第17話
ぱりん、という音がして、クロエは首をすくめた。
「うーん、なかなか難しい……」
手に残ったのは、砕けた水晶の欠片だ。やはり水晶が脆すぎて、魔力を込めようとすると粉々になってしまう。
それでも水晶が尽きるまで繰り返した結果、ようやく何個かは魔石らしいものを作ることができた。
「できた! エーリヒ、どうかな?」
ようやく成功することができた。クロエは嬉しくて、傍で守ってくれていたエーリヒにできたばかりの魔石を手渡す。
「すごいな」
彼はそれを受け取ると、大切そうに掲げた。
「綺麗だな。クロエの魔力はとても綺麗だ」
手のひらに乗るくらいの小さな魔石に、エーリヒは見惚れていた。何だか恥ずかしくなって、クロエは視線を逸らす。
「それ、エーリヒにあげるね。私が最初に作った魔石だから」
「俺に?」
視線を逸らしたまま言うと、エーリヒの感極まったような声が聞こえてきた。
「ありがとう、クロエ。大切にする」
「最初だから、ちょっと下手かもしれないけど。でも、記念だから……」
言い訳のように言葉を続けたけれど、エーリヒはただ、手のひらの上にある魔石を嬉しそうに見つめている。
(そんなに喜んでくれるなんて思わなかったな……)
嬉しいけれど、少し恥ずかしい。
「魔石作りで疲れたから、今日はもう寝るね」
そう言って、さっさと寝室に逃げる。
手早く着替えをして、ベッドに潜り込んだ。
(でも、何だか魔石を作る感覚を掴めたような気がする)
もし大量生産できるようになったら、本格的に魔術師として魔法の勉強をするつもりだ。
生まれつき魔力があり、魔石なしでも魔法が使えるのが、『魔導師』
魔法書などで魔法を学び、魔石を使って魔法を使うのが、『魔術師』
(そして願っただけで魔法を使えるチートが、『魔女』ね)
クロエは復習するように、そう考える。
(できれば、小さな魔石は大量に流通させたいところだけど……)
このアダナーニ王国に魔導師だけではなく、魔術師も少ないのは、魔石があまりにも高価だからだ。
魔法を学んだとしても、それをしっかり身に付けるには何度も実践しなければならない。
だが魔石があまりにも高価なせいで、それを大量に入手できる階級の者でなければ、魔石を使ってさえ魔法を使うことはできないと言う状況である。
(魔石が高価なのは、魔導師が少ないせい。でも効果な魔法書を購入して、さらに魔石を大量に消費しないと、魔術師にもなれない……。難しい問題よね)
クロエならば安価な魔石を大量に作り出すことができるが、そうなると今度は貴族達に目を付けられてしまうらしい。
宝石よりも高価な魔石の売買は、貴族の大切な収入源になっているようだ。もちろん高度な魔法書も、他国よりもかなり高値で売られているらしい。
クロエとしては今のところ、貴族を敵に回してまでこの国の魔法改革をするつもりはない。落ち着いたらこの国を出て、他国を拠点として冒険者になろうと思っている。
その日のために、こつこつと魔石を作ってアイテムボックスに入れておこうと思う。
そんなことを考えているうちに、本当に眠ってしまったらしい。
クロエは、夢を見ていた。
場所は、おそらくアダナーニ王国の王城だ。
静かな王城に、ひとりの女性の金切り声が響いていた。
「誰がこんなものを用意しろと言ったのよ!」
声と同時に、硝子の割れる音がする。
夢の中のクロエは、誰にも見つからずに自由に王城の中を歩き回れるようだ。それでもゆっくりと用心しながら、声の聞こえた方に向かって歩く。
(ここは……)
広くて大きな部屋に、豪華な調度品。
十人ほどいる侍女は、皆怯えたような顔をして、広い部屋の隅で震えていた。彼女達の視線は、部屋の中央に向けられている。
クロエもその方向に視線を向ける。
そこには、ふたりの女性がいた。
ひとりは年若い侍女らしく、顔を抑えて蹲っている。
その指の間に、流れる赤い血。
どうやら、硝子のコップを投げつけられたようだ。
(酷いわ。怪我をしているじゃない)
しかも女の子の顔に傷をつけるなんて、許されることではない。
憤りながらもうひとりの女性に目を向ける。
先ほどの金切り声もおそらく彼女だろう。
美しく着飾った、一目で高貴な身分だとわかるクロエと同じような年頃の女性。
金色の巻き毛に、青い瞳をした美少女だ。
(……もしかして)
クロエはじっくりとその女性を見つめた。
彼女はクロエと同じ魔女だという、この国の王女ではないのだろうか。
王女は我儘にふるまい、侍女たちを平気で傷付け、役立たずと罵っている。
思っていたよりもずっとひどい。
こんな人にエーリヒが囚われていたのかと思うと、怒りが募った。
(もう絶対に、あなたには渡さないから)
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