第24話

 胡散臭い。

 それがクロエの第一印象だった。

 妙に自信がありそうな笑顔も、気に障る。

 たしかに多少は整った顔立ちをしているかもしれないが、エーリヒと比べたら天と地の差である。

「魔力の登録だったね。こちらで行いますから、どうぞ」

 にこりと微笑んでいるが、目が笑っていない。

(何か、嫌だわ)

 差し伸べられた手を無視して、クロエは振り返ってエーリヒを見る。

「登録、今日じゃなくてもできるよね」

「ああ、そうだな」

 エーリヒも彼を警戒しているようで、クロエを抱きしめたまま離してくれなかった。

「すぐに依頼を受けるわけじゃないし、もう少し考えてからにします」

 そう告げると、サージェは大袈裟に溜息をつく。

「魔力登録を希望していると聞いたので、他の仕事を放り出して駆け付けたのですよ。簡単に言われても困ります。それに魔力があるのなら、魔力の登録は必須ですから。さぁ、向こうの部屋に行きましょう」

 彼は、どうしてもクロエを奥の部屋に連れて行きたいようだ。

 もう一度クロエに向かって伸ばされた手を、エーリヒが振り払う。

「そんな規約はなかったはずだ。今日はギルドの登録と、パートナー契約だけで」

 そう言いかけたエーリヒの腕を、サージェが掴んだ。

 指が白くなっているので、相当な力が込められているのだろう。

「エーリヒ?」

 慌てて縋るクロエを、エーリヒは片手で背後に庇う。

「何のつもりだ」

「この国の貴族がどんなに腐敗しているか。よく知っているんですよ。あなたは魔力のある移民の女性を、魔石作りのために酷使するつもりなのでは?」

 どうやら彼は、移民であるクロエを、貴族のエーリヒが利用していると勘違いしているようだ。

 エーリヒの見た目が整いすぎていることも、その要因かもしれない。

 貴重な魔力持ちの移民をその外見で誑かし、騙して魔石作りをさせるように見えたのだろう。

「違うの。エーリヒは、私のために」

 勘違いに気が付いて、クロエは慌ててふたりの間に入る。

 利用するどころか、エーリヒはクロエのために色々と考えてくれている。

「大丈夫です。あなたは何も心配しないで」

 勘違いしたまま、サージェはクロエに優しく告げる。

「いくら貴族でも、彼はもうギルドに登録していましたから。ギルドに所属してしまえば、身分は不問なのですよ」

 そう言って、エーリヒには厳しい視線を向ける。

「あまり移民を……。魔導師を舐めない方がいい」

「……っ」

 エーリヒの押し殺した声と同時に、強い静電気のような音がした。

 慌てて顔を上げると、サージェから魔力を感じた。

 彼は魔導師だ。

 その力の向かう先を辿ったクロエは悲鳴のような声を上げ、サージェを思い切り突き飛ばしてエーリヒから引き離す。

「エーリヒ!」

 サージェは掴んだ腕に、雷撃の魔法を放ったようだ。声は出さなかったが、相当の痛みがあっただろう。

「大丈夫? 痛くない?」

 解放したエーリヒの腕を胸に抱きしめて、クロエは狼狽えていた。

「君は騙されているんだ。目を覚ませ」

 なおもそう言う彼の頬を、クロエはカッとして思い切り叩いた。

「勝手なことばかり言わないで! エーリヒは、(父と婚約者から)逃げ出した私を(便乗して)追いかけてきてくれたの。ふたりですべて(のしがらみ)を捨てて、(相棒として)一緒に生きようと約束したのよ」

