第23話

 魔法ギルドの入口を開くと、お香のような匂いが漂ってきた。

(何の匂いかしら?)

 不思議に思って視線を巡らせると、奥の壁に薬草が干してあるのが見えた。

 あれの匂いかもしれない。

 どうやら魔法ギルドは、薬も扱っているようだ。薬師らしき女性が、カウンターで大量の薬を納品していた。

(あれって何だろう。ポーションとか? 薬師じゃなくて、錬金術師だったりして)

 興味を持って見つめていると、視線を感じたのか、薬師らしき人が振り向いた。茶色の髪をした少し年上の女性だった。

 彼女はクロエを見ると、不愉快そうに顔を背ける。

 よく見れば彼女だけではなく受付の女性も、依頼を見ていた魔法ギルドに所属している人達も、こちらを見下すような視線を向けていた。

(なるほど、これが移民の女性に対する態度なのね)

 クロエのような黒髪は、このアダナーニ王国には存在していない。

 国民のほとんどは、茶色や赤色の髪をしている。貴族には金髪が多く、稀にエーリヒのような銀髪がいるくらいだ。

 だから見ただけで移民だとわかるクロエに、女性達は厳しい視線を向けているのだろう。移民は差別されているからと、エーリヒが心配してくれた通りのようだ。

 ここはあまり良い国ではない。

 それが、前世を思い出してからずっと抱いている印象である。

「クロエ、受付はこっちだ」

 そんな女性達を睨むようにしていたエーリヒは、クロエの手を取って歩き出した。クロエに向けられていた視線が、いっせいに彼に集まる。

 煌めく銀髪に、人形めいた美しさの容貌。

 女性達の熱っぽい溜息まで聞こえてきたが、エーリヒは視線を向けられることさえ不愉快そうだ。繋いでいた手に力が込められているのがわかった。

 どんな目に合えば、ここまで女性不審になるのだろう。

 夢で見た王女は可愛らしい容貌をしていたと思うが、中身はクロエの父や元婚約者よりも酷かった。あれが本当の王女なのか確かめていないが、おそらく確定だろうと思っている。

(もうあんな王女に、エーリヒは渡さないからね)

 繋いでいる手に、クロエも力を込めた。

 新規ギルド員になるための申し込みをしている間、エーリヒはクロエの腰に手を回してしっかりと抱きしめている。

(さすがに人前で恥ずかしいけど……)

 振り払う気になれないのは、抱きしめられているのではなく、縋られているように思えるからだ。

 最初にクロエを見て嫌な顔をしたギルド員も、さすがに仕事のときはきちんと対応してくれた。

(もしかしたら、それもエーリヒがいるから?)

 それは、誰もが見惚れるほどの美形だからという理由ではない。

 エーリヒの銀髪は、父であるアウラー公爵譲りである。

 北方の人間という可能性もあるが、貴族かもしれないと思えば、彼の機嫌を損ねてはいけないと考えたのだろう。

 この国の力関係ははっきりしている。

 王族、貴族、一般市民。正規の手続きで移住した外国人。そして移民だ。

「登録はこれで終わりです。質問がありましたらどうぞ」

 淡々とそう言う受付の女性に、クロエは振り返ってエーリヒを見た。

「ええと、彼とパートナー登録をしたいんですが」

「それと、クロエの魔力登録を」

 黙って見守っていたエーリヒがそう口を挟む。

「魔力登録?」

 聞いたことのない言葉に、クロエは首を傾げた。

「魔力……。あの、魔導師なのですか?」

 受付の女性の口調が、急に丁寧なものになった。

「そうだ。クロエは魔石が作れるから、トラブルを防ぐためにも魔力登録が必要だ。手続きをしてくれ」

「ま、魔石を?」

 エーリヒのその言葉で、周囲がざわめいた。

 クロエに向けられた嫌悪の視線はすべてなくなり、むしろ羨むような視線を感じる。魔石を作れるというのは、クロエが思っていたよりもすごいことらしい。

「は、はい。手続きの準備をしますので、少々お待ちください」

 ギルド職員が奥に駆け込んでいく。

 クロエはエーリヒに抱かれたまま、彼を見上げた。

「魔力登録って、何?」

「クロエの魔力を登録しておくと、魔石を作ったのが間違いなくクロエだと証明できる」

 誰かがクロエの作った魔石を自分が作ったものだと偽って売ろうとしても、それをしておけばすぐに嘘だとわかるようだ。

(つまり転売防止、ってことよね?)

 女性で、しかも移民であるクロエを軽く見て、手柄を横取りする者が現れる。エーリヒはそう考えて、しっかりと対策してくれたのだろう。

「わかったわ。ありがとう」

 自分のために色々と考えてくれたので素直にお礼を言う。

 するとエーリヒは、クロエにそう言われたのが嬉しくてたまらないとでも言うように、瞳を細めて笑う。

 その優しい笑顔に胸がどきりとした。

(演技、だよね。そういう設定だから……)

 深く考えてはいけないと、気持ちを切り替える。

 今は、このミッションをクリアしなくては。

「お待たせしました」

 ふと、耳に心地よい低音ボイスが聞こえてきて、クロエは我に返る。

 顔を上げてみると、先ほどの受付の女性の他に、魔導師らしき男性が現れた。

 濃い茶色の髪は光の加減で黒にも見えて、外国人なのか、それともこの国の者なのか不明だった。

 背がとても高く、なかなか整った顔立ちをしている。

 年齢は、エーリヒよりも少し上くらいか。物腰は穏やかだが、こちらを伺うような瞳に警戒を感じる。

「初めまして。私は魔法ギルド所属のサージェと申します」

 彼は丁寧にそう言うと、まつすぐにクロエの目を見て微笑んだ。

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