第27話

「まだスープが温かいうちに食べた方がいい」

 エーリヒにそう言われて、まずは買ってきてもらったサンドイッチと野菜スープを食べることにした。

 サンドイッチは、クロエの一番好きなハムとチーズのもの。

 スープは香辛料が入っていて、風邪を引いていた身体を温めてくれる。

「うん、おいしい」

 温かい食事で少し気分が落ち着いてきた。

 ふとエーリヒを見ると、彼は自分の食事にはまったく手を付けずに、何か考え込んでいる様子だった。

「……ごめんなさい、エーリヒ」

 謝罪すると、彼は首を傾げる。

「なぜ謝る?」

「だって、変な魔法をかけてしまって……」

「いや、むしろ助かる。何せ剣も魔法も通用しないから、多少無謀なことをしても大丈夫だ」

「だめよ、無理はしないで」

 クロエは慌てたが、何をしても傷を負うことはないのに無理と言うのだろうか、と真顔で尋ねられて口を閉ざす。

 そんなクロエに、エーリヒが自分のサンドイッチを分けてくれる。ずっと眠っていたので、お腹がすいていた。

 二人分のサンドイッチを食べたあと、クロエはエーリヒの様子を伺う。

 彼はずっと考え込んでいるようだ。

 右腕にかけられた魔法のことではないのなら、何のことだろう。

「ねえ、エーリヒ」

「ん? スープも飲むか?」

「違うわ。エーリヒもちゃんと食べないと駄目よ。そうではなくて、何か心配なことでもあるの?」

 思い切ってそう尋ねると、エーリヒは顔を上げてクロエを見つめる。

「クロエは俺の恩人だったから、手助けができればと思って色々と提案してきた。だが……」

 魔法がかけられた右腕に手を置いて、彼は言葉を続ける。

「これだけすごい力を持っているクロエなら、ひとりで逃げられたな」

「そんなことないよ!」

 思わず立ち上がり、クロエは即座に否定した。

「私だけだったら、自分の力がどういうものかも知らなかった。女ひとりで旅をするのも不安だったし、相棒がいたらいいのに、と思っていたの。でもこの国に誠実な男性なんて、探してもなかなかいないもの。エーリヒが来てくれて、すごく助かったわ」

 まず、宝石を換金するところで躓いていた。

 ドレスを着た訳あり令嬢なんて、騙されて自身が売り物にされてもおかしくはない。

 魔法が使えることはわかったが、それが魔女の力だなんて知らなかった。

 だからクロエが魔女で、その力を自覚していないことを誰かに知られてしまったら、どんな目に合っていたか。

 前世の記憶があっても、この世界の常識は知らない。

 こうして家を借りることも、ギルドに登録することもできなかったに違いない。

「少し甘えすぎているくらいよ。ありがとう」

 それを伝えると、エーリヒの顔が少し和らぐ。

「役に立てていたのなら、よかった」

 でも、とクロエは言葉を続ける。

「たしかにエーリヒの言う通り、今の私達だったら王都を抜け出せるかもしれない」

 ギルドで実績を積んで国籍を取得しなくとも、クロエの魔法とエーリヒの剣技で強行突破することは、それほど難しいことではない。

 でもそうなったら、確実に追われることになるだろう。

 いくら力があっても、ずっと戦い続けられるほどクロエの心は強くない。

 エーリヒの負担も大きくなってしまう。

「私は欲張りなの。冒険の旅にも憧れるけど、穏やかな日常も捨てられない。だから今は、きちんとした手続きを得て、この国を出ていきたいと思っている。ごめんね、面倒なことに巻き込んでしまって」

「面倒だなんて思っていない。俺達は自分の人生を取り戻すために、あの場所を出た。クロエのやりたいことは、何でもやろう」

「……うん」

 やっぱりあの場所でエーリヒと会えてよかった。

 クロエはあらためてそう思う。

 頑張って探せば、親切な人はいたかもしれない。

 それでもここまでクロエの気持ちに寄り添ってくれるのは、エーリヒしかいないだろう。

「じゃあ明日、薬草採取に行こうよ。お弁当を作るから」

 せっかくギルドに所属したのだから、依頼も受けてみたい。

 そう訴えると、彼に頷いてくれた。

「そうだな。だが、クロエは体調を崩したばかりだ。もう少し身体を休ませた方がいい。明日ではなくて、二、三日後にでも……」

「もう大丈夫! 絶対に病気にはならないから!」

 明日はとても天気が良いと聞いていたので、薬草を探しながらのんびりピクニックができたらと思っていた。

 それに、体調はすっかり回復している。

 エーリヒに大丈夫だと伝えたくて、少し力を込めて言い過ぎた。自分の言葉に力が宿ったことがはっきりとわかって、クロエは口を閉ざす。

「……」

「…………」

 二度目の沈黙のあと、クロエは椅子に座る気力も沸かずに、床に座り込んだ。

「……怖い。この力、本当に何なの。制限とか、ないの?」

「制限はあるはずだ。でも、クロエの力は桁違いに強いのかもしれない」

 手を差し伸べてくれたエーリヒに掴まりながら、何とか立ち上がる。

「ああ、そっか。制限がないのなら、自分で作ればいいのね」

「クロエ?」

 この力を理解するまで、自分で制御できるようになるまで、封印してしまえばいいと思い立つ。

 便利な力かもしれないが、今のままだと力に呑まれてしまいそうで怖かった。

「私とエーリヒが危険な状態になったときを除いて、魔女の力を封じるわ。しばらくは魔導師として、きちんと学んで力を使いたいから」

 そう宣言すると、自分の中にある扉が閉まったようなイメージが浮かぶ。

 鍵の掛った扉だが、クロエ自身はその鍵を持っているので、いつでも開くことができる。

「うん、これでいい。今までの魔法は消えないから、私は怪我に、エーリヒは病気に気を付けていこうね」

 クロエは病気になることはなく、エーリヒの右腕は無敵状態だ。

 さらに力を封印したとはいえ、クロエの魔力は膨大だし、エーリヒの剣技は他の冒険者を圧倒していた。

(まぁ、チートであることには変わりはないかな?)

きっと何とかなるだろう。

クロエの希望通りに明日は薬草採取に行くことになった。

 エーリヒは薬草採取の依頼を受けるために、クロエはお弁当の買い出しのために、一緒に出掛けることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る