第四話 出発前~そして仕度へ

 「それでね、依頼内容なんだけど――」


 リーナの口から依頼について淡々と語られる。

 場所は首都ハーヴェスから東へ数十キロ進んだ場所にある、近郊の村デールで依頼主は村長の娘ルコッサ。数日前から森に異変が現れて、蛮族の群れが跋扈するようになったという。今のところ蛮族が村を襲撃する気配はないが、いつ攻撃されるのか分からない。そのため依頼内容もその蛮族たちに襲われる前に退治して欲しいという至ってシンプルなものだ。


 「蛮族の群れを率いているのは一際大きいゴブリンだったと聞くわ。おそらくホブゴブリンね。手ごわい相手だろうけど、あなた達ならきっと大丈夫よ……多分」


 「あはは……へ、へぇ。ホブゴブリンね。……善処しますよ」


  笑顔でグッドサインを称えるリーナにロナルドは乾いた笑いを零す。それもそのはずで、本来ホブゴブリンは初級冒険者が中級冒険者になるために討伐する登竜門のような存在なのだ。一般人に毛の生えた程度の駆け出し冒険者である自分には身の程知らずだとロナルドは思った。


 「クハハ。ようやく骨のある奴と戦えそうだ!ここ最近はつまんねー奴ばっかりだったからな。久々に腕がなるぜ」


 そんなロナルドの心境もいざ知らず。ヴィルヘルムは久々に相まみえようとしている強敵に闘志を燃やしているようだ。


 「……フン」


 ロナルドはちらりとガート・ルードの方に視線を向ける。ガート・ルードは興味がないのか一度だけ鼻を鳴らすと、腕を組んだまま瞑目した。


 (だ、大丈夫なのか、このパーティ)


 早くも一抹の不安を覚えるロナルドだった。



***** ***** *****



 「――話は分かりました。それで、僕等はいつその村へ向けて出発すればいいんですか?流石に明日以降ですよね。もう昼過ぎですし、冒険の準備やら何やらありますから」


 ロナルドがおずおずと切り出すと、リーナは少し渋い顔をしながら答えた。


 「それについてはディーンから伝言を預かっているわ……これをどうぞ」


 そう言ってリーナから渡された手紙をロナルドが受け取り、中身を確認すると一言だけ書かれていた。


『はよ行け!』


 「……!!」


 行き場を失った感情がロナルドの中を駆けずり回り、声にならない叫びが出た。


 ヴィルヘルムは、そんなロナルドの顔色を一瞥して『鬼辛子オーガペッパーみてぇだ』と呟いた。


 ガート・ルードは二人から距離を取ると、一人神妙な顔をしながら得物のだんびらの手入れをし始めた。


 そんな三人の様子をまじまじと見ていたリーナは不安そうにこぼす。


 「……はぁ。本当にこの人達で大丈夫なのかしら」



**********



 依頼を受注してから約2時間。各々が準備を終えたロナルド達は、先に待っていたリーナを目印にしてギルドの玄関口に集まっていた。

 

 「――さて、それでは出発しましょうか。……あまり気乗りはしないですが、ははは」


 ロナルドは口元をぐしゃりと歪めると乾いた笑い声を洩らした。心なしか表情が優れないのは、きっと気のせいではないだろう。


 「待て。聞き忘れていたが、そのデールとかいう村への移動手段は何だ。それなりに距離があるみたいだが、勿論馬車を用意しているんだろうな」

 

 ロナルドの顔色をチラリと見て、『今度は、海辛子シーズペッパーみてぇな顔してらぁ』と一人呟くヴィルヘルムを尻目に、ガート・ルードは冷たい声色でリーナに尋ねる。


 リーナはガート・ルードの顔を一瞥すると、ばつが悪そうに苦笑いをしながら答えた。


 「ごめんなさい。実は急なことだったからギルド側で馬車を押さえることができなかったの。代わりにギルドからささやかながらの支給金を用意したわ」


 リーナは『後は分かるわね』と言いたげな上目遣いでガート・ルードを見つめると、すぐに事態を飲み込んだ彼は、ばつが悪そうな顔で盛大に溜息を付いた。


 「どうやら、出発する前に馬貸しを探すことになりそうだ」 


「……ハァン、なるほどな。オレ、馬貸しの心当たりなら一つだけあるぜ――ただ……」


 頭の後ろで手を組みながら、黙って話を聞いていたヴィルヘルムは一瞬思案顔をすると、おずおずと手を挙げた。


 「ヴィルさん、その話本当ですか!それなら早くその人の所に行きましょう!善は急げですよ」


 ヴィルヘルムの話を最後まで聞き終える前にロナルドが興奮気味に身を乗り出した。さっきまで底なし沼の様に濁っていたのがまるで嘘の様なキラキラした目で、食い気味にヴィルヘルムの肩を揺らした。


 そんなロナルドに少しドン引きしながら、ヴィルヘルムは続きを話す。


「ハァ……まぁ話は最後まで聞けよ。確かに馬貸しの心当たりはあるって言ったけど、こいつが中々癖者なんだよ。多分、馬を借りるに当たってえげつない条件を課してくるだろうぜ」


考えたくもねぇけどなと一段と肩をすくめるヴィルヘルム。それを見て、ガートルードは本日何回目になるか分からない溜息を零すと、瞑目していた両目を開けた。


「宛が一つしかねぇなら、どのみち行くしかないだろ。このままでは一向に話は進まん。――ヴィルヘルムとか言ったな。お前が言う馬貸しのところにとっとと出向くぞ。ここにいても時間の無駄だ」

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Albaire.SaGa——暁の英雄譚 ガミル @gami-syo

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