7月13日[火] 夕方、少年と

 夕方、スーパーへ買い物に。  

 長すぎた梅雨も明けて、今日は夏の始まりを告げるようなお天気だった。


「ねえ、おじさん」


 帰り道、自転車に乗ったわたしを、少年が呼び止めてきた。


 目が合うと「ほら」と、少しうれしそうに目の前の木を指さす。少年はその木の前にしゃがんでいたのだが、彼が見ていたのは、セミの羽化であった。すでに殻から出て、薄緑色の筋のある羽を伸ばしつつあった。


 目の前に川が流れていて、渡る風が心地よかった。川上に架かる石橋のその下には、一足先に夜が訪れていた。


 わたしは買ったばかりのアイスの箱を開けて、ミルク味の棒アイスを二つ引っ張り出し、一本を少年に渡した。

 少年はしゃがんだまま、わたしは自転車にまたがったまま、アイスを食べながらずっと羽化の様子を見ていた。

 次第にセミの身体は色づき、羽が茶色くなっていく。アブラゼミだった。


 多分一期一会であろう少年とわたしの永遠に続くような時間。それでも、少しずつ辺りは暗くなっていき、ある瞬間に、セミは、夜空へ飛び去っていった。


「そろそろ帰ろうか」と、わたしは言って、少年から、アイスのなくなった棒を受け取った。

 少年は、うなずくと川へと飛び込んで、手足の水かきで水をかき分けると、すいーっと、揺れる水草の間に隠れ、石橋の下の暗闇に消えていった。


 空には、いつにも増して輝きを放つ月が見えた。わたしも、ペダルに足を掛けなおして、その橋を渡り家路についた。

 残りのアイスは、もうだめだろうな。でも嫌な気分ではないね。

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