第二話 竜の吐炎~邂逅する者達

 「……ふぁぁ、よく寝たなぁ」


 此処は冒険者ギルド『竜の吐炎』。ハーヴェスでも随一の知名度を誇るこのギルドの2階にある宿泊部屋の一室にロナルドはいた。


 「にしても、昨日は凄かったな。こんな風だったっけか、ハーヴェスって」


 昨日が類稀に見る濃密な一日だったこともあったせいか、まだ体の節々に疲れが残っている。疲れを払拭するために朝の準備体操を念入りに行った後、眠気覚ましに背伸びをした。

 ふと部屋の窓辺に目を向けると硝子窓がオレンジ色に染まっているのが映った。ロナルドは導かれるようにその窓を開ける。水平線の向こう側からちょうど太陽が上がって来るのが見えた。

 街は昨日の騒がしさも嘘のように閑散としていた。まだ早い時間だ。きっと、太陽があの空の頂点に来る頃には昨日のように騒がしくなるだろう。


 「今日から僕も冒険者の端くれになるんだ。その門出としては、中々良い朝じゃないか」

 

 ――ぐぅっ……


 ロナルドが少し感傷に浸っていると、それを嘲笑うかのように腹の虫が鳴った。

 

 「そういえば、ハーヴェス着いてから何も食べていないんだった。昨日も結局ギルドに着いてからすぐに寝ちゃったし。……マズイな、意識しだしたら尚更お腹空いてきたぞ」


 ロナルドはお腹に手を当てながら簡単に身支度を整えると、朝食を求めて一階のギルド集会所に向かうことにした。




***** ***** *****




 ギルドの一階は有り体にいえば、レストラン兼大衆酒場の様な作りになっていた。

 大きな丸テーブルと背もたれがない椅子が室内に幾つか配置され、食事ができる様になっている。

 早朝にもかかわらず、何人かの冒険者が朝食を取っているのが視界に入った。それにしてもいい匂いだ。

 ――ごくり

 食欲を誘う香辛料の匂いがロナルドの鼻腔をくすぐり、彼は思わず空唾を飲んだ。

 食堂の受付カウンターは既に何人かの冒険者が並んでいる。今から並べば、数刻後には食事にありつけるだろう。


 「ふぅ、ようやくご飯が食べれるな。……あの――」


 「よう、ネェちゃん! ツノウサギの香辛焼き、もう一個頼むぁ。二つじゃ足んないんでね。ついでにネェちゃんも頂こうかな」


 ようやく順番が回ってきたロナルドがエプロンを付けた給仕嬢に声を掛けようとした時、隣から飛び出したやたら快活な声の主により、それは空しく掻き消えた。

 

 ロナルドは突然の光景に一瞬あっけからんとしたが、割り込まれた事実に我に返ると、空腹からくる苛立ちも相まって声の主である黒フードの男に詰め寄った。


 「ちょっとちょっと、何自然に割り込んでいるんですか!てか、誰ですか貴方は」


 「あ?なんだお前は? まぁそう固ェこというなよ。これ、やっからさ」


  そう言うと、男はロナルドの手に黒麦パンをそっと置いた。よく端っこが少し欠けている。どうやら食べかけである。もう一度言おう。食べかけである。

それを見たロナルドは数秒間を開けた後、わなわなと体を痙攣させ――そして遂に爆発した。


 「ふ……ざけんなー!ああ!ああ!もう我慢の限界だ!」


 様々な要因から遂に堪忍袋の尾が切れたロナルドは、その腰に引っ提げた愛用の片手剣に手をかける。


 ロナルドの逆上した姿を流し目で見た男は、微かに肩をすくめると、拳闘士(グラップラー)特有の構えを取り鋭い目つきで見据えた。


 「ふーん。んでどうするつもりなんだ?あん?」



 正に一触即発な空気がギルド内に漂う中、静かに行く末を見守っていたリルドラケンの男が呆れた面をぶら下げて二人の間に割って入ってきた。


「……はぁ。その辺でやめとけよお前ら。ほら、向こう見てみろ」


突然の介入者の登場に二人は一瞬虚に捕らわれた。そして、怒りで引きつらせたまま顔をゆっくり後ろに動かすと、二人の顔は更に歪むことになった。

――怒りではなく……恐怖で


「……なんだ、なんだぁ。朝から随分騒がしいから鶏でも鳴いているのかと思って見に来たが――まぁいい。それで、お前ら覚悟はできているか?」


 そこにはロナルドが昔、映像媒体メディアで見たことがある様な海賊風のファッションをした男が腕を組んで構えていた。穏やかな笑顔と相対して、額の浮き出た血管がピクピクしているのが見て分かる。いや、正確に見えたわけではないが、この男から覆うオーラがそれを強く実感させた。


――その後、二人がこってりしっぽり絞られることになったのはまた別の話だ。



「相変わらず怒らすと怖いよな、ディーンの兄貴は……」


そんな一部始終を尻目にナイトメアの青年は、持っていたツノウサギの香辛焼きの最後の一口をおいしそうに平らげた。



***** ***** *****




 「はぁ、最悪だ。結局あの後1時間近く『愛ある指導』と言う名のしごきを受けてしまった。それもこれも全部あのふざけた野郎のせいだ!——駄目だ、思い出したらまた怒りが湧いてきた……後、食欲も……」


 ボソボソと不満を垂れ流しながら、ふらふらと覚束ない足取りでロナルドは再び食堂へと舞い戻る。

 朝食時を過ぎたことも相まって、あんなに混んでいた食堂も今は比較的空いていた。両手で数えられるくらいの人数しかおらず、その中でも食事をしているのはほんの数名程度だ。そして、その数名の中でロナルドはを見つけると、あからさまに顔を顰めた。


(黒フード男……なんでいるんだよ。あんたさっき朝飯食べてただろうが。よし、離れた所で食事を済ませよう)


 そう決意したロナルドの視線の先では、黒フードが丁度、ツノウサギの香辛焼きに手を掛けるところであった。ロナルドは思わずそれに釘付けになる。そして黒フードが、いざ、かぶりつかんとした瞬間。


 ――『ぐうぅぅぅーーん』——


 間の抜けたような鈍音が食堂内に響き渡った。当然、皆の視線は音のした方へと向けられることなり――その結果としてロナルドは黒フードは顔を合わすことになった。悲しいことに。


 「……その……何だ……食うか、これ?」


 居た堪れない空気の中、ばつが悪そうに頬をポリポリと掻きながら黒フードは、口にしようとしていたツノウサギの香辛焼きをロナルドに手渡す。

 差し出された食事に一心不乱で貪り付くロナルド。

 その瞳から零れる涙は、美味たる料理からくるのか、それとも公衆の面前で受けた羞恥からくるものなのか。それは本人にしか分からない。


 

 

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