第12話

 何だか照れくさくなって、クロエは疑問に思っていたことを口にした。

「えっと、魔女と魔導師って、具体的にどう違うの?」

 どちらも魔法を使う存在よね、と尋ねると、エーリヒは頷いた。

「そう。まず、この世界には魔力を持っている人間と、持っていない人間がいる。割合としては、持っていない人間のほうが圧倒的に多い」

 エーリヒは何も知らないクロエのために、詳しく説明をしてくれた。

「魔法を使える人って少ないの?」

「少ないな。だが魔力を持っていなくても、魔石を使えば簡単な魔法を使うことができる。そのため、魔石は非常に高価なものだ」

 魔石を使って魔法を使う者は、魔術師と呼ぶらしい。

 その魔石は、水晶に魔力を詰めて作る。

 そもそも魔力を持っている人が少ないのだから、希少価値があり、高額となる。しかもそんな高額な魔石を使っても、初歩的な攻撃魔法しか使えないらしい。

「うーん、効率が悪いわね……」

「それでも、世の中には魔法でしか倒せない魔物がいる。高額でも手に入れたい者は多いよ」

 そんな魔石を使うことなく魔法が使えるのが、魔導師だ。

 この国には五人ほどしかいないが、北方には数百人ほどいるらしい。

(それでも、大陸全体だと思うと少ないわね……)

 そして先ほどエーリヒが言っていたように、魔導師が使うのはほとんどが攻撃のための魔法である。だから魔力のある者は国に召し抱えられることが多い。

「この国には、魔導師は五人しかいないのね?」

「ああ。その魔導師も全員、国に仕えている」

「五人って、少ないほう?」

「この大陸ではかなり少ないほうだな。そのせいで、北方から妻を迎える貴族が多い」

「そういえば私の異母弟の母親も、そうだと聞いたわ。両方とも一度も会ったことがないけれど」

 兄は異母弟の存在を敵視していたらしいが、異母弟はわずかに魔力を持って生まれたと聞いた。そんな事情では、残念だが兄よりも異母弟のほうが有利かもしれない。

(まぁ、私にはもう関係ないけれど)

 父の後継者が誰になろうと、クロエには関係ない。

「それで、魔女っていうのは、魔法が使える女性ってこと?」

「いや、魔女というのはまったく別の存在だ。まず、魔力が魔導師とは桁違いに多い」

「多いの? 私も?」

「おそらく。魔女の魔力はあまりにも多すぎて、同じ魔女しかわからないらしいよ」

「そうなんだ……」

 不思議に思って手のひらを見つめてみたが、まだ自分ではまったくわからない。

(本当に魔力があるのかな?)

 そんなに大きい力なら、かえって恐ろしいくらいだ。

「それに、魔女に呪文や術式は必要がない。願っただけで、それを叶えてしまうからね」

「願っただけで?」

 それは、本当に魔法のようなことだ。

「何でも叶うの?」

「魔女にも限界はあるから、何でも叶えられるということではないらしい。でも、クロエの力はかなり強いと思う。まだ目覚めたばかりなのに、王女の魔法を吹き飛ばしている」

 当たり前だが、限界はあるようだ。

 それでも攻撃魔法と治癒魔法しか存在しない世界で、願うだけである程度叶えてしまう魔女の存在は、ほとんどチートだ。

「願うだけで叶うって、ちょっと怖いわ」

「本当は、魔力を込めて言葉にすると、それが叶えられるらしい。だから、少し思っただけで魔法が発動することはないよ。ただクロエはまだ目覚めたばかりで、制御できないのかもしれない」

「そう。ちょっと安心したわ。でも、今は迂闊に何かを願うべきじゃないわね。うーん、何とかして魔力を制御しないと」

 アイテムボックスは便利で嬉しい機能だが、変なことを願ってしまったら大変なことになる。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。ただ、不安定な時期は、相手の不幸を願うと叶えやすいらしい。王女がかなり酷かった」

 クロエなら大丈夫だと思うが。

 エーリヒはそう言って笑う。

 彼が魔女に詳しいのも、その王女の魔法に対抗する術はないか、必死に探した結果らしい。かなり苦労したようだ。

(もう、そんな王女の手になんか渡さないから。エーリヒは、私の相棒だもの)

 そう決意したところで、ふと思い出す。

 あれは、婚約解消を言い渡されて屋敷から逃げ出そうとしていたとき。あのとき、父と婚約者だったキリファに、負の感情を抱いてしまった気がする。

「どうしよう。私、父とキリファ殿下の不幸を願ってしまったかもしれない」

「ふたり?」

「お兄様も、かもしれない。みんな禿げてしまえばいい。一生、薄毛に悩めばいいって、願ってしまって……」

 そう言うと、一瞬唖然としたエーリヒが、次の瞬間には声を上げて笑い出した。  

「そ、それは……」

「もしかして、叶ってしまったかしら?」

 父はまだしも、兄とキリファにとってはあまりにも非情な報復だった。

 狼狽えるクロエの隣で、エーリヒはまだ笑い続けていた。

「あ、あのメルティガル侯爵と、キリフ殿下が、薄毛に……」

「どうしよう。さすがに過剰な報復じゃないかしら?」

「……いや。あのふたりがクロエにしたことを考えれば、軽いくらいだと思う。一生、薄毛に悩んでもらおう」

 そう言ったエーリヒは、こんなに笑ったのは初めてだ、と言う。

 笑うこともできないくらい過酷な生活を強いられてきた彼の癒しになれたのなら、散ってしまった髪の毛も本望かもしれない。

「そうだ。私の魔力が人よりも多いなら、魔石を作れるかな?」

 魔石をたくさん作ってアイテムボックスに入れておけば、資金には困らないのではないか。そう思いついて提案する。

「できるかもしれない。明日、水晶をいくつか買ってくるよ」

「うん、お願い」

 エーリヒが言うには、女性の魔導師は戦いに出るよりも、そうして魔石を作って売っている者が多いようだ。この国の魔導師は国に仕えているが、他国出身の魔導師も存在していて、魔石を売ってかなり裕福な暮らしをしているようだ。

 わざわざ冒険者にならなくても、生活することができるかもしれない。

(冒険はしてみたいけど、魔女だとわかるといろいろ面倒そうだし。うーん、自分で作った魔石を持ち歩いて、魔術師として戦ってみるとか?)

 とにかく明日、魔石を作ってみてからだ。

(アイテムボックスの検証もしてみたいし……)

 試してみたいことはたくさんある。

 魔力の制御も勉強しなくてはならない。

 明日から忙しくなりそうだ。

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