第一話 ハーヴェス~始まりの時

 「ふぅ。ようやく着くぞ。まさか、半日もかかるなんて……こんなに遠かったかな?」


 ここは、アルフレイム大陸の南西部に位置する国——ハーヴェス王国。

 そして、前方に見えるのは”導きの港”と揶揄されるその首都ハーヴェス。

 数多の冒険者達が集うこの街に一両の小さな馬車が向かっていた。


 「こんなことなら、もっと酔い止め代わりの薬草を持ってくるんだった。どうも馬車ってやつは慣れないな。……うぷ……はぁ、この世界にも自動車くるまがあれば良かったのになぁ」


 馬車の中で一人悪態を付きながら項垂れる茶髪の少年——ロナルドは、真っ青な顔をしながら首にかけた指輪を神に祈りを捧げるが如く強く握りしめている。


 指輪には豪奢な家紋があり、彼が何処か高貴な身分の出身であろうことを物語っていた。


 ロナルドが沸き上がる吐き気おぞましきものと死闘を繰り広げていると、そんな彼の姿もつゆ知らず、御者の好好爺は呑気な口調で語りかけてきた。


「坊ちゃんはどうして、ハーヴェスへやって来たんだい?やっぱりあれかい?冒険者ってやつを目指しているのかい?」


「はぁはぁ……ええ。そ、そんなところ……です!」


「ほぅほう!やはりそうか。実は儂の孫もな――」


 息も絶え絶えで返事をする彼の状態など分かるまでもなく、御者の孫自慢が

数刻の間続くと、馬車はようやく首都ハーヴェスの大門を超えた。

 持ちこたえた自分を褒めてやりたいとロナルドは心の中で強く思った。




 首都の中は一言で表すと、夕刻時だというのに、まるで大祭の真っ只中であるかのようだった。

 そう錯覚するくらいにこの街は大賑わいを見せていた。

 以前訪れた時はこんなに賑わっていただろうか?

 ロナルドは不思議そうに人だかりに向かって歩みを進めた。


 「みんな〜今日もありがとお〜!これからも、アタシたち『リ:ユニオン』をよろしくねぇ!」


 「ウォォォー!! ルーシィちゃん〜最高に可愛いよ〜!!」


 「……ウワァァァ!フェア様ァァァ! 世界で一番可愛いよ~!」


 ロナルドが人だかりの最後尾まで到達した頃。

 明るく煌びやかな――有り体にいえば、可愛らしい少女の声がロナルドの耳に届いた。そして数秒間を置いて野太い野郎たちの歓声が彼の耳を劈いた。


 「ーーヴァァァッ!? み、耳がー! 何だっていうんだ一体!?」


 涙目になりながらもその声の方向に視線を向ける。

 ――可愛らしい衣装に身を包んだ、やたら美人な集団がそこにはいた。

 それぞれが武器となる得物を身に着けているところを見ると、どうやら何処かのギルドに属する冒険者のようだ。


 (そういえば、歌って踊って戦う冒険者ギルドが最近できたってイズレンディアが言ってたっけ……まさかね。まぁいいや、それよりも目的地のギルドまで後どれくらいかかるんだろう。名前は確か――)


 人だかりを後にしたロナルドが顎に手を置きながらのんびりと謎のギルドについて考察しながら歩いていると、彼の正面から黒い影が一つ。


「――ああ、まさかフェア様に生で会えるとは――くっ駄目だ、尊すぎて涙出てきた!」


 この街でも中々珍しいナイトメアの青年が感涙しながらすれ違ったのだが、ぼんやりと目瞑していたロナルドは遂に気付くことはなかった。




***** ***** *****


 


「アッハッハ! なんてオレはツイているんだ!」


 フードを頭からすっぽり被りダークコートを羽織った青年——ギルバード・ウォードは、思いがけず訪れた幸運に盛大に雄たけびを挙げていた。

 両腕を掲げた反動でフードの中の素顔が浮かび上がる。その少し野生みを感じる比較的整った端正な顔立ちが霞む程、彼の右側頭部付近には目を引く者が生えていた。――角である。見た目はほぼ人間そのものであったが、その『角』が彼をナイトメアという種族であることをあり占めていた。

 そしてギルバートの手中には先ほどの雄たけびの原因である『本日、15時からリ:ユニオン、結成——周年宴舞会ライブ』と書かれたボロボロのチラシが収まっている。


 ――ギルバート・ウォードは重度のドルオタであった。そうなった原因は多々あるが、それはまた別の機会に語られることとなる。


 「まさか、ハーヴェスに着いたその日にリ・ユニオンの宴舞会ライブがあるとはな……やっぱりオレの日頃の行いがいいからだろうな。そうだ、そうに違いない」

 

