第15話

(これが魔石かぁ……)

 買い物をして家に帰ると、クロエはさっそくエーリヒに買ってもらった魔石を取り出して、じっくりと眺めた。

 ベースはただの水晶のはずなのに、淡く光っている。

 きっとこれが魔力だ。

(同じようにできるかな?)

 クロエは買ってきた水晶に魔力を込めてみた。

 けれど、なかなか思うようにいかない。

 何度か試してみたけれど、魔力が少なくて魔石として使えないものや、逆に魔力を込めすぎて砕け散ってしまったものもある。

「これは、修行が必要ね……」

 大量の魔石を得ることができるかと思っていたが、現実はそう甘くはないらしい。

 でもまだ始めたばかりだ。

 少しずつ頑張っていこうと決意する。

(王都を出る頃には、成功できるといいな)

 冒険者になったらきっと、魔石がたくさん必要になるはずだ。それまでに自作できるようになるのが、クロエの目標だった。

 魔石造りは難航していたが、料理は順調だった。

 お米に味噌、醤油が無限に使えるのは、我ながらちょっと反則だ。

 お陰で朝は、すっかり和食が定番となってしまった。意外とエーリヒが気に入ってくれたようで、何となく嬉しい。

(一緒に暮らしている人と味覚が合うのって、いいよね)

 今日の朝食も、和食だった。

「これから町に出るの?」

 食事を終え、ふたりで後片付けをしたあとは、いつものように今日の予定を話し合う。

「ああ。少し情報収集をしてくる。クロエは?」

「昨日、図書館で借りてきた本で魔法の勉強をする。あと午後から、近所のお友達とお茶会をするわ」

 この辺りは新興住宅地らしく、近所には若い夫婦が多かった。

 何度か顔を合わせているうちにすっかり仲良くなり、互いの家に寄ってお茶会をするようになっていた。

「わかった。何か欲しいものは?」

「また水晶が安く売っていたら、お願い」

「了解」

 朝食後、町に出るエーリヒを見送る。

 クロエは出かけようとしている彼の背に両手を置いて、声を出して言った。

「悪い人に見つかりませんように!」

 いつからか、彼が出かける度にこうするようになった。

 上手く魔力を込められたのかわからないが、彼を守れるように、精一杯祈っている。

 用心深いエーリヒのことだ。

 クロエの魔法なんかなくとも、誰にも見つからずに行動することができるに違いない。

 それでも、自分が安心するためにこうしている。

「ありがとう、クロエ。行ってくるよ」

「うん。いってらっしゃい」

 エーリヒを送り出したあと、クロエは図書館から借りてきた魔法の本を広げる。

(何だか新婚夫婦みたい)

 そう思ってしまい、頬を染める。

(私達は相棒。共犯者? そういうのだから!)

 慌てて言い訳をして、勉強に集中する。

 純粋な魔導師はとても少ないが、冒険者の中には魔石を使って魔法を使う魔術師がいる。そのため、わかりやすい魔法の本もたくさん置いてあった。

 でも理論は学べても、感覚となるとなかなか難しい。

(元の世界にはないものだからなぁ)

 今まで何度か魔法を使ったようだが、自分の意志で明確に使ったのは、王城で監視魔法を吹き飛ばしたときだけだ。

  それでも知識を身に付けることは無駄にはならないだろうと、せっせと勉強を続けた。

「ん……。そろそろ時間かな?」

 昼近くまで本を読んでいたクロエは、本を閉じて背伸びをした。

 今日は、近所の友人たちがクロエの家に集まる日だ。

 中にはクロエのように、他国から移住していた者もいる。

 ただお茶を飲みながらおしゃべりをするだけだが、それなりに楽しい時間だ。

 王都についての情報収集にもなる。

「クロエさん、こんにちは」

「お邪魔しまーす」

「こんにちは」

 時間になると、近所に住む友人たちが訪ねてきた。クロエは彼女たちを迎え入れて、部屋に通した。

「いらっしゃい。中にどうぞ」

 お茶を淹れて、焼き菓子を出す。

 もう何度もこうやって会っているから、いまさら緊張することもない。

「あ、この焼き菓子おいしいね」

 すぐ隣に住んでいる、結婚したばかりの若い女性が、そう言ってしあわせそうに微笑む。彼女は食べることが大好きで、おいしい店の情報をたくさん教えてもらった。

「エーリヒが買ってきてくれたの。大通りにある店らしいわ」

「あのものすごく美形な旦那さまかぁ……。やっぱり奥さんには優しいんだね」

 焼き菓子をうっとりと眺めていた彼女がそう呟く。

 一緒に暮らしているので、友人たちは夫婦だと思い込んでいるようだ。

 クロエもわざわざ否定しなかった。

 理由を説明するには、色々と事情がありすぎる。

 そしてあれほどの美形なのに、近所でのエーリヒの評判は微妙なものだ。とにかく無愛想なようで、クロエが友人たちに挨拶をしても、隣で軽く頭を下げたら良い方だ。

 そういえば彼は、女性不審だったと思い出す。クロエにはいつも優しいから、すっかり忘れていた。

「エーリヒはとても優しいのよ。強くて頼りになるし」

 そうやって毎回フォローをしていたら、いつのまにか惚気ていると思われてしまった。エーリヒも無愛想だが、妻だけは溺愛している夫になってしまっている。

 本当の夫婦ではないのに、いつのまにか近所でも評判のラブラブ夫婦になってしまったのだから、何とも不思議なものだ。

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