第11話

 こうして王都での暮らしが始まった。

 荷物は増やしたくないと思っていたけれど、生活するにはやはりある程度のものは必要になる。

 大型の荷物は運ぶのも大変だった。ふたりで家具を設置し終えたあとは、リビングで少し休憩をすることにした。

 エーリヒが淹れてくれたお茶を飲んで、ようやく一息ついたところだ。

(ああ、ゲームによくあるような、アイテムボックスがあればいいのに)

 何でも収納できて、即座に取り出せる。

 もちろん、食べ物は何年経過しようが腐らない。むしろ温かいものも冷たいものも、そのままの状態で収納できる。

 そんなものがあればいい。

 そう思った途端、目の前に画面が出現した。

「ええっ」

「クロエ?」

 リビングのソファーで寛いでいたエーリヒが、急に声を上げたクロエに驚いて声を掛けてきた。

「どうした?」

「え、えっと。この画面が……」

「画面?」

 空中で手を振るクロエの様子を、彼は不思議そうに見ている。

「そこに何かあるのか?」

「……エーリヒには見えていないのね」

 画面のタイトルを見ると、クロエのアイテムボックスと名付けられている。

(もしかして、本当にアイテムボックスが使えるようになったの?)

 試しに、部屋にあった新品のタオルを手に取ってみる。

(どうやって入れるのかな? アイテムボックスに移動しろって念じればいいのかな?)

 アイテムボックスに移動。

 そう思った途端、手に持っていたタオルが消えた。


 新品タオル×1


 画面の中にそう表示されているのを確認して、思わず感嘆の声を上げる。

「すごい! これは便利かも!」

「クロエ、さっきから何をしている?」

 不思議そうなエーリヒに、今までの経緯を興奮気味に伝える。

「そういうわけで、アイテムボックスが使えるようになったの。すごいよね!」

「……そんな魔法は、聞いたことがないな。クロエはそんなこともできるのか」

 真面目な顔でそう言われて、首を傾げる。

「え、この世界では普通じゃないの?」

 もしここがゲームや小説がベースになっている異世界なら、当たり前に存在すると思っていた。

 でもエーリヒは首を振る。

「いや、魔法といえば、ほとんど攻撃手段として使われるものばかり。まれに癒しの魔法を使える者がいる。その程度だ」

「そうなんだ……」

 ここは、あくまでもクロエの前世とは異なる世界というだけで、ゲームや小説の中に転生したわけではないらしい。

「じゃあどうして私は、こんな魔法が使えるのかしら?」

「王女の監視魔法を破ったときから思っていたことだが、クロエはもしかして、王女と同じ魔女なのかもしれない」

「ま、魔女?」

 前世の記憶に照らし合わせてみると、あまり良い印象のある言葉ではない。人を害する邪悪なもの。もしくは魔女狩りなど、虐げられる対象となっているようなイメージだ。

「それって悪い存在なの?」

 不安そうに尋ねると、エーリヒは首を振る。

「いや、そんなことはない。たしかに強い力を持っているから恐れられることもあるが、人々を虐げるような真似をしない限り、敬われる存在だ」

 そう言って、怖がるクロエを安心させるようにその肩に手を置く。

「だから心配しなくてもいい。それに、この国では魔女と呼んでいるが、他の国では聖女とか、賢者と呼んでいるところもあるようだ」

「そっか。ありがとう」

 魔女と言われたら恐ろしいが、聖女や賢者ならば怖くはない。

ほっとして、エーリヒを見上げる。

「それで。この国の王女様が、私と同じ魔女なの?」

「……そうだ」

 王女のことを口にすると、エーリヒは心底嫌そうな顔をして頷く。

 よほど嫌いだったらしい。

 それでも魔女に関して、知る限りのことを教えてくれた。

「王女はこの国の長い歴史の中で生まれた、初めての魔女だ。そのせいで力のコントロールもろくに学ばず、わがままに過ごしている。あんな魔女なら、いないほうがよかったと言われているくらいだ」

「そんなに?」

 思っていたよりもずっと、王女はひどい女だったらしい。

(考えてみれば、あのキリフ殿下の異母妹だもの。血は争えないってことかしら)

 せめて遠目でしか見たことのないこの国の王太子が、まともな人間であることを祈るばかりだ。

「私自身が今まで魔法が使えることを知らなかったんだから、当然、お父様やキリフ殿下も知らなかったって言うことよね?」

「そうだ。それでよかったと思うよ。もしクロエが魔女だとわかったら、どんな目に合ったことか」

「……うん。私も、そう思う」

 カサンドラは王女だったから、わがままに振る舞うことができた。

 それを許されたのだ。

 もし前世の記憶が蘇らない状態で、クロエが魔女だと判明してしまっていたらと思うと、おそろしい。

 ほぼ間違いなく、父の言う通りに動く人形になっていただろう。

「むしろ婚約を解消してくれたキリフ殿下に、感謝したいくらいよ」

「そうだな。俺も、そう思うよ」

 エーリヒは同意するように頷くと、黒に変えたクロエの髪にそっと触れる。

「色なんかに惑わされて、この美しさに気付かない男になんか、クロエは勿体ない」

「……っ」

 婚約者だったキリフは、クロエのことを地味で目立たない。花のない女だと散々貶めた。前世の記憶が蘇っても、そのときの胸の痛みは忘れていない。そのつらい記憶が、エーリヒの優しい言葉で消えていくような思いがした。

「ありがとう」

 心からそう言って微笑むと、エーリヒは、まるで真夏の太陽を見るかのように、眩しそうに目を細めた。

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