Albaire.SaGa——暁の英雄譚

ガミル

prologue~三人の前日譚       

――はるか昔。荒野であった世界ラクシアに三振りの『始まりの剣』が現れた。

 ルミエル、イグニス、カルディアである。剣は自らを手に取り振るうものを生み出すべく世界に生命をもたらし、続いて魂をもたらした。

 魂を得た生命は心を獲得し、人間が生まれた。


 やがて一人の人間がルミエルを手に取り始祖神ライフォスとなった。ライフォスは大地を揺るがすほどの力を持ち、他の人間たちにルミエルを貸し与えることによって世界に調和と平穏をもたらした。剣を貸し与えられた人間もまた神となり、エルフ、ドワーフなど人間以外の種族、人族も生み出されていった。


  そんな中、イグニスにも所有者ダルクレムが現れる。利己的な戦神であるダルクレムは魂を歪めて自らの軍勢である蛮族を生み出し、ライフォスとその仲間たちに戦いを挑んだ。戦いは長く続いたが、均衡を崩すべく両陣営が求めたカルディアの崩壊もあり戦いは終結した。


 神々の多くは眠りにつき、彼らに生み出された人族や蛮族による歴史が始まった。ここまでが神紀文明時代である。

  神々が消えたあと、人々は残された魔法技術を発展させ、新たなる文明を形成した。高度に発達した魔法は現代では絶えた数々の奇跡の技を生み出したが、魔法を扱う力や知識を持つものが君臨する身分制の社会も形成した。


  文明を支配した魔法王たちは次元の扉を開き、魔神と呼ばれる異界の存在を召喚し使役する術を生み出した。しかしその術は魔法王たちにも制御不能な巨大な門『奈落』を生み出し、大量の魔神を呼び込んだ。文明は衰退し、多くの術や呪具が失われた。ここまでが魔法文明時代である。


  魔法文明の崩壊後、人族は蛮族や魔物に加え、『奈落』に近い地域では魔神や小規模の奈落といえる『奈落の魔域』の脅威にもさらされるようになった。生き残った人々はマギスフィアと呼ばれる魔法で駆動する端末に大量の魔法を格納し、魔法による奇跡の大衆化と応用を可能にする魔動機術を生み出した。


 文明は今までになく高度かつ平等な形で発展し、人造人間の種族ルーンフォークも生み出された。人々は豊かな生活環境を享受すると同時に蛮族たちの脅威からも事実上開放された。


 しかし繁栄の陰で蛮族たちは地下で力を蓄え、やがて攻勢に出た。天地を揺るがすほどの戦いの末、蛮族の王が倒されたことで戦いは集結したが、人族は代償として高度な文明を滅ぼされることとなった。ここまでを魔動機文明時代、末期に起こった戦いによる文明の崩壊を『大破局』と呼ぶ――



「……この本ももう読み飽きたな」


 『剣の世界ソード・ワールド』。そう書かれた外装が黄色く色褪せて最早見る影もない程ボロボロになった一冊の古文書を閉じ、少し癖の付いた茶色の髪を片手で遊びながら、少年は短く欠伸をした。


 旅立ちはいよいよ明日だ。期待と不安が入り混じったような仄かな感情を抱きながら、少年はランプの火を消す。早く寝ないと、あのおしゃべりエルフに小言を叩かれかねない。欠伸が大きな波の様に彼を襲うと、漕ぎだした船は意識の海の奥底へ沈んで行った。



****** ****** ******



「――なぁ、ラーリー。オレは……アンタに追いつけるかな?」


 ある冷たい夜。傷だらけのマギスフィアを握り締めた青年は、遥か上空を見上げ妖しく輝く青白い月に問う。

 黒い皮の外套を身に纏っており、顔色は定かではないが、フードから零れるように突き出た赤黒い角が、彼をただの人族ではないことを物語っていた。



 ――ナイトメア――と呼ばれる種族がいる。


 人族でありながら、生まれながらにしてその身に「穢れ」を持つ、突然変異種。

 蛮族の証であるこの「穢れ」を持つ所為で、今まで幾つもの困難に直面した。

 しかし、彼は今もこうして五体満足に生きている。

 

――ローレンス・ファウンドという男がいた。

面倒くさがりなくせに人一倍真面目で、かつて悪童だった青年の様な厄介者を拾ってくる変わり者。現金至上主義のくせに何処か夢見がちで、冒険の先々で色んな人に慕われる。そんな不思議な男だった。

 

 (そういえば、そんなローレンス――ラーリ―の様になりたくてオレは冒険者を目指したんだっけか)


 焚火を起こし、自然物のウッドチェアに腰かける。得物である年期の入ったハンドガンの手入れをしながら、青年は一人口元を緩めた。

 

 どうやら今日の様な一際寒い夜には感傷が捗るようだ。


 「さぁて、明日からお金、稼ぎますかぁ!」


 手入れし終わったハンドガンを華麗にガンスピンさせると、そのまま銃身を天に掲げ、青年は意気揚々とそう宣言した。



***** ***** *****


 

 「……もう、行くのかえ?」

 

 「ああ。世話になったな、婆さん」


 身の丈程の大剣を背に担ぎ、青年はまるで感情を喪失したかの様な重く冷たい声で老婆に返す。


 辺りを見渡す。夥しい数の木墓が彼と老婆を取り囲むように立ち並んだいる。

 夕日が差し込み、所々真っ赤に染まったそれは、まるで地獄に咲き乱れる血の花の様に映る。



 ――1週間前。とある一つの村が地図から姿を消した。

 たった一人の蛮族の手によって。


 青年の脳裏に地獄が蘇る。

 蛮族が振り上げた魔剣によって、一人、また一人と哀れな灰塵に化していく。

 恐怖と悲痛の叫びが耳を劈く――そしてそれを掻き消すように高らかに笑う男の声。

 正に悪夢の様な光景の中。青年によく似た竜の如きその姿を躍り狂わせながら、殺戮を繰り返す蛮族の様は、まるでこの世に降臨したダルクレムの化身そのものだった。


 ”それでも俺は戦った。かつて師事した美しい魔動天使の力を借りながら”


  母が惨殺され、妹が儚い命を落とした。色々な物を喪い、貪られながらも必死に……必死に応戦した。だが、結果はどうだ。美しく聡明なるレイシアは連れ去られ、当の俺は生き恥を晒している。


 「――俺では勝てない。……俺は……こんなにも弱い……」


 「おやおや、ちっぽけな竜の子の坊や。何をそう嘆いているのかえ」


 失意に沈み、全てを諦めかけた時。青年はある老婆に出会った。


 老婆は旅の占い師を名乗った。その言葉に不思議と胡散臭さは感じなかった。

 老婆は彼に言った。かの蛮族とはまた相まみえること。そして、その時いくつかの選択を迫られること。そのために為せば成らないことがあることを。


「どうやらお主には、やらなければならぬことがある様じゃ。此処より遥か南にあるという竜のギルドを目指せ。お主の本当の戦いはそこから始まるのじゃ」


 そして、現在。


 妹の形見の角飾りを首にかけると、青年は踵を返し、喪われた故郷を後にした。


(俺は……弱い。今はまだ。だが――)


 二度と修復されることのないひび割れた透明な器とその身を内から焦がす決して消えることはない真っ黒な炎を燃やしながら














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