7月3日[土] ダンジョンからの生還

 やっと帰ってきた……。疲れた……。


 数日ぶりの風呂は気持ちがよかった。今、クーラーの効いた部屋で、これを書いている。


 さかのぼること三日前の朝、便器に座って何気なく横を見ると、壁にクモの巣の張った古びた木のレバーがあった。

 レバーを引くと、床が抜けて下に落とされたのだ。そこは地下の洞窟だった。訳も分からぬままに、すぐに地響きを全身に感じた。後ろから何かが迫って来ていた。

 洞窟の壁を削りながら転がってきたのは巨大な岩だった。必死に逃げた。


 それからも、正しいブロックを踏まないと床が抜けるトラップや剣山のような棘がついた天井が落ちてくるトラップ、毒沼、周囲の風景と同化している透明な一本橋などなど…さまざまな罠をかいくぐって、ダンジョンからどうにか生還した。


 出口の壁に巨大な石板があって、次のような文字が刻まれたていた。

『日々を怠惰に過ごしてきた愚か者よ。

 お前たちがここで見せた勇気。仲間との絆。人を信頼する心。そして何よりも今、こうして生きているということ。

 それが何よりも、お前たちがここで得ることのできた宝なのだ』


 おじさん怒ってる。今おじさん怒ってます。


 わたしは、マンガ・アニメの『ワンピース』が好きである。数年前にテレビで原作者が、題名にもなっているワンピース(ひとつなぎの大秘宝)とは何かについて触れていた。

 それが何なのかは、すでにさまざまな考察がなされていて、わたしも時々、考察記事を見たりしているが、(当時の)作者曰く、家族の絆とか、これまでに得てきた仲間とか勇気とか経験とか、そんな漠然としたものではなく、ちゃんとした宝であると明言されていた。


 正直に言うと、当時わたしは、それを聞いて少々がっかりした記憶がある。「あ、そうなんだ……」みたいな。ちょっと拍子抜け、みたいな感じ。


 数年の時を超えて前言撤回。過去の自分を殴ってやりたい。

 いや、マジで死と隣り合わせの冒険を経て得られるものが「友情・勇気・仲間・愛・絆」なんかの、そんなモヤッとした概念とか、まじふざけんな!と、そう言う気分です。


 余計なことお前、ダンジョンの出口に刻むな、と。

 第一、なに仲間がいる前提でしゃべってんだ?こちとら、ダンジョン内でずっと一人だったぞ?と。勇気とか絆とか信頼する心とか、んなもんは「副産物」だ、と。こっちは最近、10万近い借金を負ったんだよ!と。ブツをくれ!ブツを!と。


 愚か者のわたしは、今そんな気分です。

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