵家が後見人になると聞けば、態度を変えるに違いない。
立場によって関わる人たちの態度が変わることは、移民として暮らしてきたクロエが一番よく知っている。
もちろんクロエもエーリヒも、自分から問題を起こすことはしない。だが、エーリヒを利用しようと企む者。自分たちの計画の妨げになるから、消してしまおうとしている者は存在する。
そんな人たちに襲われたら、反撃しないわけにはいかない。
クロエもまだ、自分の力を自在に使うことはできないが、それでもエーリヒを守るためなら、全力で戦うと決めている。
もしそうなったとしても、マーガレット公爵家が責任を持つと言ってくれているのだ。
しかも、相手は貴族だけではない。
国中から恐れられている魔女のカサンドラも、エーリヒに執着している。
彼女はこの国で唯一の魔女だが、この大陸の最北端にあるジーナシス王国には、数人の魔女がいる。
カサンドラの力は、その魔女たちに比べるとかなり弱いようだが、それでも目の前の人間を自由に操ることはできる。
それにジーナシス王国の魔女たちは、互いに力が暴走しないように制御し合っているようだが、唯一の魔女であるカサンドラには、その枷がない。
だから国王は、その力を制御するために、ジーナシス王国から特殊な材料を仕入れて、魔法が使えない部屋を作ったそうだ。
でもカサンドラがその部屋に入れられるのは、国王がそう指示したときだけ。
周囲の人間を虐げたり、我が儘を言うくらいなら放置してきた。
そのことに不安を抱いたアリーシャは、ジーナシス王国に留学してまで、魔法を学んだのだ。
婚約者を守るために。
「私たちはこの国を変えたいと思って戦っている。相手はあの魔女だもの。手段を選ぶつもりはなかった。だから、こちらに引き入れた」
アリーシャはそう言って、クロエに座るように促した。そう言われ、少し冷静になって、おとなしく従う。
「でも貴方たちにも、きちんと望む形で幸せになってほしい。そのための協力は惜しまないつもりよ」
一方的に利用するのではなく、運命をともにする覚悟がある。そう言ってくれたのだ。
そこまでの覚悟を示してくれたのだから、疑うことはできなかった。
「じゃあ私も、王都の外に出られる?」
アリーシャを信じると決めたクロエだったが、エーリヒはまだ、警戒を解こうとしない。
エーリヒは貴族、さらに女性に不信感を持っている。言葉だけでは、そう簡単に信じることはできないのだろう。
でもこればかりは、ここで問答をして解決するようなことではない。
だからクロエは、話を逸らすようにそう言った。
「ええ、もちろん。クロエはもう私の義妹で、この国の貴族の一員だもの」
マードレット公爵家の養女になるときに、クロエは一時的に魔法ギルドを脱退している。貴族籍を得て、身分が変わったからだ。
もう一度登録することも可能らしいが、サージェの件で少しギルドに不信感を持ってしまったので、今は保留にしている。
(でも、エーリヒの依頼に回復員として同行するのは、アリよね。そうやって個人的に、雑用係や戦闘補助員を雇う冒険者もいるらしいし)
ふたりで、王都の外に出かけられる。
それが嬉しくて、ついエーリヒの腕に抱きつく。
「そうだな。一緒に行こうか」
優しい顔でそう言った彼の姿に、ほっとする。
王都の外で、ふたりきりなら、エーリヒも以前のように笑ってくれるだろう。
この国を変えようとしている王太子ジェスタと、その婚約者であるアリーシャの手助けをしたい。
そう思って貴族社会に戻ったことを、後悔はしていない。
それでもエーリヒの笑顔が少なくなったのは、やはり気掛かりだった。
クロエが自分を認識できなくなる魔法を掛けたように、エーリヒにもそれをしようと思ったことはある。
でも、最初から別人になりすましていたクロエと違って、エーリヒは元騎士であることを隠していなかった。彼の父であるアウラー公爵や、クロエの父程度なら、それでも騙せたかもしれないが、向こうにはクロエよりも力を使い慣れている、魔女のカサンドラがいる。
しかも彼女は、エーリヒに執着していた。
僅かな違和感でも気が付き、それが同種の力であると感づいてしまう可能性がある。
クロエが魔導師ではなく、魔女だとばれてしまうのが、一番怖い。
エーリヒはそう言って、クロエの安全のために、自分はそのままでいいと言ったのだ。
(たしかに、まだ魔法を使い始めたばかりの私では、もう何年も魔女として、思いつくまま力を使っていた王女には、勝てないかもしれないけど……)
今はとにかく経験を積んで、王女カサンドラにも勝てるように、練習するしかない。
それには実践が一番だろう。
エーリヒが依頼を受けて王都の外に出るようになったら、クロエも同行して、できるだけ魔法を使ってみようと決意する。
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