 エーリヒの提示してくれた設定を使い、本当のことを上手く隠しながら本気の言葉をぶつける。

 そして彼を庇うように前に出た。

「クロエ……」

 そんなクロエを、背後からエーリヒが抱きしめる。

 それはどう見ても、互いに想い合う恋人同士にしか見えなかった。


 そして。

「すまなかった」

 魔法ギルドの奥の部屋で、クロエはエーリヒと並んで座っていた。

 目の前にいるのは、魔法ギルド員の職員と、先ほど盛大な勘違いをしてクロエに平手打ちをされたサージェだ。

 あれから駆け付けた別のギルド員に、エーリヒも同席してちゃんと魔力登録をしてもらった。

 そのあとに謝罪をしたいと言われて、ここに案内されたのだ。

 サージェはふたりに向かって深々と頭を下げる。

「ふたりが身分を捨てて駆け落ちしたとは知らず、勝手に勘違いをしてひどいことをしてしまった。本当に申し訳ない」

「いや、誤解が解けたのなら、それで構わないのだが……」

 エーリヒが戸惑っているのは、クロエが謝罪さえ受け入れないとでも言うように、そっぽを向いて黙り込んでいるからだ。

 サージェは移民出身の魔導師で、魔法ギルドの正職員になる前はとても苦労したらしい。とくに魔石の利益に目の眩んだ貴族には、相当ひどい目に合わされたようだ。

 それには同情しなくもないが、こちらの言い分を一切聞かず、エーリヒを攻撃したことを許すつもりはない。

 これでも不幸を願いそうになる心を、必死に制御しているのだ。

「クロエ」

 エーリヒが宥めるように、クロエの黒髪に触れる。

「俺は大丈夫だから、機嫌を直して?」

 耳元で囁くように言われて、思わず頬が染まる。

「……エーリヒが、そう言うなら」

 優しく髪を撫でられ、手を握られて。

 甘い声で名前を呼ばれてしまえば、怒り続けることができなくて、最後にはそう言ってしまった。

 間に入った魔法ギルドの職員は、あきらかにほっとした様子だった。

 誤解していたとはいえ、無抵抗の人間に魔法で攻撃したのだから、本来なら免職になっていてもおかしくはない。

 だが彼が貴重な魔力持ちの魔導師だということで、ギルド側も何とか穏便に収めたいと思っていたようだ。

 

「まぁ、ギルドに貸しを作れたな」

 ふたりの家に戻ったあと、エーリヒはそんなことを言って笑う。

「もう、本当に心配したんだから。急に魔法で攻撃するなんて」

 いくら虐げられていた過去があったとしても、魔法で攻撃して良い理由になんかならないはずだ。

 それも、あれほどの強さで。

「結構強い魔法だったわ」

 サージェという男は、かなり強い魔導師のようだ。

「そうだな。まだ少し、腕が痺れるくらいだ」

「えっ」

 クロエは慌てて、エーリヒの腕に両手を添えた。

「そういうことは早く言って! どうしよう、回復魔法って私にも使えるかな……」

 強く願えば、叶う。

 それが魔女であるクロエの力だ。

「治りますように」

 もうあんな光景は見たくない。

 エーリヒが傷付かないように、精一杯祈りを込めて祈った。

「どうかな?」

「……すごいな。痛みも痺れも消えた」

 痛みまであったのかと、クロエは顔を顰める。

「私には治せる力があるんだから、今度から隠さないで」

 絶対にそうして欲しいと詰め寄れば、エーリヒは決まり悪そうに顔を背ける。

「エーリヒ?」

「クロエの前で他の男にやられたなんて、格好悪くて」

 それで隠していたようだ。

「でもクロエがあんなに心配してくれるとは思わなかった。すごく嬉しい」

 腰に手を回され抱き寄せられて、慌てて離れようとする。

「ちょ、ちょっと待って。ここは家だから。今は恋人の振りをしなくてもいいのに」

「何を今さら。毎日抱き合って眠っているのに」

「言い方! そんなこと言うなら、別々に寝るわ」

 恥ずかしくなって叫ぶようにそう言う。

「俺はあのベッドが気に入っているから、嫌ならクロエがソファーで寝るしかない」

「私だって気に入っているわよ!」

 ふかふかのベッドを捨ててソファーで寝る気はない。

「だったら一緒に寝るしかないね」

 頷くのが悔しくて顔を反らすと、宥めるように髪を撫でられた。

「本当に、心配したのよ」

「うん。クロエは昔から変わらないな」

 優しく慈しむような声でそう言われて、思わず顔を上げる。

「え?」

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