 ギルバートがうんうんと、独り言ちに頷いていると噴水前から見える巨大な時計台がゴーンと鐘の音を鳴らした。どうやら、そろそろ時間らしい。


 「よっしゃあ行くか!——待ってて下さいフェア様。今このオレが全力で会いに行きます!」


 ギルバートはキリッと襟元を正すと、目玉を桃色にして会場目掛けて一目散に駆け出して行った。





***** ***** *****





 「――ここが、ハーヴェス王国か。やれやれ、ようやく着いたぜ」


 ハーヴェス王国首都ハーヴェスの南大門にボロボロの外套に身を包んだ一人の大男が立っていた。ボロボロの布切れの隙間からは爬虫類を思わせる青灰色をした強固な鱗が覗かせていた。


 「まさかこれほど遠いとはな。……あの婆め、次に会ったら小言の一つでも言ってやる」


 頭部には鋭く天を貫いた一対の角。だが左角はまるで何か大きな力で削り取られたかの様にその先端が歪に欠損していた。そして、こめかみに手を当てながら悪態を付くその獰猛な風貌はまさしくドラゴンのそれだった。


 男の名はガート・ルード=ダイラス。リルドラケンという竜の特徴も持つ人族で、とある目的の為にこのハーヴェスを訪れていた。

 背中には傷だらけの段平を背負っているところを見るに、どうやらそれなりに戦える戦士ファイターのようだ。


 「にしても広い街だぜ。これだけ広いんじゃ、『竜のギルド』とやらを見つけるのも相当苦労しそうだ――っと、何だあれは?」


 ガート・ルードが腕組しながら宛もなく市街へ歩を進めていると、奇妙な二人組が押し問答しているのを発見した。片一方は昼間から酒でも飲んでいたのか顔を仄かに赤らめた老人で、もう一人は黒装束の男——声から察するに青年だろうか。顔はフードで隠れていてよく見えない。両者共怪しさ満点であった。



 「――イテテ、足を挫いてしまった。困ったのぅ、困ったのぅ。誰か助けてくれる心優しいものはおらんかのぅ?……チラリ」


 「うっ。なんだい爺さん、今オレ急いでるんだ。お分かり?お金なら貸さないよ」


 「いやぁ、ほんの少しでいんじゃぁ。ほら、ワシの右手に痛みがスゥーと消える魔法の薬があるじゃろ。これを買う銭さえもらえりゃ――」


 「――いやそれどうみてもお酒じゃん。あーもう構ってらんないや。これ以上オレの邪魔するなら――」


(……おいおいマジか。冗談じゃねぇぞ、こんな街中で騒ぎ起こされてたまるか)


 青年の眼差しが剣呑なものに変わったのを見かねたガート・ルードは慌てて両者の前に飛び出した。


 「おい、爺さん。少し飲み過ぎたみたいだな、置いたが過ぎるぞ。……それから、そこのお前。丸腰の相手にそんなもん使おうとすんじゃねぇ――ってどこ行くんだこら!」


 「よく分からないけど、後は任せたよ! オレは今オレ史上めちゃくちゃ大事な用事があるので! んじゃ」


 青年はそう言うと、ガートルードに目もくれず颯爽と駆け出して行った。……物凄いスピードで。

 その光景を尻目にガート・ルードはぼそりと呟いた。


 「――何だってんだ。一体」





***** ***** *****





 「はぁ。にしてもお腹空いたなぁ。こんなことならもう少し携帯食料持ってくるんだった」


 やっとの思いで先ほどの人だかりを抜けたロナルドは、無駄に消費したエネルギーを補う術もなく、目的地のギルドへ向けて歩を進めていた。どうやらこの辺りは飲食街のようで、それがまたロナルドの空腹はらのむしに拍車をかけていた。


 「皆上手そうな物食べてるな。あーあ羨ましい。最低限の金銭しか持ってない僕には目の毒だ。ほら、あそこなんて人相悪いドラゴンがお爺さんと仲良く一杯引っかけてるよ……何だよそれ、滅茶苦茶シュールだ」


 ロナルドは思わず苦笑する。ハーヴェス王国。この街は多種多様な人族を受け入れる非常に度量がある国だ。改めて思う、この国に来てよかったと。


 そして、長い道のりも気が付くと終着点へとたどり着くもので。


 「ふぅ。ようやく着いた。さて、明日から忙しくなるぞー、この僕『ロナルド』の冒険譚の始まりだ」


 巨大な炎を噴出しているギルド・シンボルが特徴のギルド『竜の吐炎ドラゴン・ファイア』。


 翌日、知らず知らずのうちに思いがけない出会いを果たしていた愉快な者どもと、まさかパーティを組むことになることなんて、この時のロナルドには知る由もないのだった。



